授業-1 ナリス視点

 学院に入学してから、1ヶ月が経過いたしました。

 1月も経てばだんだんとこの環境にも慣れてくるというものです。たとえば、研究室に入ればそこの主が魔術師と魔法使いのどちらかということも、なんとなく分かるようになってまいりました。物でごちゃごちゃしていれば魔法使い、落書きみたいなのでぐちゃぐちゃしていれば魔術師の部屋、といった具合ですわ。

 そして授業にも慣れてきました。まだ魔術や魔法の基礎授業は簡単なもので、魔女でない私達でも知っていることが多く、魔術屋と関わりがあれば、特に問題はないレベルですわね。

 生活面でも。もはや貴族組も大半が支給服を着るようになりました。すぐに支給服をお召しになったケラマ様の影響もあるかもしれませんが、いい加減慣れない者に着替えを手伝わせるのに飽きたのでしょう。無論私は1人でも着れるドレスを用意しておりましたから、問題なく持参物を着用しておりますわ。

 そしてもうひとつ。

 床が震える。それとほぼ同時に、大きな、しかしくぐもった音が鳴り響きます。

 「今日のは結構大きかったね、ナリス」

 音が鳴り止んだところで、隣を歩いていたヤーレさんが話しかけてきました。

 「しかし、どうしてこうも毎日毎日爆発させるようなものがあるのでしょうね」

 ついため息交じりになります。そう、この栄光の魔法学院アカデミアは、毎日毎日どこかしらで爆発が起きているのです。それでも入学式で掛けられた魔術によって、私たちに危害が加わることはないというお話ですが、それもどこまで本当なのやら。

 とんだ学校に来てしまったものですわ。


 *****


 危害の及ばないらしい爆発はともかく。


 さて、同期生の間での私の立ち位置はなかなかといったところでしょう。同期の中でも年長であることも相まってか、相談を受けることも多いのです。

 「ナリスさん、いまお時間よろしいですか?」

 5つ鐘が鳴り、お昼休みとなる頃。食堂に向かう前に、同室のヨミーさんに声を掛けられました。ヨミーさんはどうにも算術が苦手らしく、ときどき私に授業の内容をお尋ねになるのです。

 「どうされました? 今日の内容はほとんど復習でしたから、ヨミーさんなら苦労されなかったと思ったのですけれど」

 「いえ、授業のことではないのです」

 授業でないのなら、急ぎではないのかしら。

 「それなら一緒に昼食でもいかが?」

 「い、いえそんな。ナリスさんは今日もあのお三方と召し上がるのでしょう?」

 つい苦笑いを返してしまいます。約束しているわけではないと否定して、ヨミーさんと食堂に向かいました。

 あのお三方とは、205号室のお三方のこと、すなわち、ミル、ヤーレ、そしてお姫ケラマ様。あの3人は、この1月ですっかり「触れてはならぬ者」として扱われることとなりました。そしてそのお三方と他の方々との繋ぎ役として、私が動くことが少なくないのです。

 なぜ触れてはならぬのか、ですが。姫様は説明するまでもないことでしょう。無論姫様も話しかけられれば邪険になどなさいませんが、みな畏れ多く思っていらっしゃるようですわ。

 ミルに関しては私としては言いたいところもあるのですが、まあ要するに獣人に対するいわれのない怖れによるところが大きいです。まあその上体も大きいし、人見知りもするものですから、自業自得ともいえますが。

 意外なのはヤーレで、あのお三方の中では最もマシ――もとい、人当たりのよいものと思っていましたが、実際は、なんというか、地雷原というか。

 それでも初めのうちは、皆さんヤーレによく話しかけていました。

 貴族出身の方々はいまだ家との繋がりが切れていないものも多く、姫様に覚えよくしていただくことはかなり重要なことのようですが、皆奥ゆかしいので直接姫様と話そうとはしません。そこで姫様の友人を通して仲良くしたいという方が多かったのですが、ミルは前述の通りでした。自然とヤーレに話しかける方が増えたのですが……。

 この前の授業事件を思い出して、ついため息が出てしまいますわ。


 *****


 その授業は、入学式からそれほど経っていなかった頃の、アミー先生による魔女作法の授業でしたわね。

 魔女作法の授業は、私たちが魔女社会に入るに当たって、普通の人間社会と異なる常識などを教わる授業です。それ自体は座学で、特別変わったことはありませんでしたが。

 授業の途中、唐突に教室の外から爆発音が鳴り響きました。いえ、その時は何の音か分からなかったのですが。

 なんということもないようにアミー先生は授業を続けようとしましたが、質問魔のハイダラさんが手を挙げました。

 「すみません、先ほどの音はなんですか?」

 「なにか爆発した音のようですね。よくあることですから、気にするほどのことでも」

 「そんなに爆発するようなことがあるんですか!?」

 ハイダラさんだけでなく、私を含め教室中がざわざわし始めました。爆発するほどの火薬は、それほど安くはありません。軍事演習でも、爆発物を使うことは少ないそうです。

 そんななか、アミー先生がため息をついて机をこんこんと叩きました。

 「当然、普通は魔法や魔術によるものですよ。大きな効果を持つものであれば、爆発音のようなものを伴うことが少なくありません。特に、研究中の、未整理のものであればなおさらですね。まあそういう魔術は連続しては使えないことが多いので――」

 そこでまた爆発音。まるで自分の言葉が否定されたようなその音に、アミー先生も小首をかしげました。が、すぐに得心されたようで、小さく頷きます。

 「そういえば今日は中庭で演習があるんでした。その音ですね」

 「演習!?」

 机を叩いて爆発音にも負けないような音を出しながら、立ち上がったのはヤーレでした。

 「あ、あの。その、せっかくですから。演習を見てみたいんですけど」

 一度に注目を浴びて怯みましたが、それでも本懐を遂げようとする豪胆さは、賞賛すべきかもしれません。


 ヤーレの提案を受け、アミー先生は同期全員を連れて廊下に出ました。

 石造りの壁の向こうは中庭になっているはずで、高いところにある窓から、時折爆発音とともに光が漏れ入ります。

 「えーっと、確かこのあたりに…」

 アミー先生が杖で石壁をひっかきながらうろうろしていると、やがて石壁が赤く輝きました。

 「ああ、ここでしたか」

 その光に反応してアミー先生は立ち止まりました。すると、石壁の赤い輝きが広がりながら、矩形の陣を作っていきます。

 その陣が完成すると、輝きは薄くなり、それと同時に石壁がまるで氷のように透けていきました。薄い膜を通して見るような中庭の景色に、私たちは各々感嘆の声を上げました。

 いえ、約1名、ヤーレだけは別のところを見て声を上げていました。

 「あれは…『色の魔術師《ペインター》』に『幽鬼卿《ガイストバロン》』!?」

 「よくわかりますね。ほら、皆さんも顔を上げると飛んでる2人が見えると思いますよ」

 言われるがままに顔を上げると、確かに人影が2つ、空を飛んでいました。

 この街に来てしばらく経過しているので、空を飛んでいるくらいでは驚きませんが、大抵は棒状のものにまたがっているものでした。杖の上に立ちながらだったり、絨毯に座りながらだったり、というのはあまり見かけません。いくらか同期たちの感嘆の声も聞こえます。

 2人ともそんな状態でなにやら巻物を広げており、その巻物が輝く度に中庭に轟音が鳴り、爆風や土煙が幕の内側を覆います。

 その様子を見てうんうんと頷きながら、アミー先生は口を開きますが。

 「あの2人はヤーレさんの言う通り――」

 「あの2人は確か戦闘系の、特に中規模な魔術を研究しているんですよね!? 会敵したときに使うような」

 アミー先生の言葉を止めるように、ヤーレが尋ねます。そして先生が頷いたくらいのところでまた話すのです。

 「ということは実践実験?? いや、というよりは単に威力とかを試してるだけなのかな。隠れたりしてないわけだし。そうなるとあのスクロールはきっと研究ノートみたいに使えるのも使えないのもいろいろ書いてるのかな」

 「ああ、そうですね。人によってはああいう風にスクロールを――」

 アミー先生が話そうとする所でまた爆発。膜のさらに手前で爆風が防がれているように見えますが、それでもなかなか見応えのある威力ですわね。

 「ああっいまの魔術、2人のじゃない魔力があった!『色の魔術師《ペインター》』の遅延魔術だ! すごい、違う色の魔力が入ってやっぱり綺麗だなぁ。」

 「そうですね、本来魔女の放つ魔力の光は、各個人で同一なんですが――」

 「ちょっと待って、よく考えたら2人の魔力光は青系だったはず…でもいま青1色に赤2色じゃなかった…そうか、『幽鬼卿《ガイストバロン》』のコピー魔術で遅延魔術自体をコピーしたんだ。すごい、師弟の合体技!!なんか理由があってコピーできないみたいな話は聞いたことあったけど――」

 「ちょ、ちょっと」

 幕に張り付くようになっていたヤーレを、隣にいたローさんが慌てるように引き剥がします。すると、ヤーレのいた場所にべったりと血が浮いていました。

 「え、あ、ごめ――」

 一方の幕から剥がされたヤーレは、支えのなくした棒きれのようにそのまま床に倒れ伏してしまったのです。

 その鼻の周りを、血で真っ赤に染めながら。なんだか満足そうな笑みを浮かべたまま。


 *****


 その後急ぎ連れられた救護室で受けた診断の結果は貧血。

 それ以来、ヤーレは「興奮すると鼻血を出して貧血で倒れる危険な女」として、同期の中であまり触れてはならない存在となったのでした。

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