道祖神へのお供え
ヤマモトさんは夏の始め、熱気が来るかどうかと言う頃にバイクでツーリングに出た。昨今少なくなりつつあるバイク乗りにとってちょうど良い季節だ。
有休を取って数日間ツーリングしてこようと思っていた。何しろ彼のもとには最近買った新車がある。無理矢理スーパーへ行くときなどに使っていたが、結局どう考えても不合理なのでついつい車を使ってしまう。そんな彼にはぴったりの機会だった。
ソロツーなので仲間は呼ばない。そもそも職場でバイクの免許を持っているのは彼一人だった。楽しみにしながら『私用』で有休を取った。最近労基が仕事をしているらしく、私用でもきちんと有休を取ることができた。
それから装備が壊れていないか確かめ、旅先の旅館を予約して楽しみにしながら休みが来るのを待った。
金曜日と月曜日に休みを取ったので、四連休だ。新車を慣らすには十分な時間だろう。
そして木曜日、彼は定時ダッシュをして家に帰ると準備していた荷物を積めるだけ積んで、それを固定してから着替え、鍵をさす。
四連休だからと言って四日しか使えないわけではない。こうして木曜の夜もしっかりプライベートな時間で計算している。
勢いで彼はまだ少しだけ肌寒い夜にバイクを走らせた。買ったばかりのバイクなので高速をのるのは少し怖いし、なにより目的地に着くのが目的ではなく、目的地までの道を楽しむのが彼の楽しみだ。
そんなわけで下道を通って日本海側に向かった。一部の県をまたいだところで山道に入った。ライトをハイビームにして少しだけ飛ばす。どうせロクに通行人などいないというのが彼の気を大きくさせた。
スロットルを大きめに開けながら山道を進んでいった。道の両側は鬱蒼とした森だ。そんな中を爽快に走っていたのだが、妙なところで水を差された。
いくら何でもまだ山越えできないのはおかしい。
そう、結構な時間走っていたので結構な距離になる。その上直線なので迷いようが無い道だ。バイクのハザードを炊いて、路肩に駐車した。ここがどこか分からないのでスマホのMapを見ようとした。しかし圏外の表示が無情にも出てきた。GPSは働くのだが、肝心の地図がダウンロードできなくては何処に居るのか分からない。
途方に暮れて道に座り込むと、隣に子どもが座っているのに気づき変な悲鳴が出た。しかしそれをよく見ると、子どもでもなんでもない、ただの道祖神だった。
「これに祈れば帰れるだろうか?」
そう思いながらふと、六文銭という通行料を払うというのを何かの話に聞いたのを思いだした。彼は縋る思いで財布を見ると、小銭に細々したお金が入っていた。それを整理すると、六枚あったのは一円玉だけだった。
ダメ元でその道祖神に一円玉を六枚並べて祈った。
これでダメならどうなるのだろう? そう思いながら再びエンジンをかけ走りだした。
直に明かりが見えてきた。そこは目的地にしていた場所だった。引き返そうとしていたはずだが……どうやら目的地に着いたらしい。そのままネカフェで一晩過ごし、次の日旅館で大いにくつろいだ。
疲れも取れたので帰り道に着いたのだが、そもそもあんな大きな山はなかった。道は迂回するように作られている。では一体自分が走った山道はなんだったのだろう?
「と、まあこれが話の概要なんですが、未だに分からないことがあるんですよ」
「六文銭ですか?」
「あ、分かっちゃいます? あれって死者への手向けなんですよね。どうして六文銭なんて供えたか分からないんですが、おかげで無事帰ってきたので良いかなって思うんですよ」
最後に彼は『あれが自分の六文銭にならないことを祈っていますよ』と笑いながら言っていた。ちなみに彼はまだバイクから降りていない。
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