第37話 変貌

 ソネットを相手にし、生まれて初めて夜会で社交ダンスを踊った。

 その後、長引いたクエストで疲労していたハクレンもやって来て。


 僕は彼女と約束どおり社交ダンスをしている。


「気分はどうですかハクレン」

「……思っていた以上にいいかも」


 それはよかった。

 何しろ二人の社交ダンスはハクレンが望んだんだし。


 楽しんでもらえて相手している僕は満足だ。


 ◇ ◇ ◇


 前もって言っておけば、例年のように開催される夜会は夜更けまで続く。

 近隣住民の協力のもと行われる大規模なパーティーを、みんな楽しんでいた。


 ハクレンを引き連れて、ディナーテーブルにいたソネットに声を掛けた。


「はわわ、ハクレン様」

「今回はありがとうソネット、君がいなかったら変な空気になったかもしれない」

「い、いえ、私としても嬉しかったです、オーウェンさんと踊れて」

「今度また踊る機会があったら君を指名するよ」


 と言うと、彼女はうつぶせた顔を真っ赤に紅潮させる。


「あ、ありがとうございます! その際もよろしくお願いいたします!」

「頼んだ」

「それはそうと、今回は長くいらっしゃるみたいですが、大丈夫ですか?」

「仕事とかの話? まぁ僕にだって仕事よりも大事なものはあるんだよ」


 三人で話していると、ジミーが天然癖をはっきしてやって来た。


「オーウェン、ちょっと付き合ってくれよ」

「わかった、じゃあ僕は席外すよ」


 去り際にソネットは僕に深々とお辞儀して、素行の良さを見せていた。

 ジミーは僕を講堂の外へと連れ出した。


「どこに行くんだよジミー」

「ケーキを受け取りに行くんだよ、あのメイド喫茶まで」

「母さんの店の?」

「そう、この日のために大枚叩いたんだよ、俺の自腹だぜ?」

「ジミーはその分稼いでいるだろ」


 と言うと彼は童心さながらににっしっし、と笑う。

 彼の昔と同じ様子に、ふと思った。


「今日は特別な日だし、この後でユーリ交えた三人で少し話そう」

「そうだな、って忘れてた、俺この後でやらなくちゃいけないことがある」


 やっぱりジミーは天然だな。

 彼は昔から天然で、だけど正義感が強くて。


 ユーリにちょっかいかける僕に強く当たっていたけど。

 ジミーが騎士学校に入る時、今までいじめててごめんと謝罪されたものだ。


 あれは僕の方が悪かったのに、彼は他を尊重する心も持っていた。


 そんなジミーに聖剣装備を贈って本当によかった。

 彼は僕の師匠こと、勇者イクシオン以上に素質があるように思えた。


 母さんの店に着くと――誰もいなかった。

 店の扉には『クローズド』と書かれた看板がかかげられている。


 ジミーはその看板を取り去ると、鍵を出して開けていた。


「勝手に入っていいの?」

「いいんだよ、なんでも今日はルビーさんや他の店員も不在しているらしい」

「理由は?」

「知らないな、俺は一階を探すから、オーウェンは二階を探してくれよ」


 言われるがまま二階に上がる。

 何かが妙だ、二階にはジミーの言う用意されていたケーキはないし。


 一階にもそれらしいものは準備されてなかった。

 不思議がっていれば、急に店内の明かりがついた。


「駄目だオーウェン、ケーキはなかった」

「そ、そうなんだ、じゃあどうする?」

「そうだな……所でオーウェン」


 ジミーの表情は普段のものとなんら変わりなかった。

 天然な性格で、いつも笑顔を絶やさない彼は僕にこう言う。


「実は俺、闇ギルドの人間なんだ」


 っ――僕はこの光景に見覚えがある。

 六年前、それまで知人だと思っていたキースが素性を明かした時の光景。


「闇ギルド……?」


「そう、俺は闇ギルドに入った。でも安心しろよオーウェン、お前に危害を加えるつもりはねぇ。俺の相手は勇者イクシオン、それからユーリとアルベルトとハクレンだしな。あの四人を相手にするのは骨折れそうだなー」


 馬鹿な、その四人の実力は先日目の当たりにした。

 ジミーがA級冒険者であることも考慮すると、到底とうてい


「到底敵いっこないよ、馬鹿な真似は止すんだジミー」

「それが大丈夫なんだよ、あいつらはいまユニークスキルを封じられた状態だしな」


 ユニークスキルさえなければ奴らは怖くねぇ。

 とジミーは言うが、そもそもの話。


「どうして闇ギルドなんかに入ったんだよ!」


 緊張した声音で強く問うと、ジミーの表情が変わった。

 うろんな眼差しで、笑っていた口は真一文字に結ばれ。

 不満そうに眉を下げている。


「どうしてって、連中が俺の父さんを殺したからだろ? お前だって知ってるはずだ、今さら理由を聞かれたって、殺意しかわかねーよ。それともお前忘れちまったのか――そんなはずねぇよなぁッ!」


 僕の質問にジミーは激昂し、手元にあった机を壊していた。


 六年前、僕が死んだあの日。

 キースは母のギルドで一緒に働いていたジミーのお父さんを殺した。

 その後、僕に接触し、冒険者ギルドという邪魔な存在を消すよう僕を手にかけた。


「君のお父さんを殺めたのは闇ギルドの人間だ、師匠たちのせいじゃない」

「いやいや、その闇ギルドの人間を招いたのは勇者一行だ」

「キースは師匠が来る前から母さんのギルドに在籍していただろ?」

「だとしても、どうして家の父さんは亡くなったまま放置された?」


 オーウェンは蘇らせてもらったのに、どうして父さんだけここにいないんだ?


「――ユーリのユニークスキルがあれば父さんは今も生きて、母さんも心壊したりしなかった。けど勇者は俺の父さんのことはないがしろにして、責任を負わされるのを嫌がって失踪しただろ」


 違う、ジミーの誤解を正すため声を掛けようと口を開いた。

 しかし言うより早くジミーは――ッ! 僕のみぞおちに拳を打ち付ける。


「あぐぅ……っ!」


「そろそろ時間だから、俺行くよ。そのままでいいから聞いてくれオーウェン、さっきも言ったように俺は奴らを始末する。お前の右腕奪うような真似して悪いけど、都はオーウェンさえいればなんとでもなる」


 ジミー……もうろうとする意識を必死の思いでつなぎ。

 僕は震える唇を開き。


「ログ、イン」


 震える手でユニークスキル【ネット通販】を操作した。


 ジミー、引いては闇ギルドは今日のことをずっと前から計画していたようだ。

 闇ギルドの狙いは学校に集ったS級冒険者とユーリ。


 ジミーの話だと狙われたS級冒険者のユニークスキルは封じられているらしい。

 闇ギルドは夜会の食事に含ませた特殊な薬でそれを可能にしたようだ。


 急いで後を追うと、街には粉雪が降り始めていた。

 騎士学校まで続く石畳の通りにはジミーの足跡があって。


「ジミー!!」


 道中僕はジミーに追いついていた。

 ジミーは僕の声を、僕の存在を無視して前に進む。


 遠目に見える騎士学校からは黒煙があがっていた。

 学校内外に潜んでいた闇ギルドの手の者が暗躍し始めたようだ。


「ジミー!! 聞こえないのか! 待つんだ!」


 と言って彼の背中に手をやると、怖気をもよおすほど冷えていた。

 聖剣装備とは言え、真冬の時期の鎧は芯から冷え切っている。


 彼は僕の声に応え、振り返る。


「っ!」


 振り返り、ジミーは顔を覗かせるのだが、その顔貌はもう人間じゃなかった。


「腰抜かしたか? これが俺の本当の姿だ」

「魔族になった、ジミーが?」

「ああ、今の俺は魔族」


 ジミーの肌は白かったが、それが一転して真っ黒に染まっている。

 艶がのり、きめ細かい彼の額には刀傷が残されていた。


「離せよ、死にたいのかオーウェン?」

「……ジミーが打ち明けてくれたように、僕もあることを言うよ」


 今回の闇ギルドの襲撃作戦を、僕らは事前に知っていた。

 そう言うと彼は高揚気味に吊り上げた口端を下した。


「ジミーが闇ギルドに所属していたのも、僕は知っていたんだ」

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