第46話 来春

 ラスカル国王の誕生から季節はめぐり、春になった。


 春になると例年のように花粉症を起こす人がいる。

 今日はその人たちのために処方箋をネット通販で購入。


「おお、ありがとうオーウェン殿……ふぁっくしょん!」

「一日一錠をめどに服用してくださいね、それではお大事にー」


 僕の言葉に連れ、隣にいた黄王子ことルッツが患者さんを見送った。


 今日は、彼のおもりみたいなもので。

 今年の始めに国の代表となったラスカル様たっての依頼というか。


 聞いた話によるとこれは彼女のいやがらせだった。


 彼女は僕を使って急造の診療所を開設し。

 医学の道を志しているルッツの隣で補佐してやって欲しいと僕にお願いした。


 ルッツは敷居の向こうにいた新たな患者候補をにこにことした顔で呼ぶ。


「では次の人どうぞー」


 はぁ、相手が相手じゃなければ即お断りなのにな。


 その日、診療所を訪れた患者の大多数が花粉症だった。

 僕は違うんだけどさ、花粉症の人をはたから見ていると辛そうだよ。


 ルッツの売名行為的な診察ごっこを終えた後は都内を通り、徒歩で帰った。


 辺りはすっかり夜になり、都に設置された街灯が仄かに川やそのほとりを照らす。

 川にそうように咲いていたのは桜だ。


 僕が故郷に桜の山を一つ作ってから、山の景観に惚れた都開発の責任者がもうけた。


 今日の警護役だった精霊魔法の使い手であるソネットは桜に陶然とした眼差しを送り、微笑む。


「サクラの精霊とでも話してた?」

「はい、あ、ち、違います、その、オーウェン様の警護はとても光栄な任務で」

「いいんだよ、本当のことを言って欲しい」


 桜にも精霊が宿るのなら、どんな存在なのか興味がある。


「えっと、サクラさんはオーウェン様を待っている人がいると言っています」

「へぇ、誰だろう、まさか闇ギルドの人間じゃあないよね?」

「違います、ユーリさんです」


 ユーリ? ふとソネットが指さした方を見る。

 川辺にそうように咲いていた一本の桜の木の下に、ユーリはいた。


 彼女のあでやかで燦然さんぜんとしたブロンドは遠目からでもわかる。


「ユーリ」


 声を掛けると彼女はこちらを見やり、片手をしゅぴっと上げる。


「今日はソネットさんとデートでもしてたの?」

「違うよ、ソネットは僕の警護にあたってくれてたんだ」

「ああ、そうなんだ」

「僕を待っていたって聞いたけど、何の用?」

「オーウェンに紹介したい人がいるの、空いてる日ってある?」


 アルベルトやハクレンじゃなくて僕に?

 どうしようかな、ユーリの紹介とは言え今は中々忙しい。


「その人ってどんな人?」

「私の叔母にあたる人、本当のお母さんの姉」


 ユーリは叔母に僕を紹介したいのか、なぜ?

 疑問に思っていると彼女はクソでかため息をこぼしていた。


「っはぁ、叔母がうるさく言うのよ、ユーリはまだ特定の人がいないのって」

「え? だとするとちょっと引き受けられないよユーリ」

「え? なんで?」

「ユーリの叔母さんはつまり将来を約束した人をつれて来いって言ってるんだろ?」

「うんそう、でも心配しないで、演技だから、本当にそうなるって意味じゃないの」


 そこまでは僕も読んでいた。

 ユーリは親戚から婿候補をつれて来いとせっつかれ、仮初の相手として僕を選んだ。


 しかし、僕は国切っての実業家としてあまりにも有名で。

 演技だからとはいえ、彼女の紹介に預かったらたちまち噂は広がり。

 僕のみならず、ユーリや、もしかしたらハクレンにまで影響するんだ。


 僕の口からそのことを説明すると、ユーリは頭を抱えていた。


「どうしよう、叔母はすっかりその気なのよ、オーウェン以外に頼める人いなくて」

「だったら僕から説得するよ、ユーリは」


 ユーリは――A級冒険者。


 彼女は闇ギルドの襲撃からみんなを守り抜いた功績によりメリコ同様A級になっていた。

 A級冒険者はいわばS級冒険者の卵、将来を確約された存在だ。


 そのA級冒険者をそくばくするような真似は遠慮して欲しいんだ。


「ありがとうオーウェン、じゃあ叔母を例のお花見に招待しておくから」

「わかった、その時に会うよう予定を組んでおくよ」


 ユーリが言った例のお花見とは。


 例年のように故郷の桜の山で開かれる一大行事だ。


 通年だと国王様が諸外国の大臣などを招いて宴会をする。


 僕もその宴会に参加し、今年は師匠や兄姉弟子も参加するてはずだ。


 ユーリはたぶん一般参加で、その叔母さんと楽しむんじゃないかな。


 ◇ ◇ ◇


 してお花見当日――師匠は昨夜も飲んだくれた影響で遅れていた。

 兄姉弟子の二人は準備を終えて僕の部屋で待機してくれているというのに。


「待たせたなう〇ち! じゃなかったオーウェン!」

「さっさと行きますよ師匠、ですが一つだけ」


 ちょっと怒気を含んだ感じで師匠に詰め寄る。


「あ、はい、なんでしょう?」

「今日は無礼講な席とは言え、相手は各国を代表する偉い人ばかりです」


 羽目の外しすぎだけはしないでくれよ、頼むから。


 さっき師匠に言ったように今日は無礼講の席だ。

 どちらかと言えば参加者は全員気を緩めて参加するので。

 僕たちの格好も普段のそれと変わらない。


 兄弟子は動きやすさを重視した黒装束で。

 ハクレンはオフの日に着るようなワンピース姿だった。


 ハクレンに言い、転移魔法で時短してお花見会場に向かうと。

 国の新しい代表になったラスカルや僕の両親が待っていた。


 母は僕の姿を見つけ、手招きで呼び寄せる。


「五分の遅刻ねオーウェン、私は昔から理由なき遅刻は認めないって言ってたでしょ?」

「師匠が遅れたのでその分遅れました」


 母の言及は師匠にほうり投げ、僕は予定通りに各国の首脳陣に挨拶周りした。


 各国との連携を強め、僕は冒険者たちが活動しやすいようにする。


 それが冒険者の長を務める僕の仕事だから。


 挨拶して回ると、彼らは自国から輩出した冒険者のようすを聞いてくるんだ。


 内のだれだれはお役に立てていますか、みたいな感じに。

 僕はもちろんですと答え、彼らが立てた実績を具体的に話してアピールする。


 貴方の国が輩出した冒険者はこんな活躍をしています、と耳に入れさせ。

 冒険者という職業の印象をよく思わせることが重要だ。


 僕が自身の仕事に徹していると。


「オーウェーン」


 ユーリが遠目に映った。

 彼女のブロンド姿はどこから見ても際立つのですぐにわかるが。

 彼女のいる場所の周囲に人だかりができている。


 その理由は、彼女が隣に連れている件の叔母さんが想定外の大物だったからで。


「紹介したかった叔母を連れて来たわ、あとはよろしくね?」

「……私を説得するとは、大見栄きったなオーウェン」


 その人は聖国アインツベルクという大国の女王様だった。

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