第2話:者乃木勇と現代ダンジョン




 者乃木勇は元勇者である。元勇者であるから、その能力も並の人間とは桁外れに凄いものである。スポーツでは簡単に一般人のワールドレコードを更新してしまうし、魔法もスキルも当たり前のように使える。

 そして現代ダンジョンによる人間のレベルアップが実現してからは、それを隠さずにいられるようになった。人前で魔法を駆使しても冒険者の一言で片付いてしまう。

 良い世の中になったものだ。


 帰り道。上野で一人飲もうと思いつつGoProも試したいと、頭にアクセサリー、そしてカメラを装着し、秋葉原から上野まで数キロを車と変わらないスピードで走った。もちろん車道の左端だ。こうも走れる人は東京でもそうそう見かけないので、ダンジョンが認知された今でも道行く人やドライバーはぎょっとする。


 さて。上野に到着した。

 上野というのは以前より飲み屋の街でもあったが、上野公園に『東京ダンジョン』が出現したことにより冒険者の街としても発展を遂げていた。そこら中に関東中から集まった冒険者を見かける。

 そんな中にあって者乃木は一人、スーツ姿でチェーン系列の居酒屋に入ってカウンターに着席、取りあえず生と焼き鳥の盛り合わせを頼んだ。そしてGoProで取れた映像を確認しはじめた。


「……すげえなGoPro」


 各社ウェアラブルカメラは手ぶれ補正機能を内蔵したカメラを出している。そしてGoProはその第一人者であり、あらゆるスポーツ状況下にあっても高画質でブレない映像を撮ることが出来る。更には暗所でもしっかり見やすく補正してくれる。

 だからダンジョンクロウルで配信するとなっても、真価を発揮するのは言うまでも無い。

 者乃木の秋葉原から上野までのランは、街灯下とはいえ暗く、(意図的に)上下に頭を揺らした走りをしていたので、ある程度ブレることを想像していたのだが……思った以上によく撮れている。大きくブレず、暗所も確認しやすい。何より高画質。


 スマホの登場によって一眼の時代は終わったと昔から言われてきたが、それに通ずるものを感じた。小型で高性能……。帝國スマートデバイセスの一世代前のカメラではこういうものにさえ太刀打ち出来ない。


 運ばれてきた生ビールをぐびり。

 プレモルか。者乃木はスーパードライ派なのだが、プレモルのリッチな味も最近分かるようになってきた。ちょっとぬるいが、まあいいだろう。


「今日の戦果は上々だったな、乾杯!」

「ああ、乾杯。深めに潜って正解だっだぜ」

「配信冒険者に開発され尽くされて低階層は美味しい所も稼げないしな」

「…………」


 喧騒に紛れて冒険者パーティーの乾杯が届いてきた。

 者乃木は思った。久しぶりにダンジョンへ潜ってみるか。







 東京ダンジョン。

 上野公園にぽっかりと出来た大穴から進入出来るダンジョンで、中はモンスターやトラップ、宝物、アイテムなどが自然発生する広大な洞窟が広がっている。低階層は解明、開発されはじめているが、地下深くに潜っていくにつれて攻略難易度も広さも肥大化していくため、全容はまるで分かっていない。


 東京ダンジョン前についた者乃木は【インベントリ】から勇者時代に使っていた装備一式を取り出して身につけた。【救世主の兜】にGoProを装着する。

 周りがざわついているのに気がつく。【救世主の兜】はそれだけでも世界中の富豪が喉から手が出るほどの性能を発揮する国宝級装備だが、者乃木のそれは更にエンチャントがこれでもかと積まれた最上級クラスのものだ。雰囲気だけでもただの兜じゃないと分かる。


 ……パニックになる前にさっさと潜ろう。


 ダンジョンの入り口は霧がかっており、中を覗き見ることは出来ない。そこから進入することで、冒険者は一回攻略した階層分までの間をノンストップで降りることが出来るようになっている。ダンジョンから上がる時もしかり。

 いわゆる双方向性魔法の門である。


 者乃木は十階層まで到達しているので、そこからのアタックとなる。

 現時点でここは中階層に当たり、攻略難易度も高いために、パーティーを組む冒険者は多いが、総数は低階層よりも少ない。

 十階層かあ。者乃木は思った。半年くらい前に潜った時には、片手でモンスターハウスをなぎ倒せる位には手応えはなかった。オーガやワイバーンといった比較的巨大なモンスターはまだ出てこないし、もっと深く階層を攻略しても良いだろうな。


 十階層に到達した。薄暗いダンジョンを通る冷えた空気が頬をなでる。

 兜に付けたGoProのシャッターボタンを押す。ぴぴぴっと録画開始の音が鳴った。


「さあて……」


 者乃木は【創世そうせいの剣】を一振りする。

 ダンジョンクロウル開始だ。







 ダンジョン攻略から一時間ほど経過した。

 準備運動とばかりに、飛び出してくるモンスターを一振りでなぎ倒しつつ、一階層を突破した。冒険者、冒険者パーティーには出会わなかった。トラップを避け、宝箱を開け「こんなものか……」と落胆する時間を過ごした。いや、宝箱から出てきたものに関しては地上に持って帰れば数万円から数十万円で取引されるような高価値のものばかりなのだが、者乃木のインベントリの中と比べてしまうと2-3桁はざらに違うので仕方のないことだった。


 そんな中、GoProが数回の電子音を発した。録画を確認しようと兜からカメラを外して、システムを立ち上げるが『充電してください』とインフォメーションが表示されてアクセス出来なかった。


 ……バッテリー持ちはあまり良くないんだな。


 実際にはこぶし大よりも小型の筐体に、高画質・高フレームで録画出来るシステムを積んで、なおかつ一時間を超えるバッテリー持ちを実現しているプロダクションなのだが、数時間連続撮影となるとどうしても不満が出てしまう。

 さて、者乃木は充電用のモバイルバッテリーもUSBコネクターも持ち合わせがなかったので、インベントリにカメラを突っ込んで、ダンジョンクロウルを再開した。


 GoProの真価を見定めるのは、帰って充電した後だ。

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