24.超三枚目

「閃いたぞ! 筐体を買えば、練習回数で差を付けられるから、俺様もプロゲーマーになれるに違いない!」


 えらく浅いことを考えた青年がいた。

 いや、多少は理由がないこともない。青年は何よりもゲームが大好きだった。ついでに、格好良く生きたかったしモテたかったのだ。やっぱり浅かった。


「俺様の考案した画期的な方法があればプロゲーマーになれるだろうが、それまでの間の収入も考えねばならないな」


 とまあ、青年は浅いなりにちょっと考えた。


「よし、俺様はゲーム配信で稼ぐぞ! 配信者なんてゲームやって雑談してりゃいいんだから楽な仕事だな! 募集してるところに申し込むか! ガハハ!」


 かくして、《2.5D》所属Vチューバー、焔村炎太郎は生まれたのだった。


「よっしゃ! これで俺様、ゲーム三昧できるぞォ!」


 ちなみに、モテはしなかった。


        ◇◆◇


「だから、絶対に俺様は負けちゃならんのだ……!」


 特に誓う写真立てなんかないし、握り締めたペンダントの中に入ってるのは愛犬の写真だし、昨日もいたずらに手を焼かされたばかりであったが、雰囲気は出た。


上位チャット:あ、思い出した

上位チャット:何を?

上位チャット:聞き覚えあるなー誰だっけーってずっと考えてたんだけど、ヒゲって焔村炎太郎じゃね?

上位チャット:あー

上位チャット:言われてみれば、こんな声だったな

上位チャット:俺様キャラだし、合ってる


「らしいぞ」

「ナ、何のことか、ボクわかんないナー」


上位チャット:裏声w

上位チャット:バレたくないならバレないよう振る舞えw


「舎弟のピンチに颯爽と駆けつけたら、俺様のチャンネル登録数増えそうだろうが!」


上位チャット:この動機よw

上位チャット:そこからナンパに移行しなければ確かに


「俺様のチャンネルは九八パーセントが野郎なんだぞ! 潤いを求めて何が悪い!」


上位チャット:頭が

上位チャット:タイミングが

上位チャット:別の機会にしろとしか

上位チャット:※舎弟はまだ踊ってます


「ええい、二戦目だ二戦目! 黄緑女、行くぞ!」

「おう」


 大写しになったシグナルが二戦目の開幕を告げようとする中、炎太郎は息を深く吐くと、両手で己の頬を張った。


「ッシ!」


上位チャット:なんだ?

上位チャット:気合入れた

上位チャット:いやー、エルフさんは、そんなもんでどうにかなる相手じゃないだろ


「お?」


上位チャット:ヒゲ、出遅れ?

上位チャット:ヒゲ、遅れた

上位チャット:よっしゃ、エルフさん逃げきれー


 二戦目のコースは鉱山の坑道をイメージしたものだった。摩天楼が如くそびえ立つ山を連続した急カーブで下る難コースであり、ただの初心者であれば速度調節に苦労させられることは間違いなかった。

 しかし、このエルフはただの初心者などでは、もちろんない。


「よっ」


上位チャット:うまい

上位チャット:おー、下りきった

上位チャット:初めてでよくガードレールのお世話にならなかったな

上位チャット:ヒゲを抑えて、エルフさんが依然先頭。これは勝ったな!


 一周目を終えた時点で、先頭はエルフ。そこからおよそ〇・三秒遅れて炎太郎が坑道に再突入していった。


「うりゃ」


上位チャット:コーナリングがよくなってる

上位チャット:ラップタイムも一秒以上の大短縮だ


「コツがわかってきたから、次はもっと縮まるぞ」


上位チャット:うーん、頼もしい

上位チャット:これが他の人なら笑っておしまいなんだけど、エルフさんだから

上位チャット:有言実行されるんだろうな


 この宣言通りに、エルフはタイムを改善しながら周回を進んでいった。


「よし、最終ラップだ」


上位チャット:さて、ヒゲとのタイム差は

上位チャット:〇・三秒

上位チャット:エルフさんに食らいついてる

上位チャット:というよりは……

上位チャット:狙ってるね


 ここまで、炎太郎は、一周ごとにペースを上げるエルフから〇・三秒弱遅れた位置を維持し続けている。一周二周はともかく、四周を終えて五周目に入った今、それを偶然と捉えるものはいない。

 そう。炎太郎はエルフに自分の最適な走りを教えないために後ろに回っていたのだ。


上位チャット:いいねぇ、そういうガチなプレイは好きだよ

上位チャット:自己ベストだけ狙って走って負けても許されたところなのに

上位チャット:そうやって逃げなかったのは評価に値する


「らしいぞ」

「……本当に、黄緑女はよくプレイしながらチャット欄を読めるな」

「慣れたらできる」


上位チャット:最初からやってた気がするんですが

上位チャット:(エルフさん以外は)慣れたらできる

上位チャット:慣れてもできる気がしねぇ!


「自己ベストで満足する気はないのか?」

「当然だろうが。俺様は――ゲームするためにゲームしてるんだ!」


 コース終盤の下り坂のコーナー。エルフが車体の制御に入ったタイミングで、ついに炎太郎が動く。

 四つ溜まった加速アイテム。炎太郎は、初戦と同じく、三つを立て続けに使ってエルフに急接近する。

 だが、それは当然、警戒していた動き。エルフは迷うことなく、加速ボタンを押し込んで回避行動を取った。が、


「やられた」


上位チャット:え

上位チャット:嘘!?

上位チャット:エルフさんが吹っ飛ばされた!

上位チャット:いったい何があった!?

上位チャット:追尾だ! 三段加速のあと、逃げようとしたエルフさん目掛けて、ラストの加速で方向調整したんだ!

上位チャット:んな技が!?


「……なるほど。それはカーブを素早く曲がるための技じゃないってことか」

「俺様の必殺技がそんな安っぽい小技なわけないだろう。俺様はゲームをするために――ただひたすらゲームをやり続けるために、この道を選んだんだからな!」


 ひたすら浅くひたすらゲームが大好きなヒゲ男、焔村炎太郎は拳を突き上げて吠えたのだった。


上位チャット:おおおおお!

上位チャット:炎太郎! 炎太郎!

上位チャット:炎太郎! 炎太郎!

上位チャット:でも、キリシたんほどは応援したくならない

上位チャット:それな

上位チャット:草

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る