(3)
アンはダダイ氏に異様なほどに懐き、好意を寄せている。
しかし当たり前だが、のべつまくなしにそのような態度を取っているわけではない。
あからさまな好意を見せているのは、ダダイ氏の知る範囲では己にだけで、それ以外にはなんとも無関心だった。
「アンタ知ってる? あの子、学校では結構モテるんだよ――」
と、ダダイ氏に教えてくれたのはアンが通う学校でスクールカウンセラーをしているレメ先生である。
「偶然にも」レメ先生とダダイ氏は旧知の仲で、アンの学校での様子がまったく見えないことに気を揉むダダイ氏に、レメ先生は仕方なく断片的に教えてくれたのだった。
その口調は、完全に面白がっている様子だったものの、意外にも――というと失礼だが――スクールカウンセラーという職に就いている者に相応しく、一から一〇までダダイ氏に告げ口するような真似はしなかった。
完全に、娘ができた父親のようなダダイ氏を面白がっている様子ではあったが。
「もっとあの子のことを知りたいなら、あの子と直接話をしたほうがいい」
……そんな風にダダイ氏を促したのも、レメ先生だった。
と言われたものの、ダダイ氏がアンに学校でのことを聞いても打てど響かぬ太鼓のようで、アンがいかにダダイ氏以外に無関心なのかが知れただけだった。
それでも根気よく尋ねることを繰り返したダダイ氏に対し、応えて言語化してくれたアンによると、曰く「面白いことはなにもない」。
「学校なんて辞めたい」――と言われたときにはダダイ氏も心配したが、なんてことはない。ただ日中、学校に行っている時間もダダイ氏と一緒にいたいという理由だった。
学校に嫌なやつがいるとか、教師のやりかたに不満があるとか、いじめられているとか、そういう理由から発せられた言葉ではないことを確認して、ダダイ氏は胸を撫で下ろした。
アンはそのミステリアスな美貌で他者から関心を向けられているが、どうにも本人はダダイ氏以外にはとことん無関心な様子。
だから、友人なんてものはいないし、さりとてその現状になんら不安も感じないわけである。
ダダイ氏とて、アンに対して無理やりにでも友人を作れと説くつもりもなかったし、己の人生においても友人を作ることに強い必要性を感じたことはなかった。
ただ――しかし、アンはあまりにもダダイ氏以外の他者に対して無関心すぎる。
だから、今のアンには学校という場は必要ではないかと思った。
狭い場ではあるが、多少なりとも社会に接し、社会性を身に着けて欲しいと、ダダイ氏は己を棚に上げて思ってしまった。
――これも親心というものなのだろうか……。
しかし親がその人生でできてもいないことを、できもしないことを、子に求めるのはよろしくない。……ダダイ氏はアンの父親ではなかったが、すっかり父性のようなものが芽生えていた。
なので、自分がいなくなったあとはどうするんだ――と、ダダイ氏はアンの行く末に気を揉む始末。
なにかに依存すること自体は、度合いにもよるもののダダイ氏は否定しない。
しかしなにかひとつのものに深く依存するのはあまりにもリスキーだとダダイ氏は思う。
今のアンはまさにそうで、ゆえにやはり彼女には学校という場は必要ではないかとダダイ氏は考えるのだ。
なので「学校を辞めてダダイ氏と一緒にいたい」というアンの要望は却下した。
アンはがっかりした様子だったものの、傷ついた顔ではなかった。そのことに、ダダイ氏は少しだけ安堵する。
最終的には静観を決め込んでいたアンルルングも表に出てきて、「まあなにかの足しにはなるだろう」と、説得する気があるんだかないんだかよくわからない言葉で、アンは学校に通い続けることになった。
「なにか嫌なことがあったら言いなさい」
――とダダイ氏はアンに言っておいたものの、今のところアンが学校生活についてなにか言ってくることは一度としてなかった。
それは未だにアンにとって、ダダイ氏以外はどうでもいい存在であることの証左のように、ダダイ氏には感じられた。
言ってくるにしても、ダダイ氏の作ったお弁当がおいしかったとか、結局はダダイ氏に由来する出来事なのだから。
もう少し社会性を身に着けたほうが、アンの将来のためになるのではないだろうか――。
ダダイ氏はそう思いはするものの、自らを省みればそう社会性があるとも言えないために、そんなお説教じみた言葉をアンにかけることなどできないのであった。
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