63.変な趣味

「ここーで一発、笑多イム! かっとばせー、笑多! フレーフレー、笑多!」


 御道陸から見て、御道海空は変な趣味をした姉であった。

 スポーツ観戦を好み、野球にサッカーにバスケにと、節操なく応援をする。そこまでならばちょっと珍しい程度なのだが、ミソラはどうにも応援するチームに偏りがあった。


「あっ、だめっ! 早く戻って! あっ、あっ! 戻って! 戻って! あーっ!?」


 ミソラは弱いチームばかり応援するのだ。


「ああぁ……また最下位に戻っちゃった……」


 弱いチームだから負ける。負けるからよく叫ぶ。理屈はとても単純だった。

 さて、ミソラにとって幸いだったのは、弟リクが姉の魅力を理解していたことだろう。


「ミソラ、月曜日は事務所に出掛けるので忘れないでください」

「事務所?」

「はい。Vチューバー事務所の面接があります」

「ええっ!?」


 リクは勝手に話を進めた。きっと、多くの人がミソラの虜になると思ったから。

 そして、それが現実になったのは、これからすぐの話。


「びっくりしたけど、凄く倍率高いみたいだし、私なんかが採用されるわけないよね。あはは」


 ミソラにとって不幸だったのは、弟リクが姉の魅力の引き出し方まで理解していたことだろう。

『逆神様』と呼ばれるようになったのも、これからすぐの話。


「では、五連敗の罰ゲームです」

「にゃんでぇ!?」


        ◇◆◇


 一本先制された状態で、配信者チームはミソラだけ。対する四天王チームはエルフを加えた五人。

 エンドラインの外――つまり、配信者チームが守るゴールの後ろ――からのスローインでゲームは再開されるが、ミソラにはボールを受け取る相手すらいないのだ。


「ミソラ。さあ、遊ぼうぜ!」

「え、エルフさん、こんな状況でどうしろっていうんですかぁ!?」


上位チャット:もっとも過ぎる

上位チャット:勝負にならんでしょ

上位チャット:そもそも、ボールをどこに投げりゃいいのさ

上位チャット:足元に投げて、それを拾うのはダメなの?

上位チャット:他のプレイヤーが触れるまで触れないルール


「ワーッハハハ! 事情はわからんが、勝たせてもらうぞ! 征くぞ、ブラック、グリーン、ピンク、そして、エメラルドグリーン!」

「「「ヤーッ!」」」

「おう」


上位チャット:そこは乗ってあげてw

上位チャット:草


 にじり寄るエルフたちを前に、ミソラの腕がついに狙う先を見つける。


「そこですっ!」

「むっ!」


上位チャット:おっ

上位チャット:なるほど、それがあったか

上位チャット:相手にぶつけるのってありなのか

上位チャット:スローインで相手にぶつけてライン外に出させることで、スローインをやり直すことは稀にある


 ミソラがスローイン相手に選んだのは、レッド。ただし、取りにくいよう強く低く投げ込んだ。

 果たして、ボールはレッドの体を跳ね返り、ミソラはエルフたちに奪われることなく、ボールを確保できた。


「ワーッハハハ! やってくれるわ! ブラック、グリーン! 左右から詰めろ! 前を向かせるな!」

「……っ!」


 しかし、そこから先のプレーに繋がらない。

 ミソラのドリブルを潰そうと、レッドたちは圧力を強める。

 シュートを放ろうにも、ゴールを正面に捉えることすらできない。


「無駄だっ! ここは通さんぞ!」

「ううっ……まだです! そこぉっ!」


上位チャット:そうだ、ここには木があるんだった


 だが、ミソラは粘る。

 フィールド上に生えた木のみきにボールを当てて、ドリブルを継続しながら囲いを抜け出す。


「ミソラ、通さないぞ」

「う、ううっ……!」


 それでも、まだ足りない。

 囲いを抜けた先にはエルフが待っていた。たったひとりでもレッドたち三人を上回る脅威。一瞬でも気を抜けばボールを失うことになると、ミソラは直感する。

 さらに、その後ろでは、レッドたちが再度囲いを作ろうと回り込み始めている。

 センターラインすら遠い。到底、投げて入れられる距離ではない。


「こんなの――」


上位チャット:こんなの、無理じゃないか


「どう考えても――」


上位チャット:どう考えても、できっこない


「何と言おうと――」


上位チャット:何と言おうと、通れないよ


「誰にとっても――」


上位チャット:誰にとっても、不可能だ









上位チャット:だって、相手が強すぎるんだもん









「――最っ高じゃないですかっ!」


上位チャット:え

上位チャット:叫んだ

上位チャット:逆神様?

上位チャット:団長?


「あっははははは! 行っきますよぉ! 上手に――取ってくださいっ!」


 ミソラは吠えた。

 吠えて、ボールを力いっぱい投げつけた。

 ミソラはもちろん、エルフも四天王もいない、フィールドの最奥。四天王ゴールの、その前。そこに待つ――


「ミソラ、僕はスタッフなんですよ?」


 ――リク目掛けて。


「リクくん、『配信者チーム』なんだから間違いじゃないでしょ?」

「そうですね。そうしておきますよ」


 誰かが間に合うはずもなく、リクは悠々とシュートを決めた。


「よぉおおおっし! エルフさん相手に、同点だぁー!」


上位チャット:同点! 同点!

上位チャット:うぉおおおおおおお! 逆神様!

上位チャット:逆神様! 逆神様!

上位チャット:団長! 団長!

上位チャット:逆神様! 逆神様!


「本当に変な趣味ですよね。ミソラの――ジャイアントキリング好きは」


 かつて、姉の魅力を発信しようとした少年は、そうひとちて苦笑いした。

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