第35話 始まり

 アルベルトの誕生日から三日後、今日は待ちに待った騎士学校の夜会だ。


 ジミーも在籍している騎士学校は今日が開校記念日で。

 全寮制の学校も、この日は休校とし。

 生徒たちの憩いの場として大きな夜会を開く。


 トビトは夜会に参加する僕の下――書類がうずたかく積まれた仕事部屋にやって来る。


「今日は例の日ですね」

「そうだね、今日は何事もなければいいんだけど」

「そうはいかないでしょう、何せあの学校の夜会は毎年のように荒れますから」


 トビトの話に僕は生返事をしていた。


 何かと上の空なんだよ、今日まで特訓してきた社交ダンスのこともあるし。


 僕の今夜の相手に指名したハクレンは今日の明け方帰還したみたいだ。


 トビトの報告によると、今は夜会にそなえて熟睡している最中だった。


 先日、アルベルト生誕祭があったばかりだけど。


 冒険者ギルドには今日も今日とて様々な依頼が舞い込んでいた。


 夜会関連のクエストまである。


 自室で仕事をこなしていると、黒いスーツ姿のアルベルトがやって来た。

 首元には落ち着いた色味の赤いチョーネクタイをつけて。

 両手には白いレザー手袋をしていた。


「オーウェン、そろそろ時間じゃないか?」

「もうこんな時間か、わざわざ呼びに来てくれてありがとう兄弟子」

「ハクレンは?」

「姉弟子は今朝帰って来たばかりですから、夜会まで休んでもらいます」


 兄弟子の隣には師匠やビィトもいた。

 師匠は何を考えているのか、白いパーカーにジーパン姿だ。


 兄弟子やビィトが正装している分、浮いている。


「さぁ行こうか不甲斐ない弟子共よ、今日はあっそぶぞー!」


 師匠は心まで浮かれているようだった。


 ◇ ◇ ◇


 S級冒険者の三人を連れて学校の広い講堂の壇に立つ。

 学長のルーズベルトさんが僕たちを迎えて、生徒たちは騒然とした。


「あ、アルベルト様だ」

「天声のビィト様までいるぞ」

「っていうかアレもしかしてイクシオン様じゃね?」


 はっきり言って、今日集った面々は豪華だ。

 今や登録者数五万人にいたる冒険者。

 その頂点というべき存在が三人もそろっているのだから。


 講堂にいたアルベルトのファンの一人の女生徒が甲高く叫ぶ。


「アルベルト様ぁー!」


 その黄色い声をさえぎるように師匠が叫んでいた。


「静粛に!! アルベルトの名を叫ぶ前に俺の名を呼べ!」


 師匠のわがままに応えるようジミーの声がした。


「勇者イクス! 我が国の救世主様、お帰りなさい!」


 学校にはジミーを慕う生徒も多く。

 ジミーの声に追従する声援も多かった。


 師匠は調子に乗って、高笑いをする。


「はっはっはっは! 今日までよくぞ生き延びた生徒諸君! お前らには光るものがあるぞ! 元勇者だった俺が言うんだから間違いない! 耳をかっぽじって聞け、お前らには!」


 ――俺に代わって国を救って欲しい。


「できない、なんて言わせないぞ? 出来る出来ないなんて悩む前にやればいいんだよ!!」


 ……予定にないスピーチだけど、ここは弟子として師匠の面子をおもんばかり。

 師匠による年末の含蓄がんちくに、僕も耳を貸そう。


「俺は、まだ幼いアルベルトにいっつもこう言ってた! アルベルトは俺の言葉に素直でな? 昔は可愛げもあって、俺に従順で、クソほど真面目だったんだよ……それが今じゃ女子に人気で、きざで、俺に反抗的になって、クソほど腹立つ野郎になっちまった!」


「師匠、身内の愚痴は身内にしか通用しない話題ですよ、止しましょう」


 師匠のスピーチは冒険者ギルドの看板をこけにする内容で。

 とっさに僕は師匠を止め、ビィトのユニークスキルで黙ってもらった。


「師が失礼しました、彼の代弁をしますと、皆さんは才能というには実力が表面化していて、中にはこの学校に在籍しながら高い評価をすでに得ている生徒までいるということでして、師は貴方達の力を信頼していると仰りたいようです。その昔、彼が弟子にとったS級冒険者のアルベルトのような逸材たちとこうして――」


 僕は暴走仕掛けた師匠のスピーチから自身のスピーチへとなんとかつなげた。


 師匠はビィトの【ジャッジ】に対抗して、身体を痙攣させている。

 何か言いたかったようだけど、ろくな台詞じゃないだろうな。


 そのまま騎士学校の開校記念日の幕は明け。

 学長や僕のスピーチは終わり、講堂に集った生徒たちは夜会の準備をし始めた。


 師匠はビィトから緊縛状態を解かれると怒鳴っていた。


「死ぬところだったぞ!」

「申し訳ありません、ですがあのご様子でしたので止めさせて頂きました」


 僕たちは講堂の壇上に用意された椅子に腰を下ろして、休憩している。

 主にアルベルトの熱狂的なファンがここぞとばかりに視線を集めていた。


 そこに騎士学校の首席であるジミーがやって来る。


「三人ともお疲れ、オーウェンは相変わらず期待させるのが上手いな」

「ありがとう、でいいのかな?」

「間違いない、オーウェンにはたぬき爺の才能がある」


 ジミーはその昔僕があげた聖剣装備に身を包み、屈強な戦士のたたずまいだ。

 この後ひかえている夜会もその格好で参加するんだろうか?


「何かおかしかったか? 俺はいつもこの格好で参加してるぞ」

「何かと天然なジミーにとやかく言われたくないよ」

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