31.E:鍋

 慣れた作業。あたしはマイクの感度と音量を確かめる。

 アバターの動きも違和感ない。エルフが近付いても問題がないのはありがたい。

 エルフの方も準備は整った……というか、何もしてないわね。


「エルフ、マイクの感度くらい確かめなさいよ」

「ん」


 あたしは自室のパソコンのマウスを握り、配信開始のボタンを力強くクリックした。

 さあ、第二幕、開始よ!


        ◇◆◇


「ゲーム、やるわよ!」


上位チャット:キリシたん

上位チャット:ちゃんとアバターのキリシたんだ

上位チャット:あれ? これ、エルフチャンネル?

上位チャット:エルフチャンネルだよ、合ってる合ってる


「こんにちは、子羊とエルフの視聴者たち。この配信は、あたし、大名おおなキリシがエルフと一緒にゲームを攻略するものよ。ほら、エルフ。挨拶しなさいよ」

「ん。こんにちは」


上位チャット:挨拶がある!?

上位チャット:説明まである!?

上位チャット:え、何が始まるの?

上位チャット:まさか、引退会見?

上位チャット:やめないで!

上位チャット:過剰なサービスに裏を疑い出す視聴者たち

上位チャット:いや待てお前ら、それが普通なんだぞw


「あたしもエルフも配信内容はだいたい一緒。どちらのチャンネルを見ても同じよ」


上位チャット:なんで同一配信?

上位チャット:前にエルフさんと決闘したときは別だったのに


「理由を説明するから、エルフは聞こえないように離れて」

「わかった」


 エルフはあたしのお気に入りの座布団を残して部屋を出ると、台所の方へと去っていった。


上位チャット:……で、エルフさんに話せない理由って何?

上位チャット:悪巧みのにおいがプンプンしますよ!

上位チャット:ワクワクしてきたぞ


「あら、エルフの視聴者もなかなか勘がいいじゃない。そうよ、これは――」


 カァンカァンカァンカァン!


「何!? 何の音よ!?」


上位チャット:うぉ!?

上位チャット:なにこれなにこれ


 突如響いた金属音にあたしが部屋を飛び出すと、そこには――


「ん? もういいのか?」

「いや……何やってんのよ、あんた?」


上位チャット:何被ってんの、エルフさんw

上位チャット:鍋エルフ

上位チャット:草


 ――頭に鍋を被って、お玉で叩くエルフがいた。


「キリシたんが聞こえないようにしろって言っただろ?」

「え? そこまでしないと聞こえるの?」

「おう」


上位チャット:目は知ってたけど、耳までいいのか

上位チャット:このエルフ、本当にスペックおばけだな

上位チャット:耳がいい←わかる

上位チャット:だから、聞こえないように鍋被ってお玉で叩こう←わからない

上位チャット:それな

上位チャット:もうちょっと手段を考えようよ、エルフさん!

上位チャット:エルフ「済まない、俺は思考を脊椎に任せているんだ」

上位チャット:考えろw


「近所迷惑だから、それは禁止。筆談にするから見なければそれでいいわよ」

「ん」


 エルフが後ろを向いて座ったのを確認して、あたしはノートに書いた文章をエルフのカメラに映す。


『まず、伝書鳩は禁止よ』


上位チャット:もちろん

上位チャット:それをしたらナイショ話の意味がないし


『エルフは配分されても受け取らないって言ったけれど、「はい、そうですか」と納得はできないでしょ?』


上位チャット:せやね

上位チャット:モヤりそう

上位チャット:実際、モヤってた


『だから、大きな差を付けない。エルフ側の配信も見る意味があるようにするわ』


上位チャット:なるほど

上位チャット:いいね

上位チャット:子羊も賛成です

上位チャット:背教の恐れがないようなので、チャンネル登録もしておきました

上位チャット:背教w

上位チャット:具体的にはどうするの?


『エルフを油断させるから、あたしの方のチャット欄で相談してゲームを一本選びなさい』


上位チャット:はーい

上位チャット:わかり申した

上位チャット:エルフさんにバレないように振る舞えばいいわけか

上位チャット:どんなゲーム?


『エルフが心底怖がるようなホラーゲームよ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る