26.好きなゲーム
「っはー……ぁ」
ヒゲ男は長いため息を吐くと筐体のハンドルに突っ伏した。ゴン、と重い音がしたから、額を打ち付けたのだろう。
「なあ、黄緑女」
「なんだ、ヒゲ男?」
「……さっきから思ってたが、もうちょっと俺様のまともな呼び名はないのか?」
上位チャット:はい! 黄緑女ってのも大概だと思います!
上位チャット:それな
「……モジャ男?」
「結局、ヒゲじゃねーか」
「……クマ男?」
「ヒゲから離れてくれ」
上位チャット:ヒゲ生える
上位チャット:ヒゲ生え散らかす
ヒゲ男改め名称不明はようやくハンドルから体を起こす。
サングラスでわかりにくいが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「俺様はほむ……あー、配信中か。じゃあ、俺様のことはVライバーネームの焔村炎太郎で呼んでくれ」
「やだ」
「うぉいっ!?」
上位チャット:やだwww
上位チャット:炎太郎、本名も「ほむ」で始まるのな
「勘弁してくれよ……。黄緑女、どんだけヒゲに愛着持ってんだ?」
「別にヒゲに愛着はないぞ」
「ないのかよ」
「ただ、キリシたんが『Vは夢を与えるために中の人がいちゃいけない』っていってたからな。焔村炎太郎とは呼びたくない」
「む……そういうことならしかたねぇな」
上位チャット:エルフさん……
上位チャット:あなた、お面ライダーをキリシたん呼びしてた気がするんですが……
上位チャット:それな……
「おいィ!? 弓の嬢ちゃんはお面でも呼んだのかよ!」
「ん」
「基準がわかんねぇ……」
「簡単だぞ。夢を与えられるなら中の人がいていいんだ」
上位チャット:あー、そう捉えたか
上位チャット:あのとき、お面ライダーしてたキリシたんの株は間違いなく上がったもんな
上位チャット:うん。あのキリシたんは確かに夢を与えられる中の人だ
上位チャット:え、でも、それって
「……俺様じゃ夢を与えられねぇってか? 魅力がねぇってか? 俺様は目標のために突き進む男だぞ!」
「んー。好きなことすりゃいいのになって思う」
上位チャット:まあ、実際、嫌いじゃないけど凄く好きでもない
上位チャット:好き勝手生きてて自由だなーって思うんだけど、その割でもないっていうか
上位チャット:応援したくなりそうでならない感じ?
「なんでだ!? 俺様は好きなゲームをし続けるためにこの道を選んだんだぞ!?」
「だって、ヒゲ男は抜いて抜かれてを競いたくないんだろ?」
「……どうして、そう思った?」
「自分の頬を張り倒さないと後ろで控えられないやつなんて、そうはいないからな」
「ぐっ……!」
「他人と競うゲームより他人と遊ぶゲームが好きなら、そうすりゃいいのに」
上位チャット:え、そうなの?
上位チャット:知らない
上位チャット:でも、図星っぽい
上位チャット:まあ、エルフさんだし
「ヒゲ男の目標って何?」
上位チャット:プロゲーマー
上位チャット:プロゲーマーになることのはず
「対戦しないゲームのプロは?」
上位チャット:……ある?
上位チャット:多分、ない
上位チャット:対人要素のないゲームのプロは聞いたことない
「向いてないだろ」
上位チャット:バッサリ!
上位チャット:このエルフw
上位チャット:エルフさんwww
「だったら、俺様はどうすれば……」
「そんなの決まってるだろ」
うなだれたヒゲ男が顔を上げる。
「ゲームしようぜ!」
◇◆◇
「よし行け! ヒゲ男!」
「黄緑女、さっきからゾンビ犬全部、俺様に任せてないか!?」
「マシンガンもらうぞ」
「あっ! おま! ――って、おわぁ!?」
「むぅ。ヒゲ男が死ぬと下が面倒」
上位チャット:そう言いつつ、復活ポイント維持するエルフさん
上位チャット:今、胸に芽生えた感情……これがツンデレ?
上位チャット:何を芽生えさせてんの
◇◆◇
「ヒゲ男、今度こそ合わせるんだぞ?」
「わ、わかってる。『いっせーの、せ!』だな?」
「よし行くぞ。いっせーの、せ!」
「あっ」
「むー」
「す、すまん!」
上位チャット:谷底にトロッコが積み上げられていく
上位チャット:そして、谷底に溜まったエルフさんだったものから新たな生命が生まれるのだ……
上位チャット:何を芽生えさせてんの
◇◆◇
「ウェーイ!? なんで、兄貴が白人さんと店内デートしてるんすか!」
「お、お前、ダンスはいいのか? い、いや、俺様はだな。なんというか」
「してないぞ」
「ウェイ。……え、してないの?」
「これ、違うのか……?」
「よし、ジャラジャラ青年、代われ。俺は応援に回るぞ」
「ウェイッ!?」
「え、なんで、俺様は舎弟とホラーゲーするんだ……?」
上位チャット:俺らはいったい何を見せられているのか
上位チャット:恋の芽生え
上位チャット:矢印の方向が気になりますねぇ
◇◆◇
「そろそろか」
窓から差し込む西日に、俺は目を細める。高い入道雲が照らされる、赤い空がなんとなく感動的だった。
「お前ら、元気か?」
ゲームセンター内の長イスに全体重を預ける男二人。だいぶ、燃え尽きた様子。
「楽し、かった、が……お、俺様にも、体力の限界は、ある……」
「ウェイ……」
上位チャット:店内体感ゲーム制覇おめでとう
上位チャット:男二人を潰すエルフさん
上位チャット:言い方w
「ん。元気そうだな」
「どこがだ!?」
上位チャット:節穴ァ!
上位チャット:エルフアイ。よく見える節穴
上位チャット:覗き穴かな?
「第一の感想が『楽しかった』だろ?」
「む……」
「俺とのレースじゃ一度も聞けなかった感想だぞ」
上位チャット:よく覚えてるな
上位チャット:まあ、今の炎太郎ならちょっとくらい応援してやってもいい
上位チャット:……これがツンデレ?
上位チャット:違う
「黄緑女……あー、エルフさん?」
「おう」
ヒゲ男は長イスから体を起こし、サングラスを外して俺を見た。
「また、俺様と遊んでくれるか?」
悪くない顔をしていたから、俺はきびすを返した。
「ああ。またな、焔村炎太郎」
上位チャット:エルフさんがハードボイルド
上位チャット:いやー、いい話だ
上位チャット:感動した!
上位チャット:ん?
上位チャット:どしたの、エルフさん?
上位チャット:何しに来たの?
「じゃ、お前らもまたな」
――この配信は終了しました――
上位チャット:あ
上位チャット:もしかして、さっきの「そろそろか」って予告だったのか!?
上位チャット:わかるか、んなもぉん!
上位チャット:おい待てエェルフゥウウウ!
上位チャット:だから、切り方どうにかしろぉ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます