第33話 異世界でもよくあること

 早朝のランニングに付き合ったあと、各々軽くお風呂に入った。


 兄弟子とユーリは海中で戦った影響で全身海水塗れになっていた。

 海水に塗れ、上着を脱いだ兄弟子は鍛え抜かれた上半身をファンの目に入れ。


「あ、やば、死ぬ!」


 ファンを萌え死にさせる所だった。


 その後は師匠も加わり、勇者の弟子一行は都の人気レストランで朝食を取った。


 アルベルトから早朝ランニングの様子を聞いた師匠は。


「いい調子だな、オーウェンは毎朝このランニングを続けるように」

「無理です」

「頭ごなしに否定する!? 俺は師匠だぜ?」

「僕も忙しい身なので、毎朝は物理的に無理です」


 今朝のランニングにしたって、お風呂に入った後前のめりに倒れた。

 悪いとは思ったけどソネットを呼び出して精霊魔法で癒して貰ったぐらいだ。


 足へのダメージが大きすぎたんだ、二度とやらん。


 師匠はすっかり不機嫌になった僕の両目を見て、不敵な微笑みを浮かべていた。


「まぁ、オーウェンなりに足りない所はカバーするってことでいいのかな?」

「えぇまぁ、僕だって反省しましたよ、この六年で」

「それはいーことです」


 注文していた蟹尽くしの海鮮料理が届いた。

 師匠は蟹の足を器用に食べ始め、僕たちも今朝の朝食を美味しく頂く。


 その後、アルベルトとハクレンは仕事で都を離れた。

 アルベルトは闇ギルドを掃討するクエストに向かい。

 ハクレンは海賊退治のクエストに向かった。


 兄姉弟子が離れたので、都には代わりにビィトが来訪する。


 ビィトは料理番のメリコを連れて、僕の仕事部屋を訪ねた。


「坊ちゃま、ご指示通りメリコと共に来ましたが、今回は何をすればよろしかったでしょうか?」

「わざわざありがとう二人とも、今回は例のごとく、S級冒険者が全員出払っちゃったから」


 都には必ずS級冒険者を待機させておかなければならない。

 これは冒険者ギルドの創設時に取り決めた約束事だった。


「それとは別にビィトには折り入って頼みがあるんだ」

「何なりとお申しつけください」

「僕に社交ダンスを教えて欲しい」


 ビィトの隣でぶぜんとしていたメリコは失笑をこぼす。


「ぷーくすくす、あの坊ちゃまが社交ダンス」

「今度出席する騎士学校の夜会で踊ることになったから、必要なんだ」


 頼み込むと、ビィトの瞳が怪しく光った気がした。


「よろしい、ではお相手はメリコに担ってもらいますかな」

「は? 引き受けるわけがない」


 のように、メリコは僕を嫌っている。

 そのことに少し傷つこうとも、ビィトであれば強制すると思った。


「――ジャッジ、メリコには坊ちゃまが社交ダンスを習得するまでお相手願います」

「ぐ、卑怯だぞジジイ!」


 彼はユニークスキルによってメリコを僕にあてがうのだった。


 と、言うことで。

 メリコにもドレスアップしてもらい、僕はビィトから社交ダンスを習い始めた。


 自室でああでもないこうでもないと熱烈な指導を受けていると、師匠がやって来た。


「待たせたなう〇ち! じゃなかった運動音痴! お? 特訓中か?」


 ビィトは胸の前で二回手を打つと、僕たちに休憩を与える。


「休憩にしましょう、メリコは食事の準備を頼みます」

「ぜんぜん休憩になってねぇ」


 メリコは僕と違って疲れた様子はなかった。

 彼女はいかり肩をたずさえて足早に退室する。


 僕は足腰がくたくただと言うのに、うう。


「ふぅ、そう言えば師匠は彼とは初対面でしたね、紹介しますよ」

「ビィトと申します、坊ちゃまに仕えるようになって今年で五年目になります」


 彼もS級冒険者です。

 そう言うと師匠は感心したようすだった。


「へぇ、世の中広いけど、あんたみたいな大物がまだいたんだな」

「恐縮でございます、勇者イクシオン様のお噂はかねがね耳にしておりました」

「いいよなぁオーウェンは、こんな凄い人をあごで使ってるんだろ?」

「坊ちゃまの才覚はそれを可能にするのです」

「はっはっは、お前本当に出世したな」


 おおきに。

 二人から褒められた僕は足がパンパンだ。


 一瞬、ソネットを呼んで精霊魔法で治療してもらおうか悩んだ。

 しかしそれには及ばなかったみたいだ。


「――ジャッジ、坊ちゃまには疲れた体を癒してもらいましょう」


 ビィトがそう言うと、今まで全身を襲っていた痛みがすっと消えた。

 ビィトのユニークスキルにはこんな使い方もあったのか、すごい。


 僕は宰務室の自席に向かい、今回やって来た師匠に理由を聞く。


「ところで師匠は何か用事で?」

「ああ、用事だったらもうねぇ」

「どういうことですか?」

「オーウェンに社交ダンスを伝授しに来たんだけど、もう必要ないだろ」

「なら最初からそう言ってくださいよ」

「オーウェンくんは面倒だねぇ」


 そう言えば、ビィトやメリコに来てもらった手前言えないけど。

 S級冒険者だったらこの人がいたじゃないか、うかつだった。


 と言っても、師匠は冒険者ギルドで何一つクエストを引き受けてない。

 登録するだけしておいて他のことで忙しくなり登録していたのを忘れている。


 地球でよくあることだと思うけど、それはこの世界でもよくあることだった。


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