3.FPSでの実験

「おー、兵士動いてる兵士動いてる。元気に這い回ってる」


 パソコンのモニタ上では、迷彩服に鉄砲を担いだ3Dグラフィックの男が進行度を示すバーに合わせて匍匐ほふく前進を始めていた。


上位チャット:元気に這い回るは草

上位チャット:ゾンビかな?

上位チャット:ロード画面のモブの動きで喜ぶ子、初めて見たわ

上位チャット:ゲームあまりやらないの?


「友人の家で三回やっただけ」


上位チャット:今時珍しい

上位チャット:小学生でもスマホゲーくらい触るのに

上位チャット:教育方針?


「そう。『時間の無駄。目が悪くなる』ってゲーム禁止。目が悪くなってもいいから、友達の会話に加わりたかった」


上位チャット:切ない

上位チャット:教育ママかな?


「だから、この夏は瓶底メガネが必要になるまでゲームで遊ぶぞ」


上位チャット:極端から極端に走るなw

上位チャット:段々わかってきたけど、このエルフ、オンとオフしかない

上位チャット:ロード終わりそう


「お、待ってた」


 スタート画面をクリックすると名前の入力画面に切り替わる。


「『エルフ』でいいか」


 ブブー。使用されています。む。

『エルフ202X』使用されています。

『202Xエルフ』使用されています。


「名前くれ」


上位チャット:あっさり思考放棄するなw

上位チャット:もうちょっと脳みそ使っていけ

上位チャット:実は、エルフさんに使われている俺らこそがエルフさんの脳みそな可能性が……!

上位チャット:脳みそよりダボダボシャツになりたい

上位チャット:それな

上位チャット:体の持ち主の名前なんてどう?


「ブラン姫の名前か」


『ブラン・リーレッフィ』使用されていません。行ける。決定。

 次はアバターの調整。デフォルトのままでいい。

 で、部屋選択。たくさんある。


「どれ選べばいい?」


上位チャット:どこかに入るより専用部屋を立てた方がいい

上位チャット:三対三部屋立ったら入りたい

上位チャット:五人くらいなら視聴者だけでも埋まるだろ

上位チャット:視聴者五〇人超えたし、余裕余裕


 部屋を立てると、初期装備を二つ選択するよう求められた。


「オススメは?」


上位チャット:アサルトライフルとスナイパーライフルの組み合わせでいいと思う

上位チャット:でも、初期装備はどれも露骨に弱いんだよなぁ

上位チャット:防具もないから守りも貧弱だし

上位チャット:ステージで何か拾ったらそれに換えていくといいよ


「よし、ゲームスタート」


 戦闘開始を選ぶとすぐに画面が切り替わる。よく晴れた青空の下、廃墟群を望む丘が俺チームの開始地点だった。


「おおー、凄い廃墟してる。あちこち弾痕空いて壁崩れて瓦礫でデコボコしてる。キー押したらジャンプして走る」


上位チャット:はしゃぐの可愛い

上位チャット:微笑ましい

上位チャット:喜び方がちょっと男子


「俺は男だぞ?」


上位チャット:男とは

上位チャット:で、どう戦うつもり?


「落ちてる武器の方が強いんだろ?」


上位チャット:はい

上位チャット:そうです

上位チャット:初期装備は弱い


「防具も拾った方がいいんだろ?」


上位チャット:そうそう

上位チャット:最弱防具でも二割は体力増えるし

上位チャット:それを理解しているなら、やるべきことは当然?


「突撃だぁー!」


上位チャット:な   ん   で

上位チャット:違う

上位チャット:違うやろ

上位チャット:違います

上位チャット:装備探して

上位チャット:どうしてそうなった


「突撃突撃ー!」


 俺は敵を求めて猛然と走る。丘を下り、廃墟街の瓦礫がれきを踏みつけ、崩れた壁の合間を突っ切る。廃墟の中央にある広場に出れば、敵チームの開始地点はもう目の前に――


「――敵っ!」


上位チャット:あ

上位チャット:あっ

上位チャット:あちゃー

上位チャット:うーわ、待ち伏せからのヘッドショットか

上位チャット:初心者エルフ相手に容赦ようしゃない

上位チャット:いいところなかったな

上位チャット:いや、反撃できただけ大したものだよ

上位チャット:弾は頭上を飛んでったけどねw


 広場の物陰から飛び出してきた敵に一撃を浴びせられると、死亡通知が出て、それきり立ち上がれなくなった。


「動けない」


上位チャット:死にましたから


「バグ?」


上位チャット:ヘッドショットは体力全損する仕様です

上位チャット:バグ呼ばわりは草


「場外に落ちてもいないのに一発で死ぬの?」


上位チャット:格闘ゲームじゃないんだからw

上位チャット:本当にゲーム全然やってこなかったんだな


「それじゃ、うかつに突撃できないぞ?」


上位チャット:うかつであることは理解してたのかw

上位チャット:実際、このゲームはどう立ち回るべきなんだ?

上位チャット:さっきも言ってたけど、初期装備が貧弱だから武器拾いが最優先

上位チャット:ある程度集めたら、仲間が拾った装備を確認して戦略を組み立てるのが基本

上位チャット:つまり、急戦は悪手ってわけ


「なら、待ち伏せてたやつも初心者か」


上位チャット:いいえ、配信を見て進行ルートに待ち伏せましたwww

上位チャット:お前w

上位チャット:こらこらこら


「そうか。配信中だから見られてるよな」


上位チャット:え

上位チャット:いや、それは

上位チャット:待て面白そうだ、何も言うな

上位チャット:ウン、ソウダネー


 マップを見ているうちに味方はあっさり全滅。試合は終了した。


「よし、もう一戦やろう」


上位チャット:いいですとも!

上位チャット:あまりエルフさんをいじめてやるなよー


 参加者もステージもそのままで、第二戦が始まる。


「行くぞ」


上位チャット:また広場に突撃?

上位チャット:いや、違う道に入った

上位チャット:ここも広場に通じる道だな

上位チャット:相手の裏を取る気か

上位チャット:頭使ってる

上位チャット:でも、裏狙いがバレてるなら、結局迎え撃たれるのでは?

上位チャット:だよな


 広場に繋がる最後の直線。そのうちの一本に俺は入る。

 廃墟と廃墟の間。同じように崩れた壁に左右を囲われている道たちの中で、この道だけが条件を満たしていた。


「とう」


上位チャット:ん?

上位チャット:跳んだ

上位チャット:え

上位チャット:は?

上位チャット:ちょっと待て、壁って飛び越えられるの!?


 この道にあるのは、わずか一センチほどしか余裕はないが、瓦礫を足場にすればギリギリ飛び越えられる高さの壁。そして、その先に待つのは――配信を見て待ち伏せていた敵のガラ空きの背中。


「俺の勝ちだ」


上位チャット:おおおおお

上位チャット:すげぇ、きれいに逆手に取った!

上位チャット:これは決まった!


 俺の渾身の一連射が敵の頭――から五センチ上を通過していった。


「ありゃ?」


上位チャット:可愛い


 パァン。死んだ。


「なんで?」


上位チャット:お茶吹いた

上位チャット:完全に勝ちが決まってたのにw

上位チャット:笑いすぎておなか痛い

上位チャット:「俺の勝ちだ」

上位チャット:草

上位チャット:でも、飛び越えられる壁なんてあったんだね

上位チャット:銃弾ですら角抜けはできても壁抜けはできないゲームだから驚いた

上位チャット:割と大発見なのに、オチに全部持っていかれてしまったw


「銃身曲がってない?」


上位チャット:曲がってないです

上位チャット:初期武器は装弾数も威力もイマイチだけど精度はめちゃいいんです

上位チャット:もっと自分の腕を疑って


「んー……当たると思ったんだが……」


 たかが九メートル二〇センチ先の目標を外すとは。


上位チャット:まあ、初心者なんだし

上位チャット:切り替えていこう

上位チャット:そうそう、次やろうよ


「ん」


 試合はそのまま押し切られて味方チームの全滅に終わった。

 続けての第三戦。


上位チャット:お

上位チャット:突撃しない


「ちょっと試す」


上位チャット:試す?

上位チャット:もしかして、今やってる威嚇いかくのこと?

上位チャット:威嚇いかく

上位チャット:試射と言ってあげてw


「当たらない」


上位チャット:今はどこ狙って撃ってるの?


「正面一〇七メートル先にある民家のドアノブ」


上位チャット:一〇七メートル先……七?

上位チャット:どこから出てきたの、その端数

上位チャット:弾が屋根の上飛んでってるんですが

上位チャット:これは重症ですねぇ

上位チャット:もうちょっと近づいてみ


「ん」


 八〇メートル。屋根の上を通過。

 六〇メートル。二階に着弾。

 四〇メートル。一階玄関のひさしに着弾。

 二〇メートル。ドアの上端に着弾。

 一〇メートル。ドアノブの上三〇センチに着弾。


「当たらん」


上位チャット:何これ……え、マジで何これ……?

上位チャット:気持ち悪いくらい左右はピッタリ

上位チャット:なのに、一発残らず上に飛ぶ

上位チャット:……あのさ、もしかしてなんだけどさ

上位チャット:どうした?

上位チャット:エルフさん、『落下』を計算に入れてない?


「矢は落下するものだろ?」


上位チャット:矢じゃなくて銃弾です

上位チャット:弾速が違うから矢と違ってあまり落下しない


「……おお、言われてみれば」


上位チャット:いやいやいや

上位チャット:計算したんだけど、張力一四キログラムの女子の矢がだいたい秒速四〇メートル

上位チャット:すると、距離六〇メートルで一一メートル落下、四〇メートルで四・九メートル落下、二〇メートルで一・二メートル落下、一〇メートルで三〇センチ落下になる

上位チャット:ズレと合致してるじゃねーかw

上位チャット:ちょっと落下距離計算するから、それに合わせて撃ってみて


「それじゃ、あの一二四メートル先にあるバーの看板を狙ってみる」


上位チャット:また細かい数値が……その弾の弾速はおよそ秒速三七〇メートルだよ

上位チャット:着弾まで約〇・三秒だから落下距離四四センチ


「えい」


上位チャット:おいおいおい

上位チャット:うわ……

上位チャット:きれいに看板のど真ん中

上位チャット:やべぇ!

上位チャット:今、スコープ覗いた? 覗いてないよな?

上位チャット:え、レティクルなしで距離測ったってこと……?

上位チャット:まさかと思うんだが、建物までの距離が一メートル刻みでわかるとか言わないよね?


「一〇センチ刻みでわかるぞ。……あれ? なんでわかるんだ?」


上位チャット:おまw

上位チャット:人間離れしたこと言ってる


「エルフ補正凄い」


上位チャット:凄いで済ませていいの、それぇ!

上位チャット:お前のメンタル、オリハルコンかよォ!

上位チャット:これもエルフらしさだったのか……

上位チャット:いや、オリハルコンは古代ギリシアにおいて語られた、大西洋に沈んだ島アトランティスの伝説に登場する金属。なので、エルフとは関係がない。

上位チャット:エルフに自信ニキ

上位チャット:じゃあ、オリハルコン精錬に自信ドワーフはいなかった……?

上位チャット:いない。エルフがいないのにドワーフがいるわけない。エルフがいないのに。

上位チャット:エルフに自信ニキw


「これなら勝てる」


上位チャット:フラグ

上位チャット:フラグだな

上位チャット:これはフラグ

上位チャット:視聴者の心がひとつになった

上位チャット:そもそも皆がエルフと呼んでいる存在はライトエルフであり、つまりは光の妖精。対して、ダークエルフやドワーフやトロールといった存在は闇の妖精。光あるところにしか闇はない。エルフなくしてドワーフはない。

上位チャット:ひとつではなかった

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