第49話 トビトが許しても
春の某日、僕は花見の席を抜け、ハクレンと茶屋で休んでいた。
空は春日和の晴天もようで、どこまでも突き抜けるような青さだった。
ぶっちゃけた話、僕もハクレンやアルベルトと同じなのかも知れない。
僕達三人に共通するものは陽キャの師匠がいて。
当人たちは陰キャな弟子だという点だ。
じゃあ彼女――ユーリは?
ユーリは師匠の実の娘で、師匠との六年間の旅で成長をとげた。
しかし僕は今の彼女の内面をあまりつかめてなかった。
説得して欲しいとブリジット様を連れてきたユーリ。
今は馴染みの冒険者パーティーと一緒に同じくお花見を楽しんでいるみたいだ。
今回も隠密に警護にあたっていたソネットからの情報で判明している。
僕の隣でその報告を耳にしたハクレンはユーリについてしみじみと語る。
「昔の彼女は本当に可愛かった」
「今も可愛いですよ」
「……そうだね」
あれ? 今の発言のどこにハクレンの機嫌を損ねる意味があった?
彼女があからさまに不機嫌になったことを察知した僕はフォローした。
「たしかに昔のユーリは可憐でしたけど、今は今で魅力的じゃないですか」
「うん、そうだね」
「ああつまり、僕が言いたいのは、今のユーリも昔同様に可愛がってあげて下さいって意味で、他意はないんですよ。ハクレンの機嫌をそこねるような意味は含ませてないので」
そばに居たソネットが僕の服のすそを引っ張り、あることを耳打ちした。
「ハクレンも彼女に劣らないぐらい可愛いと思います」
ソネットから提案された台詞をそのまま口にする。
ハクレンのご機嫌バロメーターは戻ってくれたみたいだけど、なぜ?
彼女は僕の手を取り、ソネットにありがとうとお礼する。
ソネットは焦ったようすで手をぶんぶんと振り、逆にお礼していた。
「いえいえ、ハクレン様のためならば私も粉骨砕身でフォローしますですので」
何か知らないけど、おおきに。
ソネットは緊張しがちな所がたまにきずだった。
「帰ろう、師匠が待ってると思うから」
「そうですね、ソネットも今日は息抜きしつつ仕事してていいんだよ?」
という経緯を踏まえて、陰キャな僕たちは陽キャが仕切る特別席に戻った。
茶屋で休憩していたのは大体一時間ぐらいかな。
その間、陽キャである師匠もさすがに酒を飲む手を大人しくさせている。
って思うじゃん?
「姉御! 次はこっちを飲もう!」
「よいぞイクス、実に愉快だ、お前も後悔し始めていることだろう、それでいい」
「あん? 人の話を聞け! 次飲むのはここだけの話、俺の秘蔵の酒でな」
「人生とは後悔の連続なのだ、人は生まれながらにしてこの世を憂い」
駄目だこいつら、はやくなんとかしないと。
師匠とブリジット様に付き合う形で酒を飲んでいた大人は壊滅状態、みんな逃げるかその場に倒れている。この人たちを救う手立てはある、かつてブリジット様に仕えていたS級冒険者のビィトがいればこのような状況だって打開できるんだ。
「ビィト、そろそろこの席は解散しようか?」
「かしこまりました、ではジャッジ――お花見の特別席にお集まりの皆様、そろそろご帰宅の準備をお願い致します。本日は遠方からわざわざお越しくださり誠ありがとうございました」
さすがはビィト、さすがはS級冒険者にして僕の専用執事。
師匠はお花見の解散を耳にすると、ちぇっとしょぼくれていた。
何がそんなに師匠を酒に駆り立てるのだろう。
「ま! しゃーねーか! じゃあアルベルト、この後付き合ってくれよ」
「構いませんが、俺は飲みませんよ」
「はぁあああ? ならハクレンは?」
「右に同じく、ちなみにオーウェンは年齢的に無理」
愛弟子二人に断られた師匠はほろりと涙を流し始めた。
で、そのお花見は解散したのはいいんだけど。
ユーリから頼まれていた叔母であるブリジット様の説得、結局できてなかった。
◇ ◇ ◇
お花見から数日後、ユーリは二つの報告を持って僕の部屋を訪ねた。
「ハーイ、オーウェン、いい話と悪い話があるんだけど、どっちから聞きたい?」
「いい話から聞こうかな」
「そっちね? 叔母がオーウェンの国作りのための土地を用意したらしいわよ?」
へぇ、あの話は着々と進んでいるんだ。
僕の知らない所で進行されても困るっちゃあ困るんだが、先に悪い話を聞こう。
「じゃあ悪い話は何?」
「……叔母がね? 私の意思じゃなくて、叔母、さんが」
「うん、ブリジット様が?」
「オーウェンを私の許婚として正式に公表するって言うのよ」
あー……さようですか。
そのことで、僕は国民からののしられる結果となった。
何せ僕は王女のラスカルや、ハクレンとも関係性があるとされ。
さらには聖国アインツベルクの後継候補のユーリの許婚。
同室していた兎の亜人トビトがユーリに桜餅を差し出していた。
「まぁ、オーウェンはそれほどの器量の持ち主だったということだけで、私は気にしません」
トビトが許しても、世間は許してくれそうになかった。
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