授業-2

 昼食には、たいていの場合は学院の地下にある食堂を利用いたします。街に出て食事をしても問題ない程度には昼休憩の時間はありますが、食堂であれば魔女見習いは無料ということで、大抵の魔女見習いはこちらでお食事を取ります。

 ヨミーさんと食堂に訪れると、すでになかなかの混み具合。決して少なくない席が7割程度埋まっています。

 食券を取りカウンターに向かうと、食券を出すよりも早くトレーが出てきています。食券を渡すと係の方は私とヨミーさんのトレーを杖で軽く叩きました。すると、トレーが少し浮いて、人が歩く程度の速さで勝手に動いていきます。ついていけば空いている席まで連れていってくれるというシステムなのです。魔術というのは便利なものですわね。ちなみにトレーを手に取ってしまえば、自分で席を選ぶこともできます。

 席に着いたら、まずは食事を済ましてしまいましょう。ヨミーさんからのお話も気になりますが、食事中に長会話をするものではないですものね。


 気を抜くと手早く済ませてしまいそうになりますが、食事では他の方と同じ頃合いに食べ終わるように気を付ける必要がありますわ。マナーとして。

 幸いヨミーさんはそれほど遅い方ではありませんので、そこまで遅滞させる必要もありません。

 食事を終え、周りを見渡すと混んでいた食堂も半分以上席が空いている状態になっております。これならもうしばらく占有しても、迷惑にはならないことでしょう。

 お茶を一口飲んだところで、頃合いと見てヨミーさんに話しかけます。

 「それで、お話というのは?」

 「ええと、たいした話ではないのですが。どこから話したものでしょう」

 たいした話でなければ、わざわざこちらの手が空いているかを確認する必要もないはずですわ。要は、厄介だけれど大事として捉えてほしくないと言うところでしょうね。

 「そういうときは、初めからがよいと思いますわよ」

 「そうですよね。実は……」

 意を決したのかヨミーさんは話し始めました。


 きっかけは、しばらく前に届いたという親からの手紙。そこには姫様と同期となったことが伝わったことが書いてあったそうで、是非ともお近づきになりなさいというような内容だったそうです。珍しいお話ではないでしょうが、あまりおおっぴらにするようなお話でもありません。

 「そんなこと、私に伝えてもよろしかったのですか」

 「よいのです。そもそもケラマさんは家を捨てたことを公言なさっているというのに、このような下心を持つということ自体が失礼極まりないとは思いませんか?」

 「そう……かもしれませんわね」

 普段より語気が強いところを見ると、ヨミーさんはかなりご立腹なようですわね。

 「それに、仮にそのような心で近づいたとしても、私が家に帰ることもあと数度ほどしかありませんのに。あの方達はいったいどのようなことをなさるつもりなのでしょう」

 「ヨミーさんは魔女になったあとも家には戻られないのですか?」

 質問を投げるとヨミーさんも熱くなっていたのに気付いたのか、お茶を飲んで小さく息を吐きました。

 「そのつもりです。別に家が嫌いというわけではないのですけれど、他にやりたいこともありますから」

 特に貴族の子弟が魔女見習いに送られるときは、家に魔女の恩恵をもたらすことを期待されることがほとんどです。私の家も貴族というわけではありませんが、きっと家の利益になると考えていることと思っております。しかし、ヨミーさんは異なるようですね。

 やりたいことというのをお尋ねすると、ヨミーさんは胸の前で手を組んで目を輝かせ始めました。

 「私、諸国を巡りたいと思って。世にも様々な漫遊記がありますけれど、やはり自らの目で見るのとは違うなと思いまして」

 「旅ですか。それもよさそうですわね」

 「ナリスさんは?」

 「私は……普通ですわよ。家に戻って、家業の手伝いなどをしようかと」

 「ナリスさんのところは商家でしたね」

 いいながらもヨミーさんはあまり納得のいっていない様子に見えました。その意図するところを考えていると、ヨミーさんが苦笑を返してきました。

 「いえ、すみません。ナリスさんはなんというか、自分をしっかりと持っていらっしゃるといいますか。自立心をお持ちになっていると思っていたので、少し意外で。でもそうですよね。自立心があるからといって、別に家を離れなければいけないわけではありませんし」

 ヨミーさんの言葉は何気ないものでしたが、私が見ないようにしていたところを浮き彫りにするような響きがありました。結局は、私は家に縛られているのでしょうか。

 考えようとすると、まるで空回りするように次の言葉が出てこなくなってしまいました。


 考えないように、違う話に持って行きましょう。

 「話が逸れましたわね。姫……ケラマ様と懇意になるように言われたという話でしたか」

 「そうでした。それでですね。家の事情とは別に、ケラマさんとの仲を深められましたら、それは素敵なことだとは思うのですが」

 それはまあ結構なことでしょう。もじもじと両手を組んでいらっしゃる様子を拝見するに、どこか気恥ずかしさがあるのかもしれません。

 「気にせず話しかければ、ケラマ様もお喜びになると思いますわよ」

 「それも分かるのですが……。その、ナリスさんの方から口添えしていただけませんか?」

 「まあ構いませんが……折を見て」

 ヨミーさんは私の手を取り、「その時はぜひ私も一緒の時に」と目を輝かせていらっしゃいます。紹介するのだから基本的には一緒にいるものだと思いますが……そこまで知り合いになりたかったのでしょうか。


 *****


 昼食の後、魔力の授業が始まりました。魔力の授業は少人数制で、クラスを3つに分けて授業を受けます。

 私と授業を同じくしているのは同室のヨミーさんに例の205号室の3人組、それと202号室のお2人の合計7名。分かるような分からないようなな人選ですわね。

 教壇に立つは『泣女バンシー』先生。名前の割に、いつもにこやかに授業を進められます。……時折姫様に向ける視線が怪しいですが、まあ大丈夫でしょう。

 そんな『泣女バンシー』先生が前に立つと、私たちはみな静かになります。……視線の高さのせいもあってか、妙に微笑みに圧を感じてしまいますわね。今日は部屋が暗いのも相まって、なんといいますか、妖艶な印象が強まっておりますわ。

 「はい。前にも言ったけど、今日からみんなに簡単な魔法を使ってもらいます」

 予告もあったことでわかっていたことですけれど、生唾を飲んでしまいます。ほかの皆様方も、一様に硬い顔つきになっていますわね。

 その様子に、『泣女バンシー』先生は小さく笑いました。

 「そうかしこまらないで。別に魔法を使うっていっても、単に魔力を放ってもらうだけだから」

 彼女は持っていた本をぱらぱらとめくり、あるページを開いて少し目をつぶります。そうすると、ポン、と小さな音とともに木箱が本から出てきました。

 「でも、前にも言ったように、私たち、というよりこの世界すべては魔力によって作られている。だからもし自分の魔力を全部吐き出すみたいなことをすれば、簡単に死んじゃう」

 死、という言葉を聞いて、心臓が大きく鳴った気がします。ヨミーさんも少しおびえた様子が見えます。食事の時も、少し不安そうにされていましたわね。

 そうすると姫様が小さく手を上げられました。

 「あの、そうならないためには、どのようにするのが、よろしいのでしょう」

 「大丈夫よおちびちゃん。見習いはふつう魔力が出せない方で困るのだし。もし出せたとしても、そうなる前にぶっ倒れちゃうから。魔力酔いって言って、それはそれで危ないけど、まあ私もいるからそう心配しないで」

 魔力酔いのことも、前に伺いましたわね。確か体の中の魔力が際限なく外に出る状態だとか。おそらくはその状態で放置すると、体内の魔力がすべて外に出て、その、死ぬのでしょう。

 不安に思っている間に、先生が箱から杖を取り出し、私たちに一本ずつ渡します。アミ―先生の持つものと同じような、腕ほどの長さの細い杖。

 全員に渡したところで、『泣女バンシー』先生が前に戻りました。いつのまにか先生の手の内にも同じ杖が握られています。

 「この杖は特別魔力が通しやすいようになってるから、みんなみたいな見習いでも、慣れれば魔力を出すことができるわ。この杖から魔力を出して光らせるのが、しばらくの課題。こんな風にね」

 そうして先生は杖の先を光らせ、中空に「がんばってね☆」と書かれました。


 『泣女バンシー』先生曰く、魔力というものは、あらゆるものが多かれ少なかれ常に排出しているものだそうなのです。

 すなわち、すべての知恵ある生物は、理論上は魔法を行使することができると言うのです。たとえ魔女でなかったとしても。

 その為に必要なのが、魔力のコントロール――無目的に体外に出ている魔力に方向性を付け、曰く「魔力に意思を持たせる」ことだと。そしてそれこそが魔法の基礎にして真髄なのだそうです。

 ――理屈では分かっても、実践となると別問題ですわね……。

 試しに杖の先を睨むように集中してみても、何の反応もありません。……これ、私だけができないとなると、かなり恥ずかしいですわね。

 念のため周りを見渡しますが、どうやら他の方々もうまくいっていないようです。姫様は目をつぶり、どこか祈るように、杖を軽く掲げていらっしゃいます。隣のヤーレさんの方はうんうん唸りながら杖をぶんぶん振っていますね。瓶の底のものを出すわけじゃないのですから、流石に無駄な労力だとは思いますが。

 振り返ってヨミーさんの方は、先ほどの私とそう変わらなさそうです。考えてみれば姫様も似たような状況なのかもしれません。同じ方法を3人が試してうまくいかないのであれば、やり方がおかしい可能性が高そうに思えますわね。ここは別の方法を考えてみましょう。

 たしか、このクラスで魔力感度が一番高かったのはミルさんでしたわね。魔力感度が高いと言うことは、体から流れる魔力に意識を向けやすいということのはず。つまり、同じやり方を試したとき、成功する確率が高いのはミルさんということになるはずです。

 また3人組の方に体を向け、ミルの肩を軽く叩きます。

 「ちょっと」

 「はははいっ!」

 ……少し声を掛けただけでこの反応。本当に私と「お友達」になる心持ちがあるのでしょうか。

 にわかに集めた注目に対して謝罪をして、ミルさんに耳打ちをします。

 「ちょっと、どうしてそう大声を上げないと気が済まないんですの!?」

 「ごごごめんんなさい。その、き、緊張してて」

 まあ散々脅された後だからその気持ちも分からないではありませんが。

 「って、あなた、まだ杖も持っていなかったんですの?」

 「う、うん……」

 ミルは杖を手にすることもせず、じぃっと杖に向けて目を伏せるばかりでした。

 「ちょっと、怖くて」

 もじもじしながら手をぎゅっと握っている所を見ると、その気にさせるのには一手間掛かりそうですわね。

 ため息を……我慢して、自分で試すことにしましょう。


 さて、ひとまずもう一度周りを見渡して、うまくいっていそうな方がいないかを確認します。案の定どなたもうまくいっていないようでした。

 先生の仰っていたことを考えると、体から勝手に流れている魔力を、杖の方向へと流すようにすればよいということでしょう。そのために重要なのは、魔力の流れを感じて、その流れをコントロールすること。

 目をつむり、体の感覚に集中します。が、私のいまの感度では魔力を流れを感じることもままなりません。助っ人として先生を呼び寄せます。

 「どうしたの?」

 「魔力感知の練習をしたいのですが」

 そう提案すると、『泣女バンシー』先生は笑みをさらに深くして、自分の手をもみ始めます。

 「いいわよぅ。どの辺からやる? 全身コースもあるけど」

 「……腕だけで結構です」

 どこまで本気かは分かりませんが、変わった反応からすると、おそらくは考え方は正しいのでしょう。

 今日は半袖の服だったので、服を脱ぐ必要がなくて助かりました。杖を持った腕を先生の方に差し向けます。

 また注目を集める中、先生は私の肘の辺りに手を当てます。くすぐられるような感覚に思わず声を上げそうになりますが、そこまでの恥をかくわけにはいきませんわ。

 「それで。どうする?」

 「そのまま手の方までお願いしますわ」

 言うやいなや先生は滑らせるように手首の辺りまでさっと手を引きました。歯を食いしばり、声を上げるのだけは我慢します。そうしてその痒みに沿わせるように右手の中身を動かすイメージで力を込める!

 ふわっと、ほんのり部屋が明るくなった……気がしました。体に残る倦怠感は、緊張から来ているのでしょうか。

 先生の方を見ると、ゆっくりと頷いて、拍手をくださいました。

 「素晴らしいわね。手助けありとはいえ、初日で光らせる子は珍しいわ」

 先生の言葉に合わせ、周囲の方々も声を上げます。……どうやら、私の勘違いではなかったようですわね。

 気が緩んだ顔を見られたか、先生が口元で指を振ります。

 「でも、本来はそれを一人でできるようにならなくちゃいけないからね。それじゃあ、他に同じようなことをしてもらいたい人はいるかしら?」

 そうして先生は他の生徒の元へと向かっていきました。


 一息ついて、先ほどの感覚を思い出そうとしたところ、ヨミーさんが声を掛けてきました。

 「さすがナリスさんですわ。どのようになさったのですか?」

 「そうですわね……簡単に言うと、腕の魔力を杖の方にかき集めていくイメージといいますか。先生に魔力を触っていただいて、そこで感じた何かを押し出すようなイメージですわね」

 「なるほど、それで先生をお呼びになったのでね」

 それでヨミーさんも先生の方に向かいました。ヨミーさんなら、きっとすぐにコツを掴むことでしょう。


 私も感覚を忘れないようにしないと。……とは、思うのですが、隣からの視線が気になって仕方がないですわね。

 「あの、何かあるのでしたら声を掛けてもらえますこと?」

 「あ、え、えっと。す、すごいね」

  それでまたもじもじと視線を伏せてしまいました。時折自分の杖の方に視線を向けてはいますが、やはり手を伸ばすには至らないようです。


 ……なんとなく、この胸の苛立ちの原因を把握できた気がします。

 まるで、まるで昔の私のような。


 「あーもう!」

 嫌な思い出を振り払うように声を出し、ミルの方に向き合います。

 「あなた、先ほどの私の魔法をみていたんですよね!?」

 「え、う、うん。だから、すごいなって」

 「それで、私はどうなりましたか?顔が青ざめたり、倒れてしまったりしましたか?」

 ミルは少し止まったあと、私の手を取って揉みはじめました。

 「って、なにするんですの!?」

 「ご、ごめんなさい。その、肌色を見ようと……」

 ……変な所は大胆なのですから。おかげでまた周囲に謝罪する羽目になりました。

 「それで、どう見えましたか?」

 「う、うん。元気……そう」

 そうでしょうとも。実際元気なのですから。

 「よいですか。確かにさっきの私の魔法は、先生のものと比べると、魔法と呼ぶのも恥というようなものですが」

 ミルが口を挟もうとするので止めます。下手なフォローをもらいたいわけではないのですから。

 「それでも、かすかなものでも魔法は魔法なのでしょう。それでも、私はこの通りぴんぴんしてますのよ? だから、恐れることなんてないんですの」

 「ひ、引っ張られる感じも……?」

 引っ張られる? 覚えのない話に聞き返そうとすると、ミルの方が先に首を振りました。なにか言い間違えたんでしょうか。

 「じゃ、じゃあやってみる」

 ようやくミルが杖の方にまっすぐと顔を向け、そろそろと手を伸ばしました。

 「そうだ、魔力を伝える感覚なのですがーー」

 コツを伝えようとしたところで、目の前が真っ白になりました。

 目が痛い!思わず目をつぶり、様子を伺います。

 「え、なに!?」

 「これは?」

 「あ……あ……」

 教室がにわかに騒がしくなるのが聞こえます。つまりあの異常は私だけの身に起きたものではない。私の目がおかしくなったのでないということですね。そうなると。

 「ミルさんの魔法……?」

 目がゆっくりと開くと、ミルの輪郭が光に照らされているのが分かります。

 そして顔が見えるようになると、尋常でないことが分かりました。目を見開いて、明らかに浅い呼吸をしています。

 これは、万が一というものでは。先生を呼ばないと。そう思っても、声が喉からうまく出てくれません。まずい、まずい? 死? いや、でも先生は死なないって。でもこのままだと、ミルが死ぬ? 私が、やらせたから?

 バシン、と乾いた音とともに、目の前の光が幻想だったかのように消え去りました。床になにかが落ちて、転がっていく音。

 教室の薄明かりに見えるのは、ミルの杖をはたき落としたらしい『泣女バンシー』先生でした。その顔は先ほどまでの表情を忘れさせる、真剣なものでした。

 「もう大丈夫だからね」

 その声がきっかけのように、ミルは床に崩れ落ちました。頭だけは先生が支えて、そのまま床に寝かせます。

 そして先生がミルに手を当て、また微笑みましたその顔を見て、ようやく私の喉が自分の仕事を思い出したようです。

 「あ、あの、私もなにか」

 「大丈夫だから」

 先生はそう言いますが、手を当てられているミルの顔は真っ青で、まだ息も弱々しいように見えます

 「これが『魔力酔い』の典型的な状態ね。こうなったら、魔力がこれ以上流れないようにする必要があるの。逆に、そうしてあげればもう大丈夫。誰か私の本持ってきてくれる?」

 ヤーレさんが持ってきた本を片手で受け取ると、もう一方の手をミルに当てたまま、器用にページをめくっていきます。やがて目当てのページに辿り着くと、本を光らせ、雷のようなものを部屋の外へと放ちました。

 「さ、これでそのうち『魔術遣いマギクラフタ』も来るから、そうしたらベッドに運びましょう。一応、魔力を出す練習はそれまで止めててね」

 その後先生は口を閉ざしました。そうしてアミー先生が来るまで、教室はしばらく静かなものとなったのでした。

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