春宵、澄み渡れ。

初瀬

第1話

 深夜十二時。いつもの神社の境内に集合。


 「零矢れいや

 「おう」

 満点の星空の下、左手に煙草を挟み、零矢は軽くこちらに手を振った。ちょっと吸って、ハーッと煙を吐く。煙が闇に溶け込み、独特の匂いが香織かおりの鼻をついた。


 「あんた、煙草やめるって行ってなかったっけ?」

 「やめるやめる。そのうちな。」


 零矢はこちらを見ずに、暗い林の方を見て、また煙を吐いた。そんな気無いだろ、と香織は心の中でツッコんだ。


 「優理ゆうりが嫌がるわよ」


 その名前を出した途端、零矢の端正な顔が歪む。手元の煙草を携帯用灰皿に入れると、何事も無かったかのようにジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。香織は嘆息して、仕方ない奴ね、と呟いた。

 「分かってるなら、直ぐにでもやめなさい。二十歳でもない癖に。」

 「わーってるよ」


 昔からのやり取りだ。零矢がやらかし、香織が叱り、優里が二人を宥める。香織、優理、零矢は小学生からの幼馴染。別々の学校で高校三年生になった今でも、こうして夜の神社で集う。


 零矢は高校に入ってから煙草を吸い始めた。だが、その姿が妙に様になっていて、密かに憧れている同級生も多いと言う。肺を悪くして、早死にしても、優理に一緒に謝ってやんないから、と香織はいつも思っていた。


 「あいつ、遅くね?」

 「そうね。また、調子が悪いのかしら。」


 優理は名前の通り優しく、秋の空の下、穏やかに微笑んでいるような男だ。全体的に色素が薄く、細い腕や首から儚い印象を受ける。


 優理と零矢は、互いに唯一無二。親友、相棒、家族…そうだな、二人の関係を言い表す言葉は沢山あるが、やはり一番当てはまるのは、「とにかく大切な相手」と言うことだ。


 香織にとっても優理は唯一無二だったが、零矢と優理の持つ雰囲気は特別で、二人一緒にいることが当然だと、香織の方から自然に納得してしまうのだった。


 「ごめん!遅れた」


 小さく息を切らしながら、優理は薄い肩を上下させていた。…やはり、以前見たときよりも顔が青白い。目の下に隈もあるようだ。


 「…なンかあったか」

 「ううん。何でも無いんだよ。何でも無いから、しんどいの。」


 言っている内容に反して、優理はにこっと笑って言う。零矢の細い眉が顰められた。いつものことながら、香織は心配になる。優理がいつか、誰に何も言わずに消えてしまうのではないかと。


 「…私達に出来ること、ある?」

 「じゃあ、今日は一晩中話してたい。最近寝れないんだよね。」

 「そんくらい余裕だわ。ね、零矢。」

 「ったりめぇよ。」


 虫の鳴き声が聞こえる。生温い風も、オレンジ色の電灯も、街の明かりも。この神社では、その何もかもから断ち切られているようで、安心した。

 この神社に一つだけ付いている電灯の下が、三人だけの、秘密の場所だ。夜の神社には誰も来ない、電灯も、いつも消し忘れているのかここだけしか付いていない。


 「そうだ、この前あった話なんだけどね…」

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春宵、澄み渡れ。 初瀬 @toji_2929

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