25.バトルレースチャンプ
「ふぅー……ッシ!」
ヒゲ男がまた己の頬を張る。
隣の筐体の俺どころか、店内いっぱいに響き渡るような大音だった。
「かぁー、痛ぇ! 俺様、パワーありすぎ!」
上位チャット:気合入れて自賛する人は珍しい
上位チャット:ガチで痛いやつだこれw
「難儀なやつだな」
「へっ! 黄緑女、俺様の集中力に恐れ慄いたか?」
「そういうことじゃないんだが……」
「あん?」
「ヒゲ男は好きなゲームやらないのか?」
上位チャット:ん?
上位チャット:エルフさん?
上位チャット:炎太郎ってレースゲーマーだよな?
上位チャット:記憶にある限りでは、レースゲー以外の配信はない
上位チャット:レースゲーム一色だね
「何を言ってるかわからねぇな。俺様はこんな技ができるくらい《バトルレースチャンプ》をやり込んだゲーマーだぞ? 嫌いなわけないだろ」
「そりゃ、嫌いじゃないだろうけど……んー」
「おっと、そこまでだ。ゲームは何でもありだと俺様も思うが、盤外戦術までは含めたくねぇ。続きは決着してからにさせてもらうぜ」
「ん」
上位チャット:盤外戦術……エルフさんが?
上位チャット:するかなぁ?
上位チャット:むしろ、盤外戦術食らって「そういうのもありなのか!」って嬉々として受け入れるタイプ
上位チャット:そして、真正面から粉砕するタイプ
上位チャット:だなぁw
最終第三戦に選ばれたコースは、天空の浮島を渡る幻想的な星屑の架け橋。名前は『星空ハイウェイ』だった。
上位チャット:難コースの代名詞が来たな
上位チャット:そんな難しいの?
上位チャット:このコースの特徴は高低差のある橋とガードレールのない断崖絶壁カーブなんだよ
上位チャット:落ちたら大幅タイムロスが確定してるのに、車が跳ねてコントロールしにくくなるカーブが多いから難しいってわけ
上位チャット:なるほど、炎太郎は大変だな
上位チャット:ナチュラルにエルフさん省いたの草
「行くぞー」
上位チャット:おー
上位チャット:行きませい
上位チャット:相変わらずゆるいエルフさん
レース開始直後に先頭に立ったのは俺だった。すぐに待ち受ける凸字に湾曲した最初の橋を勢いよく駆け上がり、少しアクセルを緩めて――離陸。
「っと」
空中で全力の方向転換。進行方向は変えられないが、車の向きだけはコーナー出口……いや、それよりもさらに内側へ向けて、着地。同時にフルアクセル。崖に片輪を掛けながらもなんとか落ちずにレースを続行できた。
上位チャット:あぶね
上位チャット:落ちるかと思った
上位チャット:解説は聞いてたけど、これは確かに鬼畜
上位チャット:初心者みんな、橋ジャンプ直後のコーナーで落ちない?
上位チャット:落ちる
上位チャット:落ちた
上位チャット:慣れてもしょっちゅう落ちる
上位チャット:コース覚えろw
上位チャット:で、エルフさんがこれだけロスしても……
「俺を抜く気はなさそうだな」
「ハッ! 黄緑女は多少先行された程度で焦るタマでもねぇだろ?」
コンピュータ車両の群れの最前列に、ヒゲ男は留まっていた。
二戦目と同じく、勝負どころまで後ろに控え続けるようだ。
「なら、遠慮なく試させてもらおう」
コーナー前の橋でジャーンプ。
上位チャット:ヒェッ
上位チャット:落ちる落ちる落ちる
上位チャット:セーフ!
上位チャット:危ないて!
「ほい」
コーナー前でジャーンプ。
上位チャット:あぶあぶあぶ!
上位チャット:セーフ! セェーフ!
上位チャット:エルフさん、ギリギリ攻めすぎ!
「えい」
コーナージャーンプ。
上位チャット:あああああ
上位チャット:片輪どころじゃないよ! 後ろの両輪落ちてたよ、今の!
上位チャット:エルフさん、スピード抑えよう!
「ははは」
上位チャット:「ははは」じゃねぇー!
上位チャット:エルフさんに、もてあそばれた……っ!
上位チャット:責任取って結婚してくださいお願いします
上位チャット:何回遊ぶんだよう!
橋ジャンプの具合を確かめた俺は、徐々にロスを減らしていく。
そして、ヒゲ男はそんな俺にちょうど〇・三秒遅れて走り続けた。
「オラオラァ! 俺様も行くぜ、最終ラップ!」
上位チャット:さあ、最終ラップだ
上位チャット:ここまでは大きな出来事は何もないが
上位チャット:半端なところで決着とはならないだろうな
上位チャット:勝負はやはりどこかのコーナーか
ヒゲ男の仕掛けどころがどこになるか。残念だが、それを見抜くには俺の経験が足りていない。おそらくは最終ラップのコーナー。これ以上のことはわからない。
――だから、ゴリ押しする。
「ほっ」
向かうのは橋ジャンプのない通常のコーナー。バックミラーでギリギリまでヒゲ男の動きを確認して、ブレーキ。急ハンドルで方向調整し、アクセルを踏んで突入する。
上位チャット:これはうまい
上位チャット:エルフさん、いいコーナリング決めたな
「はっ」
同じく通常のコーナー。バックミラー。目を離さない。離さない。離さない。よし、ハンドルを全力で切る。
上位チャット:これまたうまい
上位チャット:しかし、エルフさん、ハンドル切るのギリギリすぎじゃない?
上位チャット:あ、それは思った
上位チャット:さっきまではもっとスムーズに曲がってたのに、この周回だけ危なっかしい
「警戒してるからな」
「……くそっ! 黄緑女、やっぱりわざとやってやがったかっ!」
上位チャット:え?
上位チャット:炎太郎の追突を避けるために、ギリギリまで方向を決めないでいるってことか!
上位チャット:マジか
上位チャット:いやいやいや、普通、それでコーナー曲がれるか?
上位チャット:理屈はわかった。意味はわからなかった
上位チャット:またエルフしてる
上位チャット:エルフするって何w
上位チャット:通常コーナーはあといくつ?
上位チャット:二つ!
「ほい」
上位チャット:炎太郎、動かない! 動かない!
上位チャット:違う、動けないんだ!
上位チャット:逃げろ逃げろ、エルフさん!
上位チャット:いけー!
上位チャット:あとひとつ!
「とう」
上位チャット:回った! 回った!
上位チャット:通常コーナー終わり!
上位チャット:やったぁああああ!
警戒に警戒を続けて、ついにヒゲ男は仕掛けることができずに、橋ジャンプが絡まないコーナーが終わった。
あとに残るのは、橋ジャンプが絡む最後のコーナーただひとつ。これで終わりだ。
俺は四周で見極めた突入速度でジャンプした。
「――俺様は負けねぇ!」
上位チャット:炎太郎が加速した!?
上位チャット:使った! 加速三つ使った!
上位チャット:ジャンプコーナーでもできるのか!?
上位チャット:エルフさん、逃げて!
「無駄だ! 俺様は右に逃げても左に逃げても必ずぶち当てる!」
俺の橋ジャンプの着地点を睨み、突入するヒゲ男。
加速アイテム三つ分を乗せた速度が俺に迫る。
「それを待ってた」
上位チャット:え
上位チャット:どこ向いてんの?
上位チャット:待って
上位チャット:加速使った!
「――三つで来るなら四つで撃墜できるだろ?」
俺は空中で車体を真後ろに向け、加速アイテムを四つすべて叩き込んだ。
目標は、後ろからやってくる――ヒゲ男車だ!
上位チャット:正面衝突した!
「はぁああああああああああああああああ!?」
上位チャット:あ、ヒゲ落ちた
上位チャット:エルフさんはかろうじて落ちなかったか
上位チャット:また無茶苦茶な勝ち筋見つけたなぁ
「勝った」
上位チャット:その一言で済ませていいのだろうか?
上位チャット:エルフさんだし
上位チャット:またエルフしてる
上位チャット:ちょっと用法がわかってきた
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