42.厚い雲の下で

「えい」


上位チャット:頭にダブルタップ!

上位チャット:見敵必殺! 見敵必殺!

上位チャット:さすが、エルフさん!


「やあ」


上位チャット:よし、いた!

上位チャット:これだけ段差あると上れまい!

上位チャット:せいぜい大回りしてくるんだな!


「とう」


上位チャット:マジで接敵頻度上がってる!

上位チャット:これ闇の中、何かあるよ!

上位チャット:行け行けー!


「おう!」


 探索を放棄した俺たちは黒い人影を蹴散らし避けて突き進む。

 一切止まらず館を横断し、手近な北西の闇に入る――


「エルフ、待って。そっちじゃない」

「ん?」


上位チャット:キリシたん?

上位チャット:なんだなんだ?


「人影と遭遇するまでに掛かった時間と遭遇した場所から、発生地点を特定したわ」


上位チャット:え、そんなことできるの?

上位チャット:難しいことを仰る

上位チャット:数学の授業で聞いた気がするけど、なんて言ったっけかな……?

上位チャット:三角測量か


「そうよ。遭遇までの間隔が最長でも二分台なことを考えると、おそらく人影はプレイヤーの位置を把握していて、最短距離で近付いてくるアルゴリズムで動いているわ。それなら、発生地点は逆算できる」

「おー、キリシたん、凄い」

「そ、そうかしら?」

「うん!」


上位チャット:照れるキリシたん子供返事するエルフさん、俺はどっちにときめけばいいんだ!?

上位チャット:難しいことを仰る

上位チャット:子羊は、照れるキリシたんもキレるキリシたんも大好きです

上位チャット:わかる

上位チャット:もうちょいキレて

上位チャット:もっとキレて


「キレることを要求するんじゃないわよ! ほら、目指す場所はここよ!」


上位チャット:はーい

上位チャット:で、目的地は……中庭?


「エルフ、人影の方がプレイヤーより足が速いわ。ここから先は人影をすべて倒して進みなさい」

「わかった」


 いよいよ暗闇に突っ込む。人影を視認できるのは、手に持った懐中電灯の細い光だけ。人影を探すには立ち止まらないといけない。

 だが、


「切れてきた」

「いや、エルフまで何を言ってんのよ」

「懐中電灯が」

「え? ……本当じゃないの!?」


上位チャット:うわー、マジで光弱くなってきてる!

上位チャット:消えちゃう消えちゃう消えちゃう!

上位チャット:キレるな!

上位チャット:キレないで!

上位チャット:子羊はキレない懐中電灯も大好きですからぁー!


「あんたら、何アホなこと言ってんのよ!」

「キリシたん、どうすりゃいい?」

「ど、どうすりゃいいって……」

「俺にはゲームの経験値がない。懐中電灯、節約するか? 使い切るか? 決めてくれ」

「……ええいっ! エルフ! まだゲームは続くわ! ダメージ食ってから立て直すつもりで懐中電灯、消して突っ込みなさい!」

「任せろっ!」


上位チャット:これは大胆な判断

上位チャット:俺なら中庭到達で終わると踏んで使い切っちゃうな

上位チャット:通常プレイだと、懐中電灯ってどうなの?

上位チャット:あまり使わない

上位チャット:光が細いし電池もすぐ切れるから、使いにくいんだ

上位チャット:だから、探索したい部屋があるなら、その部屋が明るい日を引けるまで寝室ガチャする


『ぐわっ!?』


上位チャット:食らった!


「――シッ!」

「エルフ、よくやったわ!」

「おう!」


上位チャット:うまく切り替えした

上位チャット:最低限に抑えてるけど……

上位チャット:頼みの綱の体力がもうやばい!

上位チャット:ギリギリ過ぎる

上位チャット:死ぬ死ぬ死ぬ


 電池の代わりに体力を対価に、俺たちは館を突き進んだ。

 状態はすでに瀕死。体力ゲージは真っ赤になり、警告音が鳴り続けている。あと一発で死ぬところまで来ていた。

 だが、


『……立ち去れ』

『誰だ!?』


上位チャット:ムービー来たぁああああ!

上位チャット:マジで何かあったぁああああ!?

上位チャット:嘘ぉおおおお!?


「よしっ! やったわね!」

「キリシたん、よく井戸が怪しいってわかったな」

「これ見よがしな巨木もあったけど、ステージに続きがあると考えるなら、こっちだと思ったのよ」

「ナイス判断」

「エルフこそ、ナイス操作」


 中庭の井戸に触れると始まったムービー。いつか聞いた笑い声と同じ、謎の声に青年が立ち向かう。


『すぐに立ち去れ。そうすれば、見逃してやる』

『ふん。「見逃してやる」だって? 「見逃してください」の間違いだろ?』

『……立ち去れ』


 井戸から現れた黒い人影を青年は撃ち殺す。


『ああ、終わったら立ち去ってやるさ。俺だって、頼まれてもない仕事で長居したくはないんだよ』


上位チャット:仕事?

上位チャット:まさか、仕事って


『立ち去れぇええええ、エクソシストぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

『お前を祓った後でな!』


上位チャット:悪魔祓いだぁああああ!?

上位チャット:人影、悪魔だったのかよ!?


 青年は井戸に飛び込む。

 落下中に壁面を蹴って勢いを殺すと、井戸の底から三メートルほどのところにある横穴へと侵入した。


『さあ、この無駄に長い夜に朝焼けをくれてやるとするか』


 青年が見得を切ると、ムービーが終わった。

 そして、操作が俺に戻ると、そこには多数の分かれ道を持つ地下道が広がっていた。


上位チャット:マジで新マップ来たぁ!

上位チャット:仮説大当たり! 仮説大当たりです!

上位チャット:ストーリーあったよ! ストーリーあったんだ!?

上位チャット:びっくりしたわ

上位チャット:エルフさんがメーカーの情熱を最後まで信じ抜けたことが最大の驚き


「たまにあるんだろ?」

「何がよ?」

「『インディーズなら周知されなかった攻略法が存在する』ことが」


上位チャット:迷路ゲーの話か

上位チャット:あー……確かにそんな話、したなぁ

上位チャット:またエルフさんが変なこと学習して役立ててる

上位チャット:役立ててるならいいじゃんかw


「エルフといると、常識のはかなさを感じるわね」

「そうか?」

「そうよ」


上位チャット:感じる感じる

上位チャット:でも、それがいい


「とはいえ、一撃死する体力なら、ここまでかしらね?」


 ムービーを挟んでも青年の体力は回復していなかった。懐中電灯の電池も同様だった。


「ま、ここまでやれれば十分でしょ。負けても納得できるわ」


上位チャット:まあ、しゃーない

上位チャット:これはどうしようもない

上位チャット:このルート見つけただけで大興奮でしたよ!






「ボスまでたどり着けるぞ?」






上位チャット:……なんか、またエルフさんが言い出しましたよ?

上位チャット:やばいようやばいよう、常識がはかなくされる……

上位チャット:もうダメだおしまいだ(ラスボスの命が)

上位チャット:終わりまでの時を数えるがいい(ゲームの)


「……どうやるのよ?」


上位チャット:パンドラの箱を開けちゃうキリシたん

上位チャット:絶対変なことになるやーつ

上位チャット:子羊は葛藤の末に聞いちゃうキリシたんも大好きです


「まず、黒い人影を地下道の入り口までおびき寄せるだろ?」


上位チャット:うん

上位チャット:はい


「攻撃を横に避けるだろ?」


上位チャット:うん

上位チャット:はい


「後ろに回り込んで一発だけ撃つだろ?」


上位チャット:ん?

上位チャット:え

上位チャット:あっ


「撃たれると倒れるから、人影は井戸の底に落ちる」


上位チャット:あの、え、まさか

上位チャット:これって


「あとは放置してボスを探す」


上位チャット:うわぁああああ!?

上位チャット:エルフさんがまたゲーム壊したぁー!

上位チャット:はかなくなっちゃった……


「倒さないでも湧いてくる?」

「いや、知らないわよ」


上位チャット:プレイ済みニキ?

上位チャット:湧いてこないです……

上位チャット:やっぱりかぁ

上位チャット:複数に遭遇すること一度もなかったもんなぁ

上位チャット:またとんでもないこと思いつくし……


「お前らが言い出したんじゃん」

「……言ってたかしら?」

「『コンピュータの癖を利用しろ』って言ってただろ?」


上位チャット:あ、あー……最初の水道管ゲームの話か

上位チャット:いや、それにしても言ってないです

上位チャット:エルフさんが超解釈しただけです

上位チャット:またエルフさんが変なこと学習して役立ててる

上位チャット:役立ててるけどよくない気がしてきた


 あとは、山あり谷ありの地下道を安心して走破。

 いかにもな扉に触れると、ムービーが始まった。


『よう、待たせたな』

『立ち去れ! 近付くな!』


 果たして、扉の向こうにあったのは干からびたちっぽけな遺骸だった。


『悪魔を恐れろ! ただの人間め! ただの人間めが!』


 湧き出した黒い人影を、青年はやすやすと撃ち殺す。逆転できる状態にないことは明らかだった。


『悪魔だぞ……ぼくは、悪魔なんだぞ! なんで、ただの人間が……! ただの人間なんかのくせに、そんなに強いんだ!』

『この家には、アルフレッドという名の少年が住んでいた』

『……っ!』

『もちろん、少年は悪魔でもなんでもないただの人間だ。裕福で温かい家族に見守られ、すくすくと成長し、いずれは土地の名士になるはずだった』

『やめろ……』

『それを妬んだのか、あるいは誰かの指示だったのか。詳しいことはわからないが、少年は中学校で非常に陰湿ないじめを受けることとなった』

『やめろ』

『家族に伝えられなかったのだろうな。少年は解決策を別のところに求めた。ああ、求めてしまったんだ』

『やめろ! やめろ!』

『――悪魔の召喚に』

『やめろぉおおおおおおおおおおお!』


 カッと稲光が走った。ゲームで、ではなく、現実で。


「きゃあああああっ!?」

「うぉ」


上位チャット:超びっくりした

上位チャット:タイミングよすぎィ!

上位チャット:びっくりしてキリシたんよりデカい声で叫んだのが、こちらの俺になります

上位チャット:こちらの俺にもなります

上位チャット:なります

上位チャット:なった


「雨強いし、カーテン閉めて電気点けるぞー」

「……もう好きにして」


上位チャット:この世のすべての恥を見てきたような顔してる

上位チャット:草


 少年は悪魔の召喚に手を染めたことでいじめを退けることこそできたものの、家族との間に深い亀裂を入れてしまう。

 やがて、少年は裕福さも温かさも失って、家族にうとまれ、殺され、井戸に捨てられた。

 悪魔によって生まれたものは、この家に縛られた悪霊がひとり、それだけだった。


『やめろ……来るな……近付くな、近付けるなぁ……!』

『もう終われよ、アルフレッド』


 青年は十字架を遺骸にそっと乗せる。


『アーメン』

『――ぁ』


 騒ぎ通していたその声は、それきり聞こえなくなった。

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