第3話:者乃木勇と配信者パーティー




 ダンジョンクロウル開始から二時間が経過した。

 者乃木は攻略ペースを緩めず、もう一階層を踏破した。

 第十三階層は屍の埋葬地帯となっており、【スケルトン】や【アンデッド】が闊歩かっぽしている。不気味だ。しかし、そんなものは勇者時代に何度も踏破したと、者乃木はずんずん進んでいく。


 スケルトンの大腿骨を【創世の剣】で薙ぐ。

 骨が粉みじんに砕け散り、魔物全般に対する特攻ダメージで瞬時に蒸発した。

 かしゃかしゃかしゃっと音を立てながらスケルトンの群れがやってきた。剣や盾を持っている【スケルトンナイト】で、五体。一般冒険者にはかなり手強い。


「【エクスプローシブ・ホーリーランス】」


 創世の剣をその一団に向ける。

 剣先から低級の魔法を放った。着弾と同時に周囲にアンデッド特攻ダメージが爆発する聖なる槍だ。

 形成された槍がスケルトンナイトに向かって飛翔し、先頭の一体に着弾、爆発。

 一撃でグループが光の粒子として溶けていった。


 いや、全然手応えがない。簡単すぎる。

 者乃木は少しばかりげんなりしていた。それはいわゆるRPG最初の街で高レベルのキャラクターを育成しているような、そんな手応えのなさ。

 経験値も少なければ、ドロップアイテムも渋い。何より作業的で面白くない。


 それから数十体のスケルトンとアンデッドを処理して、思う。

 強いモンスターと渡り合いたいものだ……。


 そう、者乃木が思案していた時だった。


 ――クソっ、数が多すぎる!

 ――もう魔力が底をつきそう!

 ――カバー出来るか!?

 ――無理ッ!


 冒険者数名と思わしき叫びが聞こえてきた。

 者乃木は考えるよりも早く、足を動かしていた。







 ダンジョンに形成された大部屋まで走ってくると、やはり冒険者の一団がそこで大勢の不死者との戦闘を繰り広げていた。前衛職の男三人、そしてヒーラーと思わしき女が一人。

 モンスターハウスだ。

 大部屋に進入した途端に大量のモンスターがポップアップする、難易度のかなり高いトラップの一つ。レベル差がなければ正面攻略は難しい上、瞬時に通路へ撤退して少人数戦を仕掛け直す頭がなければ……最悪、死ぬ。


 ダンジョンで冒険者が死ぬと、アイテムや加護、蘇生魔法などで死を回避するような例外を除いて、現実と同じように死ぬ。

 だから冒険者は皆、パーティーを結成してお互いをカバーし合おうとする。生存率を上げるために。それでも敵わない時だってある。身の丈に合わない場所でのクロウルは身を滅ぼす――それが彼らパーティーの今だった。


 者乃木勇は元勇者である。だから基本的には善性の心の持ち主だ。

 もちろん元勇者の時のダークな経験、そして現代社会に揉まれた経験からその善性は随分くすんだものになってしまったが、ここで助けない理由は存在しないと、戦闘に介入することにした。


「失礼するよ――【ヒーリングミスト】」


 まずはパーティーが死なないように……。

 体力回復を促す霧を発生させる低級魔法を冒険者パーティーに投射する。


「何これッ、体力が一気に回復してる!!」


 このまま俺が倒してもいいが、面白くは無いしな。倒してもらって、経験値にしてもらおう。

 続いて、大量のアンデッド達に対して、足止め。


「不死者達を捕らえろ、【バインドアンカー】」


 創世の剣先を地面に突き刺し、魔法を地面に流し込む。

 それは蛇がうねるように地面を這って、モンスター達の足元に絡みつくと、強固に拘束した。その数五十体以上。

 こりゃあ……俺が来なけりゃ皆死んでたな。

 そう思いながら、者乃木は命拾いしたパーティーが死に損ない達の殲滅を終えるまでぼんやりと眺めていた。







「ありがとうございました……!」


 最後の一体を男の一人が叩ききって、全員が大きく息を吐くと、そうして女の一人が礼を言ってきた。二十代前半位の若い人だ。可愛い系のそこそこ美人。風俗なら高級店を狙えそうな位。ヒエラルキー的に見てもリーダー格で間違いなかった。

 続いて男達も頭を下げたが、独身貴族たる者乃木は男のケツなど興味はないので、手をひらひらと振るだけに済ませた。


(しっかし、逆ハーかよ……? オタサーの姫か何かか?)


 者乃木はそんな事を思う。

 今では大学のサークル活動でダンジョンクロウルをする者達もいるようだ。女一人に男三人ならばオタサーの姫として持ち上げられてもおかしくはない。実際に女の装備は周りの男よりも一段とレベルが高めだった。


「あの、私達Youtubeで配信をやっていまして……カメラ回ってますが大丈夫ですか?」


 あ、なるほど。配信者パーティー。道理で納得。


「大丈夫です。ええと、者乃木もののきです」

「私はメアと言います。『TokyoKawaiiギルド』で活動しています、冒険者ライバーです。こちらは撮影スタッフの皆さんです」


 ぺこりと頭を下げたメアさん。

 とーきょーかわいいギルド。

 どっかで聞いた事ある気がする。ないかもしれない。そこら辺に疎いだけだが。

 者乃木はさして気にもしないことにした。


「それでお礼なのですが……」

「ああ、いいよいいよ、別に。偶然通りがかっただけだし」

「四人の命を助けて貰ってそれは……」


 そりゃあ全国全世界に視聴者がいる手前、命拾いのお礼無しは見栄えが悪い。

 ……動画映えかぁ。ちょっと協力してあげようかな。


「なら身体でお礼をしてもらおうか」


 当然、メアさんとスタッフの間に激震が走った。


「ちょ、ちょっと者乃木さん!?」

「対価としてはそれ位が十分かもね」


 さあメア、配信者としての地力を発揮する時だ。


「…………え、えと。それは」

「意味は分かるね」

「……は、は……は、ぃ……」

「流石に冗談が過ぎますよ!? 彼女はまだライバー初心者で」


 スタッフが制止に入るも、者乃木は無詠唱で【バインドアンカー】を四名に射出した。

 足をがっちり固定する。


「なっ」

「一つ勘違いしている。スタッフさん。俺は四人よりもはるかに強い。俺の機嫌を損ねたら君達の命をここで終わりにすることもできる。事実、ダンジョンの中では世界中の法律が適応されない。日本の法律もだ。ここで冒険者の尊厳を奪おうが、殺そうが、現実世界に戻った時、罪に問われることはない。誰もが理解している、ダンジョンクロウルの掟だ。さあ――選べ、メア。命を絶たれるか。身体を差し出すか。ああ、冒険者ライバーを引退させるのもアリだな」

「……わ、わ、私は……」

「一般人が生半可な覚悟でダンジョンに潜ったらどうなるか、この際視聴者さんも知っておくべきだ」


 者乃木はスタッフの一人のカメラを覗き込んでみる。

 …………。

 今頃配信は大騒ぎしてるだろうなぁ。メアさんも恐がって何にもアクション起こせないみたいだ。こんなとこか。者乃木は終わりにすることにした。


「なんてね、冗談」


 バインドアンカーを解除した。四人が体勢を崩す。そんな中を、者乃木は手のひらをぞんざいに振りながら、背中を向けて歩き出した。


「えっ……あっ、えっ?」

「ダンジョンにはこういう悪い大人もいることを覚えておけよ~。あと、絶対に無理はしないこと。気持ち浅いところを探索して、実力を付けるんだな~」


 そして彼女達から遠ざかった。




 者乃木は元勇者である。

 死線を何度もくぐり抜けた一方で、くぐり抜けられなかった仲間のことを知っている。凄惨な最期を遂げた者など、両手では数えられないほどは見てきた。

 だからこれは、動画映えに協力しただけでなく、これからライバーとして潜り続ける彼女達への、彼なりのせめてもの優しさでもあった。




 それが大きな話題になることなど、つゆも知らなかったのだが。




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もし落ちこぼれスマホメーカーが現代ダンジョン用カメラの開発に挑んだら ツクモ@ニシタニ&ツクモクリエイティブズ @-N-

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