第4話 契約 香澄の歪んだ性癖
後日。
休日の午後3時頃。
由衣は香澄から連絡を受けてある場所に呼び出される。
そして携帯の地図アプリと睨めっこしながらその場所に無事たどり着く。
由衣はその建物を見て愕然とする。
(えぇぇ!ここって)
豪邸…よくテレビで見るような何十億円のそれであった。
門の外からでもわかるほどに広大土地。
噴水や庭園のようなものまで見える。
その最奥に巨大な建物が立っている。
(前川さん家だったの?知らなかった…)
由衣が中学頃に突然建てられた豪邸。
地元で噂になっていたのだがそれが自分のクラスメイトの家だったとは今まで知らなかったのだ。
由衣はそんな豪邸を前にし、体をガチガチにしながら門の大きさと不釣り合いな小さめのインターホンに指をかけ、ボタンを押す。
ピンポ~ン…
『はい前川です。どちら様でしょうか?』
インターホン越しに若い女性の声が聞こえてきた。
由衣はビクッ!っと体を震わせ、緊張でビクビクしながらその声に応える。
「こんにちわ、山村由衣です。前川さんのクラスメイトの」
『山村様ですね。お持ちしておりました。すぐに参りますので少々お待ちいただけますか?』
「はい!」
由衣はかなり声が上ずっていた。
落ち着かない様子でその場をぐるぐる歩きまわっていると、大きな門ではなくインターホン横のドアが開く。
そこから黒髪ロングの綺麗なお姉さんがメイド服姿で出てきた。
(え!?そっちが開くの!)
てっきりあのどでかい門が開くと思っていた由衣は変なポーズで固まってしまっていた。
恥ずかしさから顔を赤くした由衣に動じることなく、メイド服の女性はニコっと優しい笑顔を向けてくる。
「お待たせいたしました。使用人の高木と申します。香澄お嬢様からお話はうかがっております。どうぞこちらへ」
「はい!お邪魔します…」
由衣はドアから中へ入り、漫画でしか見たことのない由緒正しそうなロングスカートのメイドの後ろ姿を見ながら豪邸への長い道を歩いていく。
やっと豪邸にたどり着き、玄関のドアを開けると目の前に巨大な空間が広がった。
幾つもの大きなドア、謎の高そうな美術品の数々、正面には広く立派な階段がある。
スリッパに履き替えた後、その階段を緊張しながら上がり、奥にある部屋まで通された。
メイドの高木がその部屋のドアをノックする。
「お嬢様、山村様をお連れいたしました」
『はい、少し待っててもらえる?』
「かしこまりました」
部屋の中から声が聞こえ、ドアがゆっくり開き香澄が顔を出した。
香澄はこれからお出かけするかのようにちゃんとした服装をしている。
普段家の中ではゆるゆるのルームウェアで過ごす由衣とは大違いだ。
香澄はニコっと由衣に微笑みかける。
「こんにちは山村さん。どうぞ入って?」
「こんにちは、お邪魔するね?」
香澄は由衣を部屋に招き入れ、高木に声をかける。
「高木さん、お茶を持ってきてもらえる?」
「はい、かしこまりました」
メイドの高木は深く頭を下げ、スタスタと来た道を戻っていく。
一方由衣は香澄に部屋という名の何かを見せられて口を閉じられずにいた。
(うわぁ、広い…)
広いリビング、大きなソファー、一枚板のテーブルが目の前にある。
しかしそれだけではない。
寝室はもちろんのこと、リビング以外にも幾つか部屋があり、なんとキッチンやお風呂まで付いているのだ。
テレビで見たような…そう、高級タワマンのような印象を受ける。
現在由衣が家族で住んでいるアパートの何倍もある。
「広いね…ここ前川さん一人で使ってるの?」
「えぇ、立ち話もなんでしょ?座って?」
「うん…」
驚いて口の塞がらない由衣を香澄はソファーに腰掛けるように促す。
落ち着かない様子でキョロキョロ周りを見回していると、メイドの高木がお茶とお菓子をもってやってきて、すぐに部屋から出ていった。
綺麗な飴細工が乗ったチョコケーキ、紅茶が入ったティーカップもすごく高そうに見える。
そんなものを出されてしまい、由衣の目がくりくりと丸くなる。
「美味しそう…食べてもいいの?」
「えぇ、お母様が今度出店するお店の試作品なの。感想もらえるとありがたいわ」
「へぇ、前川さんのお母さんケーキ屋さんやってるんだね。じゃあ遠慮なく…」
由衣は手を合わせ、ケーキに手を付ける。
チョコベースなのだが甘さが控えめだった。
「美味しい!でも、ちょっと苦いかも…」
「そうね、洋酒も結構効いてるし…大人の味って感じなのかしら?」
由衣たちにはまだ早かったようだ。
そんなほろ苦いチョコケーキを食べて二人とも苦笑いをしていた。
(そういえばなんで前川さん家に呼び出されたんだろ?私が相談したお金の話なんだろうけど…)
由衣はケーキに乗っていた飴細工をボリボリかみ砕きながらそのことを香澄に質問した。
「あの、前川さん。今日の話ってなぁに?」
由衣の一言に少し緩んでいた香澄の顔がキュッ!っと引き締まる。
香澄もケーキを食べる手を止め、真剣な顔を由衣に向ける。
「この前お話した山村さんのお家のことなんだけどね、一応私たちの方でも調べさせてもらったわ」
「うん」
「正直言うと貴女の話を疑ってたところがあって…本当のことだったのね。ごめんなさい」
そう言って香澄は深々と由衣に頭を下げた。
香澄は昔から家が大金持ちということもあって色々とお金がらみで嫌な経験をしてきたのかもしれない。
香澄に急に謝罪されてしまった由衣は慌てて頭を上げさせる。
「謝らないで!急にあんな話されたら誰だって『詐欺かな?』とか思うよ」
「まぁ…確かにそうかもね?ふふふ♪」
香澄は冗談交じりにクスクスと笑った。
そして一度コホン!っと咳ばらいをし、再び真剣な顔に戻る。
由衣もその真剣なまなざしに背筋をピン!っと伸ばして耳を傾ける。
「それでね、ここから本題」
「うん」
「山村さんのお家の借金なんだけど、なんとかなるかもしれないわ」
「ホント!?」
「えぇ、全額ね」
「全額!?」
借金が無くなると聞き、由衣の顔がパッと明るくなる。
しかし、そんな由衣に対して香澄の表情はまだ硬い。
「ただし条件があるの」
「条件?私にできることならやるよ!」
「山村さんの…あるものを私に売って欲しいの」
「あるもの?なになに?でも私ん家、今貧乏なんだけど…大丈夫?」
「えぇ、問題ないわ」
由衣は不思議そうな顔をしながら香澄の話を聞く。
香澄は少し俯いた後ゆっくりと顔を上げ、唇を震わせながら口を開く。
「私に貴女の"人権"を買わせて?学校を卒業するまで」
「ジンケン…ジンケン?ん?」
「そう…人権」
意味がまだわかっていない由衣は首を傾げる。
そして口をつぐんでいる香澄にその言葉の意味を問いただす。
「ジンケンってなに?」
「人の権利。人権よ」
「私の人権を買うって?どういうこと?」
「それは…」
香澄は由衣から目を逸らし、頬を少し赤らめた。
そしてその育ちのよさそうな綺麗な顔からは想像できないとんでもないことを口にしだした。
「山村さんをね?その…好き放題させて欲しいの。私の手で」
「!!?好き放題!?」
香澄は顔を赤くし、もじもじしながら耳たぶを触っている
由衣はその態度から"人権"の意味を察してしまい、顔を赤くする。
口を閉じられなくなった由衣に香澄は少し早口でその具体的な話をする。
それがまたとんでもない内容だった。
「私と二人だけの時でいいからね?貴女にゴムの肌の着ぐるみを着せて人形にしたり…」
「人形!?」
「もこもこの着ぐるみを着せてペットにしたりね?でね、その状態で私の言うことをちゃんと聞いて欲し…」
「ペットぉ!?ちょっとまって前川さん!」
「え?」
由衣は両手をバッ!っと前に出し香澄の話を遮る。
お嬢様の香澄の口から出てくる言葉にかなり混乱している。
(人権を買う!?それで前川さんの人形とかペットになって言いなりってこと?なんかエッチ過ぎない!?そんなこと考えてたの!)
手を前に出したまま口をパクパクさせる由衣。
そして由衣の表情を見て我に返った香澄は興奮気味だった口を閉じ、だんだんと俯いてしまう。
「ごめんなさい。無理よね、急にこんな話されても…自分でもわかってる、馬鹿なこと言ってるって。しかも他人の弱みに付け込んで…最低よね…」
「それは…」
「ふぅぅ…今のは忘れて?代わりに家のメイドとして働いてみない?ちゃんとお給料も出るし。住み込みで来てくれればその間の生活費も保証するわ」
「………」
先ほどまで生き生きと変態的なことを語っていた香澄がわかりやすく元気を失くしているのが見て取れた。
香澄自身、無理難題を由衣に提示しているとはわかっていたらしい。
肩を落とす香澄にたいして由衣はというと…
(すごいこと言ってた。私を買ってそんな…すごいエッチなことするつもりだったんだ。でも…)
心が揺れ動かされていた。
毎日帰りが遅く、以前よりもだいぶ痩せてしまった父。
母も心配かけまいと取り繕ってはいるが、たまにどこか心無い顔をしているときがある。
そんな二人が学生である由衣に気を使っていることはわかっている。
もし由衣がここでこの契約を承諾すればその主たる要因、借金の返済ができる。
以前のように心から笑って話せる家庭が帰ってくるかもしれない。
香澄にとって由衣の家の借金をゼロにすることなど容易いのだろう。
今招かれている豪邸がそれを物語っている。
由衣はうつ向いたまま前に出している両手を自分の胸に寄せ、グッと握りしめる。
(私がこれを受け入れれば…全部解決するんだよね?きっと…うん!)
由衣は決心した。
顔を上げ、下を向いてしまった香澄に声をかける。
「前川さん、いいよ」
「え…?」
由衣の言葉にビクッと反応し、パッ!っと顔を上げる香澄。
そして由衣にその言葉の意味を問う。
「いいって…どっちの意味で?」
「前川さんに買ってもらう。私の人権を」
「………いいの!?」
香澄は目を大きく開き、口をわなわなさせている。
まさか由衣があんな条件を飲むとは思っていなかったらしい。
そして少し興奮気味に喋り出す。
「私に色んなことされるのよ!?人形に入れられたり、ペット扱いされたり!」
「うん」
「それに私のいいなりなのよ!?それでもいいの!?」
「でも借金チャラにしてくれるんだよね?」
「勿論!」
「じゃあ決定。私の人権…買ってくれる?」
「えぇ!買うわ!買わせて!やった…ありがとう!山村さん!」
香澄は今まで見せたことがないような飛び切りの笑顔を見せながら由衣の手を両手でギュッ!っと握りしめた。
由衣はそんな香澄を見て、目の前の綺麗な令嬢がこんな不埒なお願いしてきて笑顔になっていることに違和感を覚えながらも首を縦に振る。
だが内心はこれで親の負担が無くなる、親孝行ができると喜んでいた。
かなり歪な形ではあるが。
しかし由衣の考えは甘かった、いや甘過ぎた。
香澄に人権を売るということがどれだけ過酷で不埒なことであるかを理解していなかったからだ。
後日。
由衣は"表向き"は香澄の家の住み込みメイド兼家庭教師的な特殊な形でアルバイトすることになった。
これに対し由衣の両親、特に父親には反対された。
なにせ父の借金で娘が今までしたこともないバイトをすると言い始めたからだ。
しかし由衣の説得によりこれを了承させる。
"受験が終ったからといって、勉強を怠らないこと"という条件付きで。
だが由衣の両親は知らない。
実際は娘があんなことやこんなことをされてしまうことを。
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