76.舞台裏のエルフさん

「頼もう」


上位チャット:ヒャア、行ったァ!

上位チャット:マジでエルフさん行った!

上位チャット:なんか、ドアノブ変な音しませんでした?

上位チャット:必要な犠牲だから


「――僕らに次のチャンスはないんだぞ! ああもう、どうすれば……ん? なんだい、お嬢さんは? ここは楽屋だから入らないでもらえるか」


 特設ステージの裏に建てられた、プレハブ小屋。その中には、予想通り、司会者の女性ひとりと衣装を身にまとった男性たち五人がいた。


「手伝いに来た」

「……手伝いって、君は誰だい?」

「通りすがりの一般人だ」


上位チャット:エルフさんw

上位チャット:その通りだけどw


「お嬢さんは状況がわかっているのかい?」

「人手不足だろ?」

「違う。『台本を覚えている役者の人手不足』だよ。一般人の人手じゃダメなんだ」

「以前のショーの台本と録画はあるか? 見ればどうにかなる」

「いや、だからね。気持ちはありがたいけど、無理なものは無理なのだよ」

「む」


上位チャット:あー、これは困った

上位チャット:俺らはエルフさん知ってるから、できると思っちゃったけど

上位チャット:至極もっともな対応なんだよなぁ

上位チャット:どうしたものか……

上位チャット:エルフさんエルフさん、これを彼らに見せてあげて


「ん」

「何だい? ……動画?」


 チャットの指示に従って、俺がノートパソコンを操作すると、先日のミソラと遊んでいた際の動画が再生された。


『にゃあああああああああああああああ!?』

『ほい』

『ひゅっ!?』

『継ぎ目避けるぞー』

『怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわ』

『ほい』

『――っはぁ! こわいこわいこわいこわいこわい!』


上位チャット:逆神様コラボの切り取り集か

上位チャット:絶叫シーン特盛だぜ!

上位チャット:エルフさんの記憶力と運動神経を理解してもらうには手っ取り早いけど、もうちょっと何かなかったのかw


「……これはフェイクではないんだね?」

「ん」

「わかった。彼女に台本と録画を見せてあげてくれ!」

「リーダー、いいんですか?」

「現実的な代案はない。だったら、信じるしかないだろう」

「……わかりました。腹をくくります」


 俺は受け取った台本とショーの動画を見始める。


「いいかい? ここは口上だから、君の出番はない。三分過ぎから見てくれ」

「わかった」

「それから、十三分ごろから三分ほどセリフのないシーンがある。そこも飛ばして構わない」

「ん」


上位チャット:うーん、飛ばして飛ばして飛ばして……それでも時間掛かるなぁ

上位チャット:ヒーローショーって三十分くらいあるし

上位チャット:うげ、じゃあ、お客さん大分待たせることになっちゃうんじゃない?


「大丈夫だぞ」


上位チャット:お

上位チャット:これは、歌?

上位チャット:主題歌だ

上位チャット:え? 伴奏は? 生歌だけのバージョンなんてあったっけ?


「――キョーカが時間を稼いでくれる」


 バリトンの力強い歌声が響く。

 男性らしい低く太い音程で紡がれるのは、勇気と気高さを賛美する信頼の詞だった。


「り、リーダー! 表で主題歌を歌ってる方が!」

「どういうことだい!? 御大が歌いに来てくれるなんて聞いていないぞ!」

「違います! お、女の子が歌ってます!」

「女の子だって?」


上位チャット:え

上位チャット:これ、御大じゃないの?

上位チャット:どういうこと!?

上位チャット:エルフさん、カメラ! カメラ動かしてー!


「ん」


 カメラを表に向けてやると、そこには――


「戦え! お前の意志が弱きものを助ける! 戦え! たとえ、敗れ、力尽きたとしても! 弱きものがその志を受け継ぐだろう!」


 ――お面を被ったまま歌うキョーカの姿があった。


上位チャット:お面w

上位チャット:取ろうよwww

上位チャット:身バレ防止にはいいんだろうけど、もうちょっと見栄えをw

上位チャット:それにしても、キョーカちゃん……どういうことなの?

上位チャット:エルフさん、解説をお願いします


「キョーカは歌、上手なんだ」


上位チャット:その一言で済ませていいのォ?

上位チャット:目を瞑ると五十絡みの御大で、目を開けると可愛い(推定)キョーカちゃん

上位チャット:頭バグってきた

上位チャット:いやー、キョーカちゃんは普通っぽかったから油断してたわ

上位チャット:この姉にしてあの妹あり


「俺は兄だぞ?」


上位チャット:その一言で済ませていいのォ?



【注意】兄貴な御大ではありません。この世界にいるその道の大物歌手のことです。

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