第32話 アルハク

 師匠や、彼の下につく他の弟子たちで古馴染みは口をそろえる。


「それでも勇者イクスの弟子か?」

「く、こ、殺せ」


 と言うのも、今の僕は強制的に体を鍛えさせられている。

 僕が提案した騎士学校の夜会で行う社交ダンスに参加するために。


 朝も早くから兄弟子やユーリ、無精気味なハクレンも混ざって都をランニング。

 三人にとっては軽く流している速度でも、僕にとっては全力全開。


 二十分も走ると、兄弟子からののしられた。


 ユーリが軽い足取りで引き返して。


「父さんね、私と旅している最中ずっとオーウェンのこと気にかけてたよ」


 ――他二人はなんとでもなるけど、あいつだけは危ねぇ。


「だから頑張ろうオーウェン、父さんだっていつまでもいるわけじゃないんだし」


 兄弟子は膝から崩れ落ちた僕の脇を抱え強引に立たせる。


「行くぞ、お前のその姿はギルドの沽券こけんにかかわる」

「く、殺せ」


 ふらふらとした足取りで北区画の港から海岸沿いの砂浜に出て。

 道中遭遇した兄姉弟子のファンから手を振られた。


「きゃー! アルベルト様ー! ハクレン様ー!」

「アルハクよアルハク!」


 その声をユーリは不思議がり、僕に耳打ちする。


「アルハクって何?」


「アルベルトとハクレンのカップリングのことだよ、アルベルトが強気になってハクレンに迫るっていう縮図らしい。逆にハクアルって言うのはハクレンがアルベルトを尻に敷く構図らしい」


「……ぶ、はっはっはっはっはっはっ!」


 ユーリは僕の説明に大爆笑して、砂浜でゴロゴロともんどりうっていた。

 彼女の反応に嘆息をついたアルベルトがユーリの背広をつかんで海に放り投げる。


 ユーリは軽やかな体捌きで姿勢を整え、海上の中空に浮かんでいた。


「いきなり何するんですか?」

「訓練の一環だ、俺が少し揉んでやる」


 と言ったのを皮切りに始まる弟子たちのバトル。

 魔法の類をつかえないアルベルトだけど、彼は水面すらも足場にする。


 一般人の目では到底追えない速さでユーリに組みかかり、海中に落としていた。


 その光景を見て思った。

 僕がどんなに努力してもあの二人のようになれるわけねぇー。


 砂浜に腰を下ろし、その達観にいたっている。

 ハクレンが隣に腰を下ろして、僕の手にそっと自分の手を重ねた。


「例えばオーウェンが危機に陥っても、アルベルトが守ってくれる」

「心強いなぁ」

「私も貴方を守るし、ユーリさんやジミーくんも」


 貴方は多くの人に守られて、その人たちと支え合って生きていく。


「そんな関係を築き上げた貴方が……好き」


 その光景を見ていた彼女のファンが鼻血を垂らしていた。


「録音したよ! 後でみんなにも聞かせてあげなくちゃ」


 その人が録音して編集したハクレンの声を入手して実際聞いてみたけど。


『貴方が、好き』


 彼女たちの妄想の枠に僕という男は存在しなかった。


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