第25話 この親子ナンセンス その2
アルベルトとハクレン、この二人について語れることは多くない。
何故なら二人の武勇伝はあまりにも有名すぎるのだから。
今さら言い聞かせても「そんなの知ってるし」みたいな感じになる。
しかし、その反応をする冒険者の多くが、二人が戦う所を見たことがない。
アルベルトの剣術は祖父である剣聖の域に達していると目されていた。
事実、アルベルトはこの世で最強の部類にいる師匠を目にも止まらない速さで強襲していた。
S級冒険者のアルベルトの実力を目にした冒険者は歓声や悲鳴を上げる。
上段から振り抜いた彼の一撃は砂煙をあげ、相対する二人の姿を隠していた。
アルベルトに軍配があがった? 勝負は一瞬で決まるというし。
そう思っていると上がった砂煙から人影が吹き飛んでいた。
その影はアルベルトだった。
アルベルトは背後の中空に飛びのくと、師匠はその上を取っていた。
「らッッッ!!」
アルベルトに向かって師匠は光る剣を振り抜く。
アルベルトはその剣筋を自身の剣で受けていたが、凄まじい威力だったらしい。
轟雷のような音を立てた
アルベルトはその威力そのままに体を地面に打ち付けられていた。
彼は追撃を恐れてすぐに立ち上がり、元居た位置へと下がると。
師匠は中空に浮き上がりつつ、眼下のアルベルトに再度ほえていた。
「空戦ぐらいできるようになっておけって言っただろ! バーカ!」
師匠が魔法によって空を悠々自適に移動できるのに対し。
アルベルトは魔法の類を使えない。
彼は師匠を親の仇のように睨みつけていた。
一方、もう一人のS級冒険者であるハクレンはユーリを直視している。
今朝ユーリから嫌悪感をあらわにされ、姉弟子は傷ついたみたいだ。
「……ヴォルガノン」
ハクレンが詠唱破棄による魔法を使うと。
彼女の上空に10メートル大の火球ができていた。
観衆は悲鳴交じりの歓声を上げ、ハクレンを改めて恐怖していた。
「すげぇ、S級冒険者ハクレンも本気だぞ」
周囲はそう言っているけど、アレでもハクレンは手加減している。
何せ相手はハクレンが妹のように可愛がっていたユーリなのだから。
ハクレンはかざした手をユーリに向けて振り下ろすと。
大火球は流星のごとき速さでユーリに向かった。
「――っ」
ユーリは迫りくる火球に『何か』をすると、火球は彼女の前で消滅した。
ハクレンは眉を開き、感心したようすだ。
「ユーリさんも魔法を使えるようになったんだね」
師匠が上空で愛弟子二人にこう言っていた。
「S級冒険者とかって肩書で調子に乗ってるお前らに告げる!」
止めてくれ、その物言いは他の冒険者のこけんにさわる。
「この私闘で負けた方がさっきのスシの代金払うんだからな! いいな!」
師匠はそう言うと、アルベルトの死角にいた。
振り上げ気味に光る片手剣を振り抜き、さっきみたくアルベルトを吹き飛ばす。
ハクレンは真横で起こった光景に一瞬気を取られ、ユーリの動向を見逃していた。
「――取った」
「がはっ!」
ユーリは師匠やアルベルト同様の体捌きでハクレンの懐に入り。
ハクレンの喉を右手でわしづかみにすると、地面に打ち付ける。
ユーリはハクレンに馬乗りになって、右拳で大気を裂き、振り下ろした。
その衝撃でまた砂煙があがり、観衆は大騒ぎだ。
「S級冒険者を圧倒してる……!」
「片方は勇者様だとして、片方のあの子は一体誰なんだ」
仮に、他の冒険者から問い合わせがあったさい、どう答えたものやら。
ハクレンは転移魔法で移動し、東側の訓練場入口ふきんに逃れて。
アルベルトもハクレンに並び立つよう東側に降り立った。
これまでS級冒険者の勝利濃厚だとされていた下馬評は逆転し。
観衆はアルベルト達を圧倒している師匠とユーリになびいていた。
先ほどまで四人と寿司を食べていた僕は誇らしく思う。
彼らの実力は本物だ。
それを証明するように観戦席にいる冒険者は四人の私闘に熱狂している。
師匠は一番弟子のアルベルトに閃光の剣技を放ち。
アルベルトは押されていたが、彼の中でスイッチが入ったようだ。
今は師匠と競り合うように一進一退の攻防を繰り広げている。
しかしそれにおいても――――ッ! アルベルトの攻めは師匠にかわされる。
現役を引退して六年は経つのに、師匠は元気だ。
師匠は後方の中空に飛びのくと、アルベルトを見下ろして笑う。
「いくら剣技に優れようとも、空に逃げれば手立てをなくす……この六年何を学んだんだい、アルベルトくん? 世の中には空を自由に駆けるドラゴン族っていうライバルもいるんだぞ」
そんな体たらくじゃあ最強を名乗る俺に一矢報いることすらできないぞ?
彼が師匠からそしりを受ける一方、姉弟子はユーリに舐められていた。
「ハクレンさん、恋人はいる?」
「いないけど、それが?」
「よかった、もしも私がハクレンさんに負けている所があるとすれば恋人の有無だから」
ユーリ、君はいつから負けヒロインになったんだ。
僕と、恐らくハクレンの内に在った天使ユーリの印象は音を立てて崩壊したことだろう。
「ユーリさんは変わってしまった。それは認めます」
「腹立つ」
そして、兄姉弟子は『本気』を出すことを決めたようだ。
師匠とユーリが世界中を旅していた六年間、二人は遊んでいたわけじゃない。
アルベルトは一刀流だった剣技を捨て。
ハクレンは六年の間に開花させた真価を見せつける。
アルベルトは空を飛ぶ師匠をこう評していた。
「師匠はハエのようですね。ぶんぶんと周りを飛んで、うるさいことこの上ない」
「お? なんだなんだ?」
突然、空を浮遊していた師匠の周囲が沢山の剣でおおわれていた。
アルベルトはユニークスキル【剣神】を発現させ、剣を創造したんだ。
「これを使うのはためらっていました、何せ貴方は腐っても師匠だ」
それとは別にユーリはハクレンの猛攻にあっていた。
ハクレンは特大級の魔法をユーリに無限に打ち続け。
最初は相殺していたユーリも魔力切れを起こし、逃げて逃げて逃げまくる。
「どういう魔力量してるの!」
ハクレンが無限に魔法を撃ち続けられる理由は彼女のユニークスキルにあった。その名も【魔力無限】――他が魔力量の絶対値があるのに対し、彼女の魔力量は天井なし。無尽蔵に魔法を使う様は魔道王ハクレンとも呼ばれている。
アルベルトとハクレンがユニークスキルを発現させ、二人を追い詰めたその瞬間。
「参ったッッッ!! 俺達の敗北を認めよう!」
これ以上は洒落にならないと思ったのか、師匠は降参していた。
英断だったと思う。
◇ ◇ ◇
四人の私闘のようすは冒険者たちの口によって瞬く間に都に広がった。
冒険者たちは口々にS級冒険者の兄姉弟子をたたえ。
二人の武勇にまた新しい項目が生まれたという。
数日後、アルベルトが僕の仕事部屋にやって来た。
「お疲れ様でしたアルベルト、先日の私闘でまた冒険者志望が増えたみたいですよ」
「無駄に手の内をさらされてしまっただけだった、後悔してる」
「まぁ、それでもアルベルトは勝った訳だし、納得していただいて」
「師匠とユーリの二人は今どうしてる?」
「二人は例の寿司屋で皿洗いしてますよ、ほら、負けた方が払うって約束だったし」
僕の返答にアルベルトは失笑していた。
あの二人に皿洗いさせることが出来るのも、お前ぐらいなものだと言って。
「あの人は腐っても勇者だった人だぞ?」
「それはそれ、これはこれです」
師匠とユーリの皿洗いの日々は五日続いた。
報告によると師匠は割と乗り気で皿洗いをしていて。
ユーリは青春が無駄になるーと言い、逃げたがっているらしい。
あの二人が親子だなんて、ナンセンスだなって僕は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます