第12話

そこは「黒潮への旅」と題された大水槽だった

大小様々な魚が泳ぐ中一際目立つ大きな魚青い皮に白い斑点模様のジンベイザメが左から右へ泳ぎその上にはナンヨウマンタが2匹空を飛ぶようにヒレを動かし泳いでいた

真樹人は言葉を失った

水族館というのは初めて来た場所だが知識はあった


「水槽で魚が泳いでいる」


ぐらいの認識しかない真樹人にとってそれはあまりにも絢爛で神秘的な物だった

大水槽は約10m程の高さ

泳ぐ魚を見上げる形なので海底にいる感覚になる

大水槽に魅入られたのか無言で真樹人は順路を行く

人にぶつかるが小声で謝る程度

心ここに在らず

大水槽の目の前に経つと真樹人はずっと見上げていた

「凄い…凄い、こんなに綺麗な物が…」

はしゃぐわけでもない

ただ魅入っている

人工的に作られた環境だが真樹人にはそれでも充分だった

水槽中心にはグルクマの群れやカンパチの群れシマアジの群れも、大きなシイラもいる

テンジクアジ、スマコバンアジは大きな魚の近くを泳ぎ

ジンベイザメにくっつくようにスギ、カライワシが泳ぐヒトマキエイが水槽に張り付きイトマキエイは底に

大きなフエフキダイは優雅に泳ぐジンベイザメ近くを泳ぎメバチは周囲をグルグル回遊していた

そこはまさに「海の中」だった

「真樹人さん、凄いでしょ?ここ」

「あぁ…これは言葉にできない…凄いな…芽衣ありがとう」

「そういう事はこっち見て言いなよ」

少しむくれた芽衣が真樹人に皮肉を言ったが真樹人はお構い無しに大水槽を見ていた

「そんなに感動する?」

「感動…簡単に言えないけどそんなもんじゃ…」

真樹人が言い終わる前に小さな子供の兄弟が真樹人の後ろで

「兄ちゃんすげーよ!もっと近くで見たいよ」

「ダメだ、ちゃと順番だぞ」

小さな兄弟の兄と思われる方が弟を窘める

そんな兄弟を見て我に帰ったのか

「そうだよな、子供を優先だよな、いいよこっちに入りな」

そう真樹人が譲る時に横からガヤガヤと外国人観光客が割り込んできた

「ちょ…!」

芽衣が口を開くとすかさず真樹人が

「おい、俺はあんたらに譲ったんじゃないぞ、割り込むな」

と言うと大陸の言語を大きな声で喋り真樹人を威嚇してきた、すると


「どこの人間か関係ない!デカい声を出したら誰もがビビると思うなよ!ちゃんとまってろ!」

と大陸の言語で返すと相手グループは気迫に負けたのか去って行った


「もう大丈夫だ、ここで見るといいよ」

真樹人は兄弟に促したが少し怖がっている様子なので真樹人は体と落とし子供に目線を合わせて続けた

「怖い思いさせて悪かった、ごめん。でもこれはなかなか見られない物だよ、存分に見るといい」

そう優しい口調と言葉で喋り兄弟を前に入れた

「ありがとう!おじさん!」

「おじ…!!」

「はいそこはスルーね、そうそう、こっち来て」

芽衣が真樹人の手を引き大水槽左に行くと


「水槽カフェ」


の受付があった


どうやら大水槽間近で鑑賞しながらお茶や軽食が楽しめる場所のようだ


「見たくない?ここで?」

芽衣がニヤニヤしながら真樹人をみると

「でも…結構待ちそうだな」

受付の電光掲示板には


「水槽前 12組待ち 奥席2組待ち」


の表示

「俺は待っていいから水槽前に行きたいな芽衣は待ってもいい?」

「いいよ、アタシも実は行ったことないからさ。受付してくるね!」

芽衣が受付をしに離れたあとまた真樹人は大水槽に目を奪われた

見上げた先にちょうどナンヨウマンタがヒレを羽ばたかせるように泳いでいる


ー死ぬ前にこれを見られて良かったー


真樹人は海が好きだったのかもしれないと気がついた

意識した事はないが飛行機に乗った時も窓から水平線に日が沈む様子を見るとどこか落ち着く自分がいた

傭兵をやっていた時、海賊狩り任務で船が漂流した時もこのまま自分も海の一部なるならと思った事もある

潜る事もあったがあくまで作戦として潜るので魚なんかを見る余裕すらなかった

いつか、やがていつかはと先延ばしにしてきた結果ダイビングをやる事もなく過ごしていて半ば諦めた時にこの大水槽を見て感激した


ーまだまだ捨てたもんじゃない…けど世界は綺麗な物ばかりじゃない、…もう汚ぇもん見るのにも疲れたー


丁度目線を落とした先で泳ぐジンベイザメにじっと目を見られた気がした時


「…さん、真樹人さん」

「ん?あぁ、ごめん。受付終わった?」

「うん、まだかかるから次の所に行こ、それともここでまだ見たい?」

「いや、芽衣退屈だろ?」

「全然、真樹人さんが見たいなら一緒に見るよ」

「せっかくだから次のも見たいな、案内してくれる?」

「いいよ、行こ」

芽衣が真樹人の左手を握り手を引くと次は「サメの博士」というエリア


サメの歯の標本やホホジロザメの胎子の標本が展示されて水槽はあまり明るくはないがサメが数匹水槽で泳いでいた


「うわ!」

驚いた真樹人は少し腰がひけた

「なーにー?怖いの?!真樹人さん」

芽衣が笑いながら言うと

「オオメジロザメかよ!オレちょっと……?!」

水槽の上部を泳ぐ巨体に気が付き絶句

大きさは3m程、体の中心線上部が深い青の肌で下は白い肌、目は黒く半開きの口からは大きな鋸歯状の歯が見えていた

そのサメの名は「ホホジロザメ」

世界的にもこのサメが展示されているのは珍しいく2004年にアメリカのモントレーベイ水族館に展示されていたが他に飼育展示している魚に危害を加える可能性が増えた為海に返したのを最後に水族館では見られない

「…?!ホホジロ…!!」

真樹人は近くにいた係員に詰め寄った

「これ!どこで?!どうやって…」

「定置網に引っかかった個体なんですよ」

「ちょっ…真樹人さん!」

「あ…すまない…でもこれは…」


オオメジロザメやイタチザメにホホジロザメ

これらは比較的大型で攻撃的魚類

しかもシャークアタック事案も多い種類

生気が感じられない目でじっと見つめられた感じ真樹人は思えた

自分の体はもう長くない事を理解している真樹人にとっては彼らは「死」を運ぶ使いに見える


「さっきはあのサメ見て驚いてたのに今度はなに?」

「いや、あの大きなサメは有名なんだよ」

「え?どうして?」

「芽衣は知らないかな?今から40年くらい前に放映されたサメの映画のモデルになったサメだよ、あのデンデンデンデンって音楽かかって人が襲われる奴」

「あーーー!あれかぁ!アタシは女サーファーが海の浮島に取り残されるやつとかシャークゲージのワイヤーが切れて海底で取り残される映画しか知らないなぁ」

「あ、そんなのあったね」

関心しながら芽衣がサメの水槽を覗く

「でも…綺麗だよね、サメって」

「なんとなく分かるかも」

「でも実際は出会いたくないよね」

「実際みると半端ないよ」

芽衣が目を丸くして驚いた

「嘘!真樹人さん見た事あるの?!」

「あぁ、船がぶっ壊れて漂流したんだ、何日も。その時一緒に乗ってた連中が揉めだしたんだ、でも誰も止められなくてね」

「どうして…?」

「水も無ければ飯もない、漂流してる時はなるべく動かない事が正解だったんだ、そんな状態で他人の喧嘩なんて止めないよ、そんなこんなで1人が海に落ちてね、すぐだったよあのオオメジロザメにやられたんだ。海が真っ赤に染まったよ。それを思い出してね…無理やりにでも止めるべきだった」

「なんかごめんなさい、変なこと聞いて」

「別にいいよ、怖い話してごめんね」

「あ、じゃあ今度は可愛いの見に行こ」

また芽衣が手を引く

「ちょ…色々見せてよ」

「いいから!行くよ!」

無理やり引っ張られ外に出てしまった

「外じゃん」

もう芽衣は止まらない

エスカレーターを下りウミガメエリアと書かれた順路の途中でマナティーが水槽で泳いでいた

1492にアメリカ大陸を発見したコロンブスが人魚と見間違えたと言われた海洋性哺乳類だ

水面に散らされたレタスを手のようなヒレで掴みむしゃむしゃ食べている姿がなんとも言えず癒される

「可愛いよね〜」

「うん、これは可愛いね」

「マナティー好きなんだ」

「どうして?」

「優しそうじゃん」

「単純だな」

「あ、バカにしたでしょ?」

「してないよ」

芽衣から目を逸らしマナティーを見ると真樹人に向かって手を振るように見えたマナティーがいた

「手振ってるのかな?」

「そうだよ!真樹人さんの事好きなのかもよ」

「なんだよそれ、あ、そろそろ水槽カフェ順番かもよ。行かないなら置いてくよ」

「ちょ!ちょっと待ってよ〜」

今度は真樹人が先を歩き芽衣がついて行く形で2人は水槽カフェに戻るのだった





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