3話 存在しないロッカールーム

舞台と帰宅の間の通過点に過ぎないはずのロッカールームは、案外大事な存在だったのかもしれない。

ロッカールームが消えてしまったこの世界では、さまざまな衣装を纏った人々が引きり笑いで歩いている。

サッカーユニフォームやピエロの仮装、血のついた手術着や引きずられて汚れたウェディングドレス。

着替えられない彼らは衣装に縛られ続ける。


一部の人はこう言っている。見た目で何をしている人なのか、どういう人なのかが一目でわかると。

サッカーユニフォームの人はやはりサッカー選手だし、ピエロの仮装の人はやはりピエロである。

血のついた手術着の人は外科で、ウェディングドレスの人は……””だろう。

しかし何故だろう?笑っても泣いても、そこに感情があるように感じられないのは。

いや、笑っている時の感情や泣いている時の感情以外の感情しか感じられない。


存在しないロッカールームの防犯カメラには、泣く人や笑って喜ぶ人が写っている。

そして皆、出る時にはなんともなかった顔をして出ていく。

サッカーユニフォームの人は悔しがりながらも淡々とユニフォームを脱いで行ったし

ピエロの仮装をした人は何かに押し殺されてきた感情を静かに涙として流して、着替えを済ませた。

血のついた手術着を着た人はマスクで隠した笑みと握り拳で、成功を祝ったし

ウェディングドレスの人は、目線が定まらない様子で喪服に着替えていった。


ロッカールームさえあれば、サッカーユニフォームの人もピエロの人も、手術着の人もウェディングドレスの人も、引き攣り笑いじゃなくてちゃんと笑顔になれていたかもしれない。

そう思いながら引き攣り笑いで今日も空中ブランコから落ちてみせる。

今日だけはタネも仕掛けもない、最高のショーだ。

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