5話 笹の女
星になれたらという言葉は元来より死人を想う言葉、そして生の束縛から開放されたいと想う言葉として用いられてきた。
私は、そういうことを言っているやつに7月ぐらいに出会えたらこう言いたい。
「なああんた、星になりたいならベガかアルタイルの惑星になってきてくれねえか?」
学校の屋上、フェンスを越えた先にいる、顔すら知らない制服の女は死んだ目で振り返り、口をぽかんと開けていた。
「止めに来るのが普通だと思うな……」
死んだ目のままその女は少し笑った。涙も見えたような気がした。
風のせいで無駄にセーラー服が映える。飛行機雲と多すぎない空は、思わず一眼レフを買ってきてでも撮りたいほどキレイな画だった。
「他人の命なんて正直考えていたら時間がもったいない。それにお前が死にたいのならそれを止める権利は私にはない。命は個人の所有物だ。」
「あとそろそろ7月7日だ。笹に短冊吊るして20光年前後の距離まで届くとは到底思えない。それなら星になりたいやつに短冊もたせたほうがよっぽど早くて堅実的な方法だ。」
「酷い人ね。短冊はあるの。」
「『世界一の幸運を持つ男になりたい』ベガもアルタイルもまずはため息を付くだろうね。」
女はフェンスから私を見ずに右手だけを差し出した。
私は短冊を差し出す手に置いた。
死のうとする人間に思うことではないが、ややもったいないと思える綺麗な手だった。
「あなたは神さまだったりするの?」
「お察しの通りイエスでも天照でも仏陀でもなければ空飛ぶスパゲッティーモンスターでもないが。……しかし、干渉を避け自分の世界だけで生きるという点においては性質上似たようなものがあるかもしれない。」
「そう。だからかもね……。」
「遺言は?」
女は涙を流していた。流れた涙は太陽の光を画面反射して、美しく輝いていた。
「私を押して。」
「嘱託殺人は犯罪だ。」
「いいじゃない。誰も見てない。」
「前述の通り……」
「ギブ・アンド・テイク、あなたなら好きな言葉でしょ。」
女は少し怒っていた。
たしかに私の好きな言葉だ。対価なしに利益を得るのはリスクがある。
仕方ない。
「織姫と彦星によろしく。」
女は悲鳴すら上げずに落ちていった。
彼女の涙は美しく宙で輝き、すぐに消えていった。
廊下でこじんまりとした笹に、明らかに過重労働であろう数の短冊が付けられていた。
そんなのを横目に、騒然としている教室へと戻った。
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