107.ちょっとだけ優しい世界

「わたしは好きなことしかできないから、全力でがんばりました!」


 歌自慢の子供が集まるちょっとした大会でのこと。優勝した幼い杏歌は、笑顔でインタビューに応えた。


「えへへ、連絡したら、お兄ちゃんいっぱい褒めてくれるかな」


 壇上での表彰を終えて、会場の出口へ向かう途中、杏歌は出会った参加者に声を掛けた。


「あ、お疲れ様! あなたの歌、高音がとっても素敵だったよ!」


 それは純粋に相手を称賛するものであり、何も他意はなかった。

 だから、相手に睨み付けられるなんて、想像もしていなかった。


『好きなことしかできない? その好きなことですら負けたやつの気持ちを考えてよ!』


 警備員が気付くまで、杏歌はその場に呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 あるいは、もう少し彼女が大きくなった後だったなら受け止め方は違ったのかもしれないが、そうはならなかった。

 これは、彼女が喋らないVという道を選ぶ何年か前の出来事。


        ◇◆◇


「よーし、三回戦やるぞー」


上位チャット:エルフさんは元気だな

上位チャット:だね

上位チャット:結構、難しい展開になってると思うんだけど

上位チャット:目立たないように控えないと

上位チャット:もしや、対エルフ同盟を切る策が浮かんだ?


「うんにゃ」


上位チャット:違うのか

上位チャット:それはそうと、もう一回「うんにゃ」ください

上位チャット:俺も欲しい

上位チャット:着信音にしたいからお願いします!

上位チャット:お前らw

上位チャット:で、結局、どうするの?


「薙ぎ払う」


上位チャット:え

上位チャット:あ

上位チャット:ちょ

上位チャット:開始と同時にエルフさんが薙ぎ払った!


「ギロチン」


上位チャット:また頭の上通り出した

上位チャット:おー、混乱してる混乱してる

上位チャット:ひとりだけゲームが違うw


「タル」


上位チャット:あ、キョーカちゃんが落ちた

上位チャット:セイレーーーーーン

上位チャット:あんなの、どうしろってんだw


「お兄ちゃん、無茶苦茶してない!?」

「ははは」

「『ははは』じゃないよっ!?」


上位チャット:これはひどい

上位チャット:それはそうと、もう一回「ははは」ください

上位チャット:俺も欲しい

上位チャット:魔除けにしたいからお願いします!

上位チャット:用途w


「これ、持てるな」


上位チャット:え

上位チャット:あのそれこのゲームのシンボル的なやつで

上位チャット:そっかー、持てるんだー

上位チャット:ははははは


「えい」


上位チャット:やっぱ、投げたァ!

上位チャット:あ、凄い。ブーメランみたいに曲がる

上位チャット:多段ヒットして遠くまで飛ばされた人いて草

上位チャット:あーあー、しっちゃかめっちゃかだよー


「どんどん行くぞー」

「……お兄ちゃん、こんなに目立ったら狙われちゃうよ? いいの?」

「いい」


 うかがうように尋ねる杏歌に、エルフは迷わず答えた。


上位チャット:いいのか

上位チャット:いいんですかね


「全力でやるから楽しい」

「――っ!?」

「キョーカ、全力を出せるのは好きなことくらいなもんだぞ。好きなことで全力出さずに、いつ全力出すんだ?」


上位チャット:エルフさんw

上位チャット:その通りなんだけど、身も蓋もないw

上位チャット:そして、よくわかんないけどショックを受けるキョーカちゃん

上位チャット:この流れ、知ってるぞ!


「……お兄ちゃんは、好きなことで全力を出して、負けたらどうするの?」

「その時は――」




「――笑ってリベンジを申し込む」




上位チャット:まさに、今この状況だな

上位チャット:キリシたんにリベンジを申し込んで『落ちりて』してるんだし

上位チャット:キョーカちゃんへのリベンジでもあるんじゃない?


「キョーカ、遊ぼうぜ。世界はお前が思うよりちょっとは優しいぞ」

「……ちょっとだけ、なんだ」

「その一部がこれだぞ」


上位チャット:あ、どうも一部です

上位チャット:セイレーンの歌、最高です!

上位チャット:キョーカちゃんがエルフさんと仲良ししてるのを見て、ほっこりしてます!

上位チャット:俺には何もできないけど、大好きだからずっと見てるよ

上位チャット:おいおい、俺らにも応援はできるんだぜ?

上位チャット:その通りだ! セイレーンがんばれー

上位チャット:キョーカちゃん、負けるなー


「……優しいね」

「ん」


 人を恐れた少女。

 彼女がもう一度人と触れ合うことを選ぶために必要なものは、ほんの少しの理解と勇気。


「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「わたし、全力で行くから、負けたらリベンジさせてね」

「おう!」


 それらを確かめた少女に、恐れるものなど何もなかった。

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