61.巨人

「海空は、今日から陸くんのお姉ちゃんになりますっ!」


 小さな小さな手が、幼い少女の指を弱い弱い力で握った。

 それだけで、少女はまだ目も開かない赤子のことが大好きになった。


「陸くん、陸くん。可愛いなぁ。えへへ」


 頬をつつくと「ぷぅ」と声を上げる。おしめの交換を求めてむずがる。背中を叩くとお乳のゲップをする。そんな弟のことを世界で一番可愛いと、少女は思った。


「よしよし。いつまでも、お姉ちゃんが陸くんのことを守ってあげますからねー」


 その気持ちに偽りはなかった。

 ただ、ひとつ予想外だったのは――


「ううむ……マンネリ化を防ぐために、酸っぱいものや苦いものをもっと取り入れるべきでしょうか……」

「リクくん、何を計画してるのっ!?」

「ミソラは酸っぱいものと苦いもののどちらがより苦手ですか?」

「それ、苦手な方を採用する聞き方だよねっ!?」


 ――弟が自分の百倍したたかに育ってしまったことであった。


        ◇◆◇


「エルフさんは凄いなぁ……」


 ミソラの目の前で、四天王の凧が糸を切られて墜落していく。


「ぬぁああああっ!? バカな! 我のレッドストロングスマッシャーカイト号が!」

「ほいっと」

「ぃヤーッ!?」


 喧嘩凧に似たアクティビティは、ミソラが早々に人数差に圧殺されるも、コツを掴んだエルフが凧本体を利用した動きで次々に四天王凧を撃破していく。

 終わってみれば配信者チームの大勝利。


「ワーッハハハ! エクセレントシューターの飛沫を食らうがいい!」

「「「ヤーッ!」」」

「きゃーっ!?」

「先、行くぞ」

「な、何ぃいいいいっ!?」


 さらに、次に挑んだロープを利用したツリークライミングも同様。ミソラがあっさり四天王チームの水鉄砲集中砲火に撃墜されるも、エルフが尋常ではない速さで駆け上って勝利を収めた。


「本当に、エルフさんは凄い……」


上位チャット:いやー、逆神様いても意外と勝てるもんだね

上位チャット:勝てるというか、エルフさんがゲームを壊して回ってるというか

上位チャット:エルフパワー>逆神様デバフ

上位チャット:草


「私と違って……」


        ◇◆◇


「ワーッハハハ! 次なる種目は《ハイパーブラインドサッカーアンリミテッドジェネシス》である!」


上位チャット:ブラインドサッカーならわかりやすいな

上位チャット:目隠しサッカーだっけ?

上位チャット:そう、転がると鳴るボール使うやつ


「ワーッハハハ! 我らが猛練習の果てに掴んだ、最強のチームプレイを味わうがよい!」

「おー、見えない見えない」

「え、エルフさーん、どこですかー?」


上位チャット:こいつら聞いちゃいねえw

上位チャット:レッドも明後日の方向に見栄切ってるし

上位チャット:エルフさーん、走らないでー、戻っておいでー


「僕からルールの補足説明をします」


上位チャット:スタッフ、お前だけが頼りだ!

上位チャット:あの赤いやつはダメだ!

上位チャット:エルフさん、チャット欄見えてないから止めても聞かねえw


「ピッチは標準的なブラインドサッカーより少し狭い、縦横三〇×一五メートルのサイズです。時間は十分ハーフの合計二十分。また、四天王チームはレッドが監督としてフィールド外から選手に指示を出すことができます」

「ワーッハハハ! ブラック、グリーン、ピンクよ、期待しているぞ!」

「「「ヤーッ!」」」


上位チャット:レッド目隠し外すんかーい

上位チャット:何のためにアイマスク着けてたんだよw

上位チャット:人数差に指示役の有無。もうヤケクソなハンデだな


「ワーッハハハ! もはや、なりふり構ってられないのだ!」


上位チャット:撮れ高は悪くないから

上位チャット:逆神様の悲鳴はたくさん撮れたよ

上位チャット:なぜか、勝ってるのに悲鳴が出てる逆神様

上位チャット:不思議


「奇遇だな」


上位チャット:お?

上位チャット:エルフさん?


「さっさとやろうぜ。俺も前座は飽きてきたところだ」


 リクは半秒迷った後、無言でボールをセンターライン中央に配置する。


「……四天王チームは構いませんか?」

「構わん! キックオフを宣言してくれ!」

「では、四天王チームボールでの開始です!」

「ワーッハハハ! ちびっ子が何を思ったかは知らんが、簡単に勝てると思ってもらっては困るな! 征け、ブラック!」

「ヤーッ!」


 ブラックが最初にボールに足を触れた、その瞬間にエルフは動き出す。


「ぬっ!?」


上位チャット:速っ!?

上位チャット:全力疾走

上位チャット:え?

上位チャット:見えてるの?


「もらうぞ」

「ヤッ!?」


 四天王チームがボールを保持できた時間は三秒にも満たなかった。


「えい」

「なっ!?」


上位チャット:うわ、入っちゃった……

上位チャット:一〇メートル以上のロングシュート

上位チャット:見えて……ないんだろうなぁ


「エルフさん、凄い……」


 アイマスクで見えずとも、それが異様であることはミソラにもわかった。

 だから、そう他人事のように呟いた。


「ミソラ」

「え、は、はい。なんですか、エルフさん?」

「俺は、巨人には足りないか?」

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