見えない恐怖

「例なんて見えても良いことなんてないんだろうけど見えない方が怖いこともあるんすよ」


 そう語るのはコージさん。何か嫌な思い出があるということで話を伺った。


 いや、あれは夏のクソ暑い日だったんですよ。暑苦しいんですがエアコンが壊れたので、仕方なく町の量販店に新しいの買いに行ったわけですよ。距離があるのでバイクでね。どうせ持って帰るのは無理ですし、たまにはバイクでも良いかと思ったんすよ。


 それでバイクに乗ってエンジンをかけて出たんですが、クソ暑いのにバイクなので長袖を着て乗っていたら熱風が前から吹き付けてくるんですよ。うんざりしながら山道を走っていたら、突然寒気が来たんですよ。涼しいわけも無いはずなんですけど、なんかやたらとゾクッとするんですよ。


 それでどこからか風が吹いているのか周りを見てみると、草に覆われた墓地があったんですよ。普段気にしたこともなかったんですけど、ああ、この墓の人が気づいて欲しかったんだなって気づいたんす。


 その夏からなんですよ、不吉な場所に近づくと寒気がするようになったんですわ……困ったもんですよホンマ。


 いやね、別に墓地があるならそれはそれで納得するしかないんですがね、たいていの場合、墓や苔むした地蔵なんですがね、そういうのは『ああ、あるなぁ』程度に考えて無視するんですがね、困るのはなにもないときなんですよ。


 例えば夏に釣りをするとするじゃないですか? そんな時釣り竿を振ったら寒気がすることがあったんすよ。嫌な予感がしたのですぐ帰ったんですが、数日後に溺死体が上がったって話が流れるんですよ。そんなもの感じ取れたって警察に言うわけにもいきませんし、ただその場から逃げるしかないんすよ。しかもそういうところに限って自己主張が激しいから困ったもんすわ。


 でもまあそれでもマシな方で一番怖いのは山道を走っていてとんでもない寒気がしたときですよ。背筋が凍るような寒気が来るんですがね、あたりには墓一つ見当たらないんですよ。でもね、あの寒さは絶対に人間が死んでると確信してるんすよ。ということはですよ、その場所の近くに死体はあるが発見されていないって事になるじゃないですか。気分のいいものじゃないですね。


 辺りを見回すくらいのことはしますが怖くなったのは獣道が出来ていたときですね。そこを誰かがのぼっていって、死体を……そう考えると怖くて仕方ないんですよ。ヤクザだかシリアルキラーだか知りませんけど、まともな方法でご遺体は処分していただきたいものですよ。近くに公衆電話があれば匿名で通報もするんですが、今じゃ公衆電話も珍しくなりましたからね。


 彼はそう話を終えた。スマホで通報ではダメなのかと思ったが、彼によると『んなもんしたら警察に根掘り葉掘り聞かれてイタズラを疑われて終わりなんすわ。空幽霊なんて信じてもらえないでしょう?』ということだ。


 しかし彼はバイクを降りる気はないらしい。目下一番の悩みは、バイクに乗るのに一番良い季節にその寒気を一番よく感じ取れることらしい。

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