間話『魔術遣い《マギクラフタ》』
何度か見習いの担当になったけれど、初日はいつも緊張してしまう。特に、ここ10年の見習い教室は、周辺諸国から王侯貴族の子弟が集まっていたりと、もはや魔境と言っていい。
見習い達の引率を終えて、自分の研究室へと戻るとようやく息がつける。
「あ、
……ここにも一人、毛色は違うが魔境の住人。まったく、息つく暇もない。とはいえ、少なくとも、この子は味方だな。
「ただいま、レミ。喋るのはご飯食べ終わってからにしたら?」
私を出迎えた少女、レミは『最強』の
レミは素直に持っていたベーグルを慌てて食べきって、相変わらず子供みたいに、ごまかすように笑った。
「それで、どうでした?」
「どうって……別に普通だけど。いつも通り、面倒そうなのと、厄介そうなのと、それに何も知らなさそうなのと」
「アミーっていつも面倒そうにしてますよね」
「そりゃあ、誰が好きこのんで貴族や王族のご子息様と付き合ったりするのっていう話」
カフェを入れて自分の椅子に座る。誰かと会話するときには、回転椅子ほど便利なものも少ない。
レミの方は背もたれにあごを乗せてこちらを向いている。
「でも、よく言うじゃないですか、『魔女の世界に貴賤なし』って」
「『魔女の世界』には、ね。あの子達はまだ、ただ人の世界の住人だから。特に家族にとってはね」
たとえば。どこぞのお姫様がこの学院で死んだとなれば、その国からの批判は避けられない。さらにもしも、その原因が別の国の子息だったりすれば、その国の間で戦争なんかが起きるかもしれない。
それで私がどうこうなったりはしないだろうけど、後味は悪いことだろう。
「どうせなら全員離縁状でも出させてから入学させればいいのに。そういうところもあるらしいし。」
「紙切れひとつじゃあそういう感情まで切れないと思いますけどね」
そんなことは分かってる。でも言質を取るのは大事だろう。
「ともあれ、そんなの相手にするんなら、面倒くさいと思うのもしょうがないでしょ」
「そうですねぇ、『
えーっと、何だって?
「あ、えっと。触らぬ神に……つまり、怒れる神が相手でも触れねばその標的とならない、という感じです」
「ああ、月の言葉。忘れてたけど、あなた
この辺りでは異世界から来た人を『
そういえば、子供の中には神様が混じっていると考える地方がある、という話も聞いたことがあるな。
「……なんですか?顔になにか付いてます?」
少女の姿をしたその子は、無邪気に首をかしげてこちらを見てくる。
異世界人は年をゆっくりと取るらしい。魔女であればなおさらだ。
理屈としてはそういうことなのだけど。『最強』と呼ばれるだけの力も含めて考えると、本当に神様じみているな。
「いや、なんというか、レミって変わんないなって」。
素直に、かつオブラートに包みつつ告げると、レミはあからさまに不機嫌な顔を取った。
「……これでも、少しは成長してるんですから。そりゃあ、アミーの成長率に比べれば全然かもしれませんけど」
「成長率って……普通よ普通。レミと初めて会ってから30年くらい経ってるんだから」
「25年です。でも、最近のアミーはエレノラと並んでも違和感ないですし。私なんか、いつまで経っても妹とか、ひどい時なんて子供だって言われるんですよ」
エレノラさんというのは、レミとはまあ複雑な関係だが、簡単にまとめると師匠みたいな人である。
優秀な方だけれどレミのような特殊な出自があるわけでもないはずで、見た目年齢は、レミを子供として見るにはちょっと無理があるように思える程度だ。
「どう思います!? さすがに失礼じゃないですか?」
「知らない。そんなに気にするなら、魔法でどうにかすればいいんじゃない」
魔法で外見年齢をどうこうしている魔女は少なくない。だから、レミが急に大人っぽくなったとしても、気にする魔女もそういないだろう。
でもレミはどうにもためらっている。
「なんというか、私にも私なりの理想の姿っていうのがあるわけじゃないですか。でもそれが万人にとってもそうだとは限らないわけでして」
「大抵の人はレミの成長した姿に興味ないと思うけど」
「……結構ばっさり切りますね。そうだとは思いますけど。でもやっぱりそれも全員じゃないといいますか」
ため息が出る。回りくどい言い方をしているけど、要はエレノラさんがどう思うかが気になるのだろう。
「ダメだったら戻れば?」
「でも! 一度付いたイメージはなかなか離れないじゃないですか」
それからレミはあーでもないこーでもないと、ぶつぶつと一人でつぶやき始めた。
はっきり言って、面倒くさい。しかしよく考えれば、話題を提供したのは私だ。ため息が出る。
「……触らぬ神か」
「なにか思いつきました!?」
「いや、なんでも」
標的とは違う気もするが、なんにしたって神様みたいなのを相手にするのは面倒くさいものらしい。
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