第6話 二人の距離 変わっていく関係性
その後、二人でお風呂に入って夕飯をとることになった。
(うわ…美味し過ぎる)
由衣のリクエスト通りハンバーグとオムライスが部屋に持ち込まれたのだが、どこかの高級レストランのように美味であった。
実際由衣はそんな高級レストランで食べたことはないのだが。
テーブルに向かい合った香澄も由衣と同じものを食べていた。
由衣とは違ってテーブルマナーを熟知していて綺麗に食べている。
自分のお皿と見比べ、由衣は少し顔を赤くしていた。
しかし由衣は違和感を感じていた。
こんな美味しい物を食べているのに妙に香澄は落ち着いているというか、あまり表情を変えていないのだ。
そして一つの考えが浮かび、思わず口に出してしまう。
「香澄ちゃん?いつも一人で食べてるの?」
「………」
その問いかけに香澄は右の眉をピクッ!っと動かす。
(やばい!悪いこと聞いちゃったかな…)
割と厚かましい由衣だがさすがにまずいと思ったらしい。
気まずい空気の中、香澄は持っていたナイフとフォークを置き、口元を綺麗にしてから口を開く。
「えぇ、一人よ。いつも…」
「お父さんとかお母さんと食べないの?」
「お父様もお母様もお忙しいから、私に時間を割いてもらうことなんて………言い出せないわ」
そう言って香澄はうつ向いてしまった。
由衣が感じていた違和感はこれだった。
普段一緒に食べる人がいないから食事をしていてもあまり表情に出ていなかったのだ。
そして学校でも香澄はいつも一人でいることが多い。
対して由衣は家庭でも学校でも誰かと一緒に仲良く食事している。
香澄の悲し気な表情が由衣の心に刺さる。
「そっか…でもこれからは私も一緒だよ?」
「え…?」
香澄が由衣の言葉にパッ!っと顔を上げた。
由衣はそんな香澄にニコっと微笑みかける。
「美味しいね、香澄ちゃん家のご飯。あれニンジン残してる?貰っていい?」
「あっ!」
香澄の皿からハンバーグの付け合わせのニンジンを奪い、もぐもぐと食べてしまう由衣。
香澄は口をわなわなさせながら珍しく大きな声をあげた。
「わたし好きなものは取っておくタイプなの!」
「ごめん!嫌いだから残してるんだと思った…本当にごめんね!」
「もう…今度は勝手に取らないでね?欲しかったらあげるから」
「ごめんごめん!」
由衣は香澄にペコペコと頭を下げる。
香澄は少し怒ってみせた。
しかし、内心こんなやりとりは初めてで、今日の夕食は今までで一番美味しく感じていた。
その日の夜。
二人は同じ寝室で寝ていた。
「すぅぅぅ…ふぅぅぅ…」
由衣は他人の家だというのに疲れもあったからか穏やかな寝息を立てながらぐっすりと寝ている。
対して隣のベットで寝ている香澄は目は閉じているが未だに寝られなかった。
「………山村さん?起きてる?」
「すぅぅぅ…ふぅぅぅ…」
「………」
(熟睡ね。あんなことがあったのに凄いわ。私は全然寝付けないのに…)
香澄は由衣の寝顔を見ながら今日のことを思い出す。
目の前の女の子の恥部と肛門におもちゃを入れ、着ぐるみを着せて犬扱いし、絶頂までさせた。
目を閉じれば着ぐるみを脱がせた後の汗まみれの体や匂いまで鮮明に思い出してしまう。
お腹の奥の方がじんわりと熱くなっていくのを感じる。
(ふぅぅ…自分から言い出したとはいえやっぱり異常よね。女の子をあんなふうに扱って喜んでるなんて。しかもプレイに乗じて"ユイ"なんて下の名前で呼んで、普段ならそんな勇気もない癖に)
香澄は自分の性癖と立場を利用した由衣への扱いに自己嫌悪をしていた。
しかしそんな香澄に対しても由衣は割とあっけらかんとしており、しかも香澄のことを下の名前で呼んだりして距離を詰めてくる。
("香澄ちゃん"だなんて…いつ以来かしら?同学年の子に言われるの。でもこれも彼女が卒業するまでなのよね。まぁ…うん、それだけのこと。さすがに寝ましょう、明日に響くわ)
色々な気持ちに蓋をして香澄はゴロンと寝返りを打ち、すでに寝ている由衣に背中を向ける。
そして布団を頭まで被り、目を閉じた。
1月上旬。
由衣は年末年始も家に帰らず、香澄の豪邸で過ごした。
そして毎日のように犬の着ぐるみを着せられたり、美少女着ぐるみを着せられたりして香澄に可愛がられた。
いい意味でも悪い意味でも。
冬休みも明け、学校が始まる。
周りは共通テストに向けて猛勉強をしている。
しかし、由衣はすでに推薦で大学に受かってしまっているので正直関係のないことだ。
実際香澄に着ぐるみを着せられているとき以外は疲れ切ってしまって、親の言いつけ通りには勉強ができていなかった。
昼休みになった。
由衣と仲良しの明日香と智子もまだ受験戦争真っただ中で一緒にお昼を食べようと思ったが声をかけにくいと思ってしまっていた。
(うぅ…空気がピリピリしてる。誰とお昼食べようかな…)
由衣が周りを見回していると、席を立ち、お弁当箱を持って教室から出て行こうとする生徒が目に留まる。
綺麗で真っ直ぐな茶髪の女の子…香澄だった。
由衣はそれを見てニコッと笑う。
(そっか!香澄ちゃんと食べよう!最近いつも一緒に食べてるしね。うん!)
由衣も鞄からお弁当箱を取り出し、香澄を追いかける。
「待って香澄ちゃん!一緒に食べよ?」
「!!!」
香澄は由衣の声にピタッ立ち止まり、目を少し大きくして振り向いた。
周りを見回すと香澄同様に由衣の方を驚いた顔で見ている。
(あれ…なにかまずいこと言った?)
苦笑いして固まってしまった由衣の手を香澄が引っ張っる。
二人は教室から足早に出ていった。
そしていつも香澄が昼休みを過ごしている屋上のベンチまで連れてかれた。
冬なのだが日が差して温かくとてもいい場所だ。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「いつもここで食べてるんだね?知らなかった」
息を切らしている香澄に対して由衣は呑気にベンチに座った。
香澄もベンチに座り膝に乗せたお弁当箱の袋の紐を手でギュッ!っと握りしめながら口を開く。
「山村さん…」
「ん?なに?」
「あんまり学校では私に…声かけないほうがいいと思うの」
「え?なんで!?」
驚いて目を丸くする由衣に香澄は俯きながらその問いに答える。
「私のお家、噂になってるでしょ?お金持ちだって」
「うん、すごい豪邸だもん。私も智子ちゃんから聞いたし」
「そんな私に今の山村さんが声かけたら、周りのクラスメイトはどう思う?」
「…どゆこと?」
察しの悪い由衣に香澄は唇を震わせながら口を開く。
「みんな貴女のお家の会社が倒産したって知ってるこの状況で、貴女が私にお金をせがんでるんじゃないかって…そう思われるかもしれないのよ?それでもいいの?」
「う~ん…でも実際せがんでるし…」
「それに…」
香澄は表情を曇らせ、またゆっくりと口を開いた。
「わたし友達いないじゃない…自分で言うのもあれだけど。それが休み明けに急に仲良くなってたら…ね?だから…」
「私たち友達じゃないの!?」
「え…」
香澄は垂れていた頭をパッ!っと由衣に向ける。
そこには自分の人権を売っても、エッチな目に遭わされても香澄にいつも笑顔を向けてくれる由衣の顔があった。
「友達…?」
「そうだよ!一緒に暮らしてるんだし、いつも私に優しくしてくれるもん」
「あんなに酷いことしてるのに?」
「うん、まぁちょっとエッチなところあるけど…私は香澄ちゃんのこと友達だって思ってたのに…違うの?」
由衣が不思議そうな顔をして香澄を見つめる。
香澄は友達という響きに慣れておらず、はにかみながら下を向いてしまう。
「こんな私のこと…友達って言ってくれるの?」
「うん、だからお昼食べよ?昼休み終わっちゃうよ?」
「………えぇ」
香澄は頬を赤くしながら照れ笑いをする。
二人は仲良くお弁当を食べた。
この後、香澄は高校で初めてできた友達に最後まで残していた卵焼きを奪われ、怒ったふりをするのだった。
2月中旬。
香澄は最近外出することが多い。
理由は都内の大学まで試験を受けに行っているからだ。
連日で受験することもあるので香澄が家に帰らないこともしばしばある。
この時間は由衣にとっての自由時間となっていた。
そんな中、由衣はメイドの高木と話す機会があった。
香澄のただっ広い幾つもの部屋を一生懸命掃除している高木。
厚手のロングスカートメイド服に身を包んでおり、空調がしっかりしていることも相まって長い黒髪の隙間から見える額に汗を浮かべている。
「高木さん、なにか手伝いましょうか?」
「いえ、結構です。本日お嬢様がお戻りになられます。山村様はその時のために体力を温存しておいたほうがよろしいかと…」
「うっ…そうですね」
高木は由衣と香澄の契約について知っている数少ない人物。
しかも由衣が来る前までは香澄によって着ぐるみを着せられ、色々されていた、いわば由衣の先輩のような女性だ。
それについて色々聞きたいのだが、由衣は「香澄と高木があんなことをしていた」のは知らない体になっている。
由衣がなにか言いたげにしていることを悟られてしまったのか、高木が掃除用具を置いてその話について切り出した。
「山村様は私のこと、お嬢様から聞いているのですよね?」
「え!?えっと~なんのことでしょうか…」
嘘をつくのが苦手な由衣は目をキョロキョロと泳がせてしまう。
あたふたしている由衣を見て高木はクスクスとお淑やかに笑った。
「ふふふ♪大丈夫ですよ、咎めたりなどしません。お嬢様のこと、何か聞きたいのではありませんか?」
「………はい」
全て見透かされてしまっていた。
由衣は観念して色々高木から聞き出した。
まだ香澄との間に壁を感じていることや、香澄がなぜ人を支配するような性癖に目覚めてしまったかなどを。
由衣の質問に対し、高木は「応えられる範囲で」と言いつつ色々と話してくれた。
高木の話によると、香澄はお金持ちということもあり幼少期から人間関係で嫌な思いをしてきたそうだ。
特に香澄の家柄を目当てにした大人たちからのすり寄り。
その汚い大人たちは自分の子供を香澄と仲良くさせることで関係の糸口を作るような方法を取っていたようだ。
香澄は年を重ねるごとにそれがわかってきてしまい「結局自分ではなく両親の権力と財力しか見られていない」と感じてしまう。
そのためあまり人が信用できなくなり、プライベートでも学校でも今まで仲のいい友達もできなかったそうだ。
その反動なのかわからないが、今のように「人を支配する」という異常性癖が芽生えてしまったかもしれないと高木は語った。
由衣はその話を聞いて考え込む。
(う~ん、お金持ちもいいことばっかじゃないんだ。あれ?でも…)
由衣は何かを思い出したかのように高木にまた質問した。
「香澄ちゃんからお願いされたんですか?高木さんに『着ぐるみの中に入って』とか」
「はい、そうですね。たしかお嬢様が中学に上がったあたりでしょうか」
「そんな頃から!?」
まさかそんな小さいころからあんな淫らな遊びをしていたとは思ってもみなかった。
由衣は目を丸くしながらまた高木に問いかける。
「高木さんは拒否はしなかったんですか?あんな…エッチなことなのに」
「はい、受け入れましたよ。私もその…そういった趣味があったので…とても刺激的でした…」
「………え」
「私が結婚してからはお嬢様の方から『もう止めよう』と言われてしまって。懐かしいものですね」
「………」
由衣は開いた口が塞がらない。
高木は顔を赤くしながら腰のあたりで前に組んでいる手をギュッと握りしめる。
由衣にはその動作がまるで手で恥部を押さえているように見えてしまい、聞いた自分も顔が赤くなってしまった。
(この人本物だ…主従揃って変態さんなんだ…)
普段は凛とした高木が少し頬を赤く染めている姿を見て由衣は呆然と立ち尽くす。
そんな中、高木の携帯が鳴り、電話に出た。
「はい、高木です。はい…はい…承知いたしました。お迎えに参ります」
高木は電話を切り、掃除用具を片付け始めた。
「お嬢様がお帰りになられたそうです。お夕食は山村様のご要望でとのことなので…山村様、なにをお召し上がりになりますか?」
「えっと…カレーライスが食べたいです。家庭っぽいゴロゴロ野菜タイプであまり辛くないやつ」
「承知いたしました」
こんな状況でも的確に夕飯をリクエストできる由衣。
そんな由衣に高木は深々と頭を下げた後、部屋のドアに向かって歩き出す。
しかしドアノブに手をかけたとき、由衣の方に顔を向けた。
「お嬢様は何日も我慢されていたので溜まっていると思われます。頑張ってくださいね」
「………はい」
高木は右手を胸の所でグッと握りしめ、由衣にニコっと微笑みかけて部屋から出て行ってしまった。
由衣は内心「何を頑張ればいいんだ?」と思いながら香澄の帰りを緊張しながら待つのだった。
由衣は久しぶりに家に帰ってきた香澄と一緒に夕飯を食べた。
香澄は試験に手ごたえを感じており、いつもよりも饒舌に話していた。
対して由衣は高木の言葉が頭から離れず、大好きなカレーライスの味が全然しなかった。
上の空になっている由衣に香澄は不思議そうな顔をする。
「山村さん?どこか調子悪いの?」
「ん?大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてただけ」
「そう、体調が悪かったら必ず言ってね?」
「うん」
香澄は以前よりもだいぶ自分から喋ってくれるようになった。
それにご飯を食べているときも表情が変わるようにもなった。
これも由衣と毎日過ごしているからかもしれない。
由衣は少しづつだが香澄との距離が縮まったと感じている。
そんなことをしみじみ思っていたらカレーを食べ終えた香澄が綺麗に口を拭きながら由衣の方を上目使いで見てきた。
その怪しい視線に由衣は心臓がドキっとしてしまう。
なにか嫌な予感がする。
「香澄ちゃん?どうしたの?私の顔にカレーついてる?」
「ごめんなさい、そうじゃなくって…」
香澄は左の口角を不自然にビクッ!と痙攣させた。
「食後に言うのもなんだけど…この後、着せてもいい?着ぐるみ」
「え…」
由衣の予感は的中してしまった。
香澄は頬を赤く染め、右手で耳たぶを触りながらさらに卑猥なことを口にする。
「あのね、何日もできなかったでしょ?だからその…激しくしちゃうかもしれないけど…いいわよね?」
由衣の脳にまた高木の言葉がよぎる。
まさに言っていた通りの展開になってしまいそうだ。
しかし契約上この要求を断れない。
由衣は唾をゴクリと呑み込んだ。
「うん…でも痛いのはダメだよ?」
「えぇ!そういう約束ですものね!ふぅぅ…どうしようかしら…ふふふ♪」
香澄はパッ!っと顔が明るくなり、頬を赤くしながらはやる気持ちを押さえているようだった。
こんな淫らなことで喜んで、とてもお金持ちのお嬢様とは思えない。
対して由衣は今まで以上に卑猥なことをされてしまうのではないかと不安で胸をざわつかせていた。
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