第48話 天使ハクレン
花見が始まってから数時間が経った。
特別席にいた僕や僕の両親、国王のラスカル様だったり。
他の国の首脳陣はみんな、師匠のせいで沈没していた。
僕は飲んでないからなんともないけど。
師匠は途中ブリジット様と飲み比べを打診して。
ブリジット様は師匠からの挑戦に真っ向から応じる。
そうして始まったのさ、地獄って奴が。
一方は救世主の勇者イクシオン。
もう一方は周辺国の中でも発言力の高い大国のトップ。
その二人の攻防に加勢しようものなら付き合わされて飲まされる。
二人を最初に止めたのはラスカルだった。
「お二人とも、意地の張り合いはよしませんか」
ラスカルは僕より一つ年上の十六で、まだ飲酒できる年齢じゃなかった。そのおかげで付き合いで飲まされることもなく、この領地のフルーツティーでごまかすことが出来ていた。
ブリジット様はラスカルの言葉にこう返事していた。
「新国王ラスカル、そう言えば貴方のご就任祝いをしていませんでした」
「そのお言葉を頂けただけでありがたいことと存じます」
「時に――ラスカル殿に特定の相手などいるのだろうか」
「え?」
「なんでしたら我が国からおすすめの殿方をご紹介しましょう」
ブリジット様は権力を持っている人ではあるんだ。
しかし、おせっかい焼きがすぎる親戚の人って感じがする。
ブリジット様に政略結婚の話をふられ、ラスカルは手探りで僕の服のすそをつかんだ。
「私にはこのお方がおります」
「む? オーウェンか? しかしオーウェンにはすでに姪のユーリがいたはず」
「ユーリ? それはオーウェン殿の幼馴染の彼女のことでしょうか」
「あー、うむ、この話はややこしくなりそうだから後日ゆっくりしよう」
――して、今はそうじゃない。
「今は妹の仇を取らねばな、イクシオン、お前は私が落とす」
ブリジット様は憎らし気ともとれる鋭い目を師匠にやる。
彼女はもうすでに出来上がっているのに対し、師匠はぴんぴんだ。
「仇なんて物騒な台詞使うなよ、この勝負は俺と姉御のプライド合戦だかんな」
そう言いつつ師匠は仰向けになって倒れている父にさらに酒をすすめる。
父はもう無理れすと言っている、もうやめて、父のライフはゼロよ!
そこにアルベルトがやって来た。
アルベルトは警護に行っていたが、一般参加していたファンに終始絡まれていたみたいだ。
「何やってるんですか貴方は」
「よーよー、一番弟子! 相変わらず鬼モテだねえっ! 俺もモテてーなー」
「馬鹿言ってないでこれ以上飲まないでください、周りが死んでます」
師匠も師匠だがアルベルトも歯に衣着せぬ言い方で、二人は師弟な感じがする。
師匠はちぇっといじけて酒をしまい。
何ら利益のない飲み比べは幕を閉じようとしていた。
なのに。
「逃げるのかイクス」
ブリジット様が勝利宣言するように師匠にこう言っちゃって。
師匠はご褒美ですと言わんばかりに言い訳の材料にし始めた。
「アルベルト、俺、過去の因縁にケリつけなきゃいけねーんだ」
「はぁ、それで?」
「酒盛り再開ってこーと! 俺はここにいるぜ姉御ッッ!!」
駄目だこいつら、はやくなんとかしないと。
師匠はでーんとあぐらをかくように座り、新たな酒を僕に求めた。
「酒だ酒だ酒だオーウェン! 酒が足りねぇぞ!」
ブリジット様の紅潮していた顔面は真っ青になっていたけど。
彼女は持ち前の勝気な性格から、したたかな笑みを浮かべる。
「ふ、その意気だイクス」
駄目だこいつら、はやくなんとかしないと。
大事なことなので二度言いました。
ちなみに、母は急用が入ったといっていち早く離脱していて。
その割を父が食う羽目になっていたというどうでもいい話もある。
二人に付き合わされた周りの大人は屍を積み上げ。
お花見の特別席は死屍累々と化してしまった。
次第にハクレンもやって来た。
ハクレンは僕たちを取り巻く光景に無表情で観察し、僕の服を引っ張った。
「オーウェン、しばらく続きそうなら少しお散歩しない?」
「あ、いいですよ。じゃあここは兄弟子に一旦任せますね」
兄弟子にその場を任せ僕もちょっと離席。
ハクレンのおかげで一時の解放感を得れた。
彼女と一緒に小高い山の頂上付近にあった特別席から一般客もいる茶屋に向かう。
山の中腹にある山小屋にある店で、お団子とか桜餅が売られている。
ハクレンはみたらし団子を手にして、僕にも一本分けてくれた。
「はい」
「ありがとう、疲れた時に甘い物は格別だよね」
「そうだね……オーウェンとはもっとこういった時間作りたいな」
白黒のボーダーシャツの上に袖なしのワンピース姿だけど。
やはり姉弟子は衆目をひきつける。
S級冒険者ハクレン、その隣にいる彼は誰だという声が上がっていた。
「ほら、今一番売れている実業家のえっと……オーゴン」
違いますオーウェンです。
「オーゴンだっけ? ハーゴンじゃなかった?」
違いますオーウェンです。
「ハーゴンじゃないよ、オリハルゴンだよ」
違いますオーウェンです。
隣にいたハクレンも僕の知名度の低さには失笑していた。
「私以上に影が薄い人を初めて見たかも」
「ハクレンは影薄いですか? 相当目立ってますけどね」
「覚えてる? 私があなたと初めて出会った日のこととか」
覚えてますよ。
アルベルトとハクレンは師匠に連れられて、みすぼらしい格好をしていた。
どこの野生児ですかって感じの男子と少女で。
それが今じゃ押しも押されぬ都切っての美少女冒険者。
「オーウェンが作ってくれたカレーライス、あれは忘れられない。またご馳走してくれる?」
「姉弟子のご希望とあれば、ですけど今食べてもそこまで感動しないと思う」
と言うと、姉弟子は普段の冷たい声音とは違った優しい声で僕に語り掛けた。
「違うよオーウェン、貴方が私に手料理を振る舞ってくれることが重要なの」
「そんなもんですか?」
姉弟子はみたらし団子を頬張りつつ、僕に微笑んでいた。
彼女のこういった仕草は絶対他人には見せないもので。
人だかりに紛れて観察していた彼女のファンが写真を勝手に撮っていた。
後日その写真は『天使ハクレン』という名目で売られていたようだ。
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