第47話 一杯やろう!

 僕は昔から父が治める領地は寂しく退屈な場所だなって思っていた。


 今はもう亡くなったホーネットさんや、騎士学校の元学長ルーズベルトといった人の援助を受けて冒険者ギルドを起ち上げたすぐ後はちょっと、暇をしていたので、父の領地をわりと自分勝手にポンポン手を入れていった。


 その一環が今いる桜の山。

 例年の春の数日だけ綺麗な花を咲かせ、山肌を濃淡のある桜色に染める。


 話としてはこの桜の山を愛好して、そこから僕の冒険者ギルドに援助するようになってくれた人がいて、その人はまだ幼かった僕に「お前は他の子とは違うね」と褒め、冒険者ギルドに自分が治める国から人材を派遣してくれた後援者だ。


 彼女は名前をブリジットと言い。


 聖国アインツベルクという諸外国では一番大きな国の女王様だ。


「誰かと思えばババアじゃねーか!」


 師匠はその人を見るなり大失言をかましてくれた。

 母が師匠を僕の代わりにどついてくれる。


「失言するにしてもていどってものがあるでしょうが!」

「ババアがババアをようごするなよなー、な、オーウェン」


 やめてくれないかな、無理のある責任転嫁せきにんてんかは。


「師匠、冷や汗でてますよ、どうしたんですか?」


 ユーリの言うことが本当だとすれば、師匠にとってブリジットは嫁の姉だ。


 師匠とその奥さんの話題はタブー視されているから、誰も言わない。

 ブリジットのそばに控えていたユーリは姿を消しているし。


 師匠の血筋は問題ある人ばかりだった。


 ブリジットの発言力は多大で、周りにはお近づきになろうとする手合いで一杯だ。自国のみならず、他所の国にまで影響力を持つ彼女だが、今回は僕をご指名みたいだった。


「オーウェン、それからそこのカス、二人には席を一緒にしてもらうぞ」

「カスって俺のこと!? 嫌だよ! ババアと一緒なんて酒が不味くなる!」


 そこにビィトがやって来て、ユニークスキルで師匠がめったなこと言わないようにしていた。


「――ジャッジ、勇者さまにはお花見で失礼なことを口にしないよう願います」

「はぁ、えっと、ブリジットさん、今さら俺に何か用?」


 師匠の質問に彼女は深奥のある微笑みを浮かべる。


「二人に今一度教えておきたいんだよ、世界を救った勇者と、これからの世界をになう麒麟児の二人に」


 彼女は僕と師匠のえりをつかむと、軽やかな足取りで特設された花見席に向かった。

 三人の後を追うように両親や、ラスカル様や各国の首脳もやって来て。


 花見の開催の合図を、師匠が自主的に取り始めた。


「えー、ここにお集まりの皆様、お世話になっております勇者イクシオンだ」


 同席していたアルベルトは師匠の始めの挨拶をひやひやとした様子で見ていた。

 ハクレンは手に杯を持ち、落ちて来る桜をぽーっと眺めている。


「今日は無礼講の席だと、主催のオーウェンから聞かされている。なので! 今日の俺はここに集ったみんなに超! 超々超フレンドリーに接するので、みんなも俺のことを今日だけは友達と思ってくれ! いいよな!?」


 笑いが起きていた。

 その笑いの意味合いは各人によって受け取り方が違う。


 僕は師匠に気を許す合図的なものだと思っているが、母さんは違うようで。


「はっはっは、あいつ後で〇す」


 殺意をおぼえるようなものだったらしい。


「ではみなのもの! お手を拝借! 杯は酒で満ちているよな!? じゃあいっくぞー! かん! ぱぁ――――い!」


 こうして花見は始まった。

 特別席から通達され、一般参加していた客も山に入り、これから喧しくなる。


 アルベルトは杯を地面に置くと、席を立った。


「じゃあオーウェン、俺たちは手はず通り警護にあたるからな」

「よろしくお願いします」


 僕の頭をポンポンと叩いて、アルベルトはその場を後にした。

 ハクレンも同様にその場を後にした。


 二人はこういった賑やかな場所は苦手だからな。


 師匠は「うっひょー! 今日の酒は極上にうめぇ!」と上機嫌だけど。

 側近たちから氷の女王と呼ばれるブリジット様がいる席だぞ。


 師匠の極楽とんぼ気分がどこまで通用するというのだろうか。


 師匠がどぼどぼと手酌でぐいぐい飲み始める光景に、一同は心配だったようだ。

 その中でも師匠と元パーティーを同じにしていた母さんが師匠に声をかけた。


「ちょっと、イクス飲みすぎじゃない? アル中になるわよ?」

「心配すんなよ、俺の肝臓はじょーぶにできてんだから」


 師匠は調子のいい声音でっかぁー、オーウェンの酒は格が違ぇと早くも上機嫌だ。


「ブリジットの姉御も飲むか?」

「いただこう」


 ブリジット様のことを姉御呼ばわりできる人も師匠以外おるまいて。


 師匠は『The・大和』と書かれたラベルの日本酒をブリジット様の杯につぐ。

 そして勢いよく乾杯を交わすと、ブリジット様は一口で飲み干してしまった。


 アレ、たしか度数高めだったし平気だろうか?


「してオーウェン」


 彼女は僕の名を呼び、顔をがしっと両の手でつかむ。


「はい」

「聞いた話によるとそなたは冒険者の国をつくりたいそうだな」


 うぐ、みんなの目耳があるこの席でそれを暴露されるとは。

 どこから情報が漏れたんだろう、さすがはブリジット様だ。


 と、僕はブリジット様に対して尊敬の念をさらに高めてはいるが。


「お前さえよければその国作り、私も協力してやろう」

「はい、ありがたいお申し出だと思います、ですが一つよろしいですか」

「なんだ?」

「ブリジット様がさきほどから対峙しているのは僕じゃなく父です」


 ブリジット様は僕と貴族髭を生やした父を取り違えていた。

 どうやら先ほどの一気飲みで酔っぱらってしまったみたいだった。


 彼女の付き添いはその光景に師匠にキツイ視線を送り。

 豪放な師匠は何も気にした素振りもなく、次々と犠牲者を増やしていった。


「さささ、お前もお前もお前も、お近づきの印に一杯やろう!」


 一杯やろう! じゃねーよまったく。

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