40.タレント

「彼女と一緒に映った生放送や動画の配信を禁ずる」

「なんでよ!」


 話は一日遡さかのぼる。エルフがゲームセンターでランキングを狂わせる前、街で衣服を購入している頃。Vチューバー事務所《2.5D》が入った雑居ビルでのこと。


「なんで、エルフとコラボしちゃいけないのよ!?」


 キリシたんの愛称で知られるVチューバー霧島恵。彼女は、事務所の応接間に置かれたガラステーブルを力いっぱい叩いて声を荒げた。

 だが、対面する痩躯の青年は動じない。仕立てのよい服の裾を少し撫でただけだった。


「簡単な話だ。彼女が魅力的過ぎるからだ」

「……どういうことよ? 魅力がある相手とコラボできれば、配信は盛り上がるでしょ?」

「ああ、盛り上がるな」

「だったら、いいじゃない! 何? エルフが《2.5D》所属じゃないから除け者にしようって話? そんなのくだらないわ。エルフは売れる。これからもっと人気が出るわよ!」

「どちらも同意しよう」

「……なら、エルフに関わるべきでしょ?」

「いいや」


 恵が叫びを止めたのを見計らって、二人の前にそれぞれお茶が置かれた。


「ハーブティーです。少しは落ち着くかと」

「……ありがとうございます、瀬貝さん」


 恵に瀬貝と呼ばれたスーツの女性は、会釈を返すと、青年の後ろに控えた。


「納得行く説明をしてちょうだい」

「彼女は魅力的過ぎる。それこそ――同時に映れば『大名キリシ』が霞んでしまうくらいに」

「――っ!?」


 そこまで聞けば、恵にも察することができた。


「私は、君と彼女がコラボ配信をすれば、君の視聴者は彼女に流れて減少すると推測した。だから、社長として所属タレントである君にそれを禁止する」


 当然のことながら、視聴者の時間と財産は有限である。

 それゆえに、より面白いもの、より可愛いもの、より楽しいもの、より満足できるものを優先して視聴し、お金を投じる。

 エルフはVチューバーではない。だが、配信を介した娯楽として見れば、その客層は近いところにある。事実、恵の視聴者である『子羊』たちも、違和感なくエルフの配信を視聴していた。

 片や天然の強烈なキャラクター性で業界の話題をさらったエルフ。片や、前世で売れず、『弓専』というキャラクター性を作って業界にしがみついた自分。

 青年社長の懸念は現実になりかねない。恵にもそう思えた。

 だが、


「社長の考えは理解できた」

「従ってくれるか?」

「お断りするわ」


 青年社長は、ここで初めて体を揺らした。

 わずかに見開いた目に映ったのは、青年社長を堂々と見据える恵の姿だった。


「エルフは魅力がある。でも、コラボしたからって、子羊はあたしに愛想尽かせたりしない」

「どうして、そう思う?」

「エルフといるとあたしは楽しいの。そして、楽しむあたしを子羊はきっと楽しんでくれる。そうだって、やっとわかったのよ」


 青年社長は眩しいものを見たように、目を瞬いた。


「……強くなったな」

「? 社長、何か言った?」

「独り言だ。君に覚悟があるのなら、一度だけ試そうじゃないか」

「試す?」

「うむ」


 ハーブティーをぐいと飲み干して、青年社長はカップを置く。


「好きなときに彼女と配信をして構わない。ただし、君の登録者数が十分に増えないならば、以降は厳禁とする」


        ◇◆◇


「失敗できない……絶対に……!」


 だから、恵――キリシたんは、エルフとのコラボのメインにホラーゲームを選んだ。

 女性配信者の鉄板ゲームジャンル。撮れ高は多く、同席してのコラボなら接触も絵になる。視聴者に選ぶよう誘導もした。必ず成功する。その自信があった。


「なのに……なんで……っ!」


上位チャット:エルフさん面白いけど、流れがちょっと地味になってきたね

上位チャット:キリシたんのツッコミもキレてるけど、ゲーム展開が単調っぽくて

上位チャット:エルフが暴走してる時の方が楽しいわ


「キリシたん、どうかしたか?」

「……何でもないわ。ほら、エルフ、ゲームを続けましょ」


 キリシたんとエルフを照らす二枚のモニタ。そのキリシたんの配信画面で、登録者数は微増に留まっていた。

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