8.生きている前世

「メグはメグメグ星に帰ることになりました。短い間でしたが、視聴者の……メグファンの皆さんと一緒にいられたことを幸せに思います」


 二年前、メグメグ星人というVライバーがひっそりと活動の幕を閉じた。

 活動期間はわずかに三ヵ月。登録者数が伸びず、収益化の見通しが立たなかったことが理由だった。


「ありがとう、皆さん。本当に……本当に……ぐすっ」


 それでも引退の挨拶ができたのは、彼女も所属企業もファンを大事にしていたからであった。

 そして、その気持ちはこのときに見ていたファンにも伝わった。

 だから、これは善意の気持ちでされたチャットだった。


上位チャット:次はもっと個性的なキャラで頑張って!

上位チャット:目立つキャラにしてね

上位チャット:誰にも負けないキャラで行こう


「こんなあたしじゃダメなんだ……。もっと個性的で、目立って、誰にも負けないキャラにならなきゃ……!」


 彼女は涙ながらに再起を決意した。

 後に、《ガンフィールド》にて弓縛りプレイで人気を博すキリシたんは、こうして生まれたのだった。


        ◇◆◇


「だから、弓では絶対に負けらんないのよ……絶対に!」


 机の前の写真立てに飾られた、たった一枚描かれたメグメグ星人のファンアートに誓う。


「……エルフ、あんたの配信を見ながら戦っても構わないかしら?」

『相手の配信は見ていいルールだって聞いたぞ』

「なら、遠慮なく。エルフ! 準備できたわよ!」

『おう! 二試合目、行くぞ!』


 個性的で、目立って、誰にも負けないVライバー。『最強の弓使い』にそれを見出みいだしたキリシたんは彼我の力量差を理解できた上で勝負を挑む。


「子羊たち! 悪いけど、あたしは勝ちに行くからあんたらの支援はできないわ!」


上位チャット:え、勝ちに行くの?

上位チャット:いや、無理でしょ

上位チャット:さすがに、チーターは相手が悪いよ

上位チャット:エルフさんはチーターじゃないぞ

上位チャット:そうそう、バグってるだけだ

上位チャット:バグ扱いは草


 負けを当然のことと予想するチャット欄を、歯を食いしばって無視し、素早く降下したキリシたんは遮蔽物を伝って島内で一番大きな倉庫に侵入する。


上位チャット:倉庫に入ったな

上位チャット:待ち伏せに向いてなかった気がするんだけど

上位チャット:お、エルフさんが接敵した


『てい』


 気の抜ける掛け声と共に、キリシたんチームのひとりがあっさりと討ち取られる。撃ち合いにすらならなかった。


上位チャット:お見事

上位チャット:うわ、あれで当たるのか

上位チャット:高台さえ守れれば弓の射程なんて大したことないはずなのに!

上位チャット:守れないんだから、どうしようもないです

上位チャット:エルフさんなんてジグザグに走ろうと遮蔽物に隠れようと確実に当てられるだけなのに、なぜ負けるんだ!

上位チャット:理由は明白なんだよなぁ


 その後、キリシたんチームの残るひとりは射線を切ったまま五分近く粘ったが、エルフチームの二人に追い立てられ、


『うりゃ』


 最後は、建物の陰から建物の陰へ移る、ほんの数秒を捉えられて沈んだ。


上位チャット:あの隙間が走り抜けられないかぁ

上位チャット:エルフさんの狙撃が未来予知じみてる

上位チャット:あとはキリシたんだけか、厳しいな

上位チャット:そのキリシたんは何してるんだ?

上位チャット:そういや、見てなかったな 

上位チャット:ここどこ?

上位チャット:倉庫の地下だよ

上位チャット:ずっと弓構えて待ってたのか

上位チャット:いや、さっきまでは変な動きしてた

上位チャット:変な動き?


 キリシたんのプレイキャラクターは、薄暗い倉庫の地下で、天井の隅に照準を合わせたまま静止していた。

 キリシたんは目を伏せ、深呼吸を二度、三度。深く、深く、肺の中身をすべて吐き出すように深く息をする。

 時間いっぱい。待ったなし。覚悟完了。

 プレイヤーに連動して、アバターのキリシたんも目を開く。


「来なさい、エルフ。これがあたしの隠し玉よ」

『いいな、そういうのワクワクするぞ!』


 エルフチームの二人を待たず、エルフは単独でキリシたんがいる倉庫へと向かう。

 緩んでいたといえば、緩んでいたのだろう。だが、緩んでなかったとしても、これを避けることは叶わなかったに違いない。


『突撃突撃ー!』


上位チャット:……ん?

上位チャット:まだエルフさんは倉庫に入ってないのに、キリシたんがもう弓を引いてるな

上位チャット:息止めも開始してる

上位チャット:なんで、このタイミングで?


 息止めゲージを限界まで使って、タイミングを合わせる。揺れる。揺れる。揺れて合わない照準を、キリシたんは積み上げた経験と集中力で強引にねじ伏せる。

 この一射にすべてを乗せて――


「シッ!」


上位チャット:あ

上位チャット:え

上位チャット:撃った

上位チャット:なん、え?


 エルフが倉庫の敷地に足を踏み入れたその瞬間に、地下のキリシたんの矢は放たれた。

 当たるわけがない軌道。矢は地下室の隅に飛んでいき――


上位チャット:すり抜けた!?


 ――壁と天井のテクスチャの間をすり抜けた。

 すり抜けた矢は、さらに飛んで、倉庫と倉庫の外の地面とのテクスチャの間をもう一度すり抜け、


『死んだ』


 プレイヤーネーム『ブラン・リーレッフィ』が死亡しました。


上位チャット:おおおおおおおおおおおおおおおおおおお

上位チャット:ええええええええええええええええ

上位チャット:嘘!?

上位チャット:ちょっと待て何やった!?

上位チャット:このゲーム、角抜きはできても壁抜きはできないはずだろ!

上位チャット:二枚抜きだ! 抜けた先の角も抜いて、二枚抜きをやったんだ!

上位チャット:そんなバカな!?


「どうだ! 最強の弓使いはあたし、キリシたんよ!」


上位チャット:かっけぇ!

上位チャット:うぉおおおおおおおお! キリシたん!

上位チャット:キリシたん! キリシたん!

上位チャット:キリシたん! キリシたん!

上位チャット:キリシたん! キリシたん!


 かつて、涙の中消えた少女は、大勢のファンに囲まれて堂々と胸を張って戦っていた。

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