第34話 アルベルト生誕祭

 実家に仕える執事長でS級冒険者のビィトの指導はしばらく続いた。


 五日も経てば普段から頼りにしているアルベルトが帰還して。

 それでもある事情からビィトは都に滞在した。


 騎士学校の夜会まであと三日。

 どうせならビィトにも夜会に出席してもらおう、その方が華がある。


 報告によればアルベルトは今回も鮮烈な活躍劇だったらしい。

 彼の活躍を労うよう報酬を与える。


「今回もお疲れ様でした、今回の報酬には色をつけておきましたよ」

「どういう風の吹きまわしだ? オーウェンはケチで有名だしな」

「三日後の夜会のさいはお世話になりますっていう意味です」


 僕の仕事部屋で兄弟子に報酬を手渡すと。

 そこにアルベルトの帰還を待っていた師匠が駆け付ける。


「待たせたな! いや今回は逆に俺が待たされた!」


 師匠はユニークな文言が書かれた白地のパーカーを身に着け。

 下はジーパンと、いたってカジュアルな格好だった。


 アルベルトは師匠を見るなりお辞儀をしていた。


「ただいま帰りました、師匠は俺を待っていたのでしょうか?」


 師匠はマジックのようにどこからか酒瓶をどーんと出して。


「アルベルトも飲める年齢になったんだろ? 一緒に飲もうぜ」


 兄弟子も今年で二十二歳だ。

 そう言えば兄弟子の誕生日って近くなかったか?


 彼は僕と誕生日が近かったので、記憶している。


 兄弟子の誕生日は例年のようにファンが勝手に祝祭を開いているらしい。


 その名も『黒王子アルベルト生誕祭』である。


 三人で談笑するなか、僕の口からその情報を耳にした師匠は大笑いだ。


「でっはっはっはっは! アルベルトくん、ちょ……とモテるからって調子に乗るなよ?」

「俺は連中に興味ないので」


 兄弟子のこういったツンドラな性格もファンは虜なようだった――コンコン。

 僕たちが兄弟子のファンについて話し合っていると誰か来たようだ。


「坊ちゃま、本日のお夜食のご用意できました」


 料理番のメリコだった。

 メリコは手押しの台車で夜食を運んでくると、開口一番。


「酒臭っ! 坊ちゃまの年で飲酒はダメだろー?」

「僕は一滴も飲んでない、師匠だよ」


 メリコは鼻をつまんで師匠にどーもとお辞儀する。


「メリコちゃんは可愛いなぁ、彼氏とかいるのー?」

「坊ちゃま、本日のお夜食は深海魚のお鍋になります」


 おお、深海魚の鍋、漁師が地引網でとったのかな。

 お鍋と聞いて、酒に泥酔してカーペットの上にあぐらかいていた師匠も興味津々。


 メリコが鍋つかみでふたをぱかっと開けると叫んだ。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおお! うっまそー!」

「うるさいですよ師匠」


 師匠はまぁ僕と一緒に食べるとして、兄弟子はどうするんだろう?


「兄弟子も一緒に食べていかれますか?」

「ああ、そうする」


 それでは鍋を囲むとしますか。

 ユーリもクエストから帰ってきているみたいだし、誘ってみるか。


 ユーリの部屋に師匠を向かわせると、文句を垂れていた。


「誰がこの酒カスを私の所にやったの? 正直に挙手して」


 はーい、先生、僕です。


「メリコが鍋を用意してくれたみたいなんだ、一緒にどうかなユーリ」

「鍋? どんな料理なの?」


 ユーリの質問にメリコは鍋の下に引かれた小さな魔法コンロに火をつける。

 鍋はぐつぐつぐつと音を立てて、部屋をいい匂いでみたしていた。


「本日のお夜食は深海魚を使った煮込み料理になります、下処理をした深海魚と一緒に獲れた海藻からは濃厚な出汁が取れ、野菜や豆腐などとご一緒にお召し上がりいただきます。なんでも坊ちゃまの故郷では冬の定番料理のようです」


 と言うと、同郷のユーリは首をかしげる。


「聞いたこともないけどね、庶民と貴族の違いなのかな。にしても美味しそー」


 鍋料理のいい所は〆として雑炊や麺類を後でいれて二段構えで食べられる所だ。

 料理に関しては研究熱心というか、プロのメリコ。


 恐らくこの後の準備も万端だと思う。


 僕は用意された鍋料理を味わいつつ、兄弟子に話を振った。


「兄弟子の誕生日っていつでしたっけ?」

「……確か今日だな」


 ユーリが胸の前で小さく拍手していた。


「おめでとうございますアルベルトさん、アルベルトさんのファンは私のパーティーにもいますよ」


 のように、内向的だったユーリは成長した。

 ユーリは積極的に本部にいた冒険者に声を掛け、彼女なりの人脈を築いている。


 彼女は自分含む四人の馴染みを作ったようだ。

 その内の一人が兄弟子の熱烈なファンらしい。


「腕は確かなんだけどね、頭は腐ってるわ」


 その話は置いておいて、今日はみんなの前で久しぶりにアレを使わせてもらう。


「ログイン――兄弟子にはどんなプレゼントをご用意すればご満悦ですか?」


 アレとは僕だけが使えるユニークスキル【ネット通販】のことだ。

 ログインして半透明状の通販画面を目のまえに移す。


 兄弟子に喜んだ様子はなく、淡々と返答した。


「気持ちだけでいい」


 兄弟子の遠慮に師匠は叫んだ。


「ふぉおおおおおおおおおおおおお! 俺! 俺にもプレゼントくれ!」

「一々雄叫びあげないでくれませんか?」


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、例年と同じくアルベルトのファンがギルド本部に沢山のプレゼントを寄越したらしく、三、四年前ぐらいから催されるアルベルト生誕祭専用のクエストが発生した。


 山になったアルベルトへのプレゼントの後処理の依頼だ。


 今日も今日とてギルドの本部ビルには雑多に冒険者であふれかえり。

 彼らに交じり、クエストボードでその依頼を見たユーリは失笑する。


「ぷはは、何このクエスト、ウケル……って、え? 報酬額が凄い、え?」


 そのクエストは割りがいいことで有名で。

 毎年のように熟練の冒険者によって壮絶な駆け引きがあるみたいだ。


「ちょちょ! そのクエスト引き受けた!!」


 ユーリは一人前の冒険者として、早くもその駆け引きを体感したみたいだ。

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