第一章 天才との出会い

 20XX年 春——。

 

 新学期が始まった。高校二年生。俺、田中宏は、少し冷たい風が吹き抜ける通学路を歩いていた。特に目立つこともない、どこにでもいる普通の高校生。身長も成績も中くらいで、特別な才能もない。そんな俺にとって、この新学期も、何の変化もない日常の延長線上に過ぎなかった。

「また、今年も変わらない一年が始まるんだろうな……」

 ぼんやりとそう考えながら、校門をくぐる。校舎の窓からは、柔らかな朝の光が差し込み、教室の中を照らしていた。クラスメイトたちが談笑しながら新しい教科書を見せ合っている様子を横目に見つつ、俺は自分の席に着いた。


 すると、突然ドアが開き、元気な声が響き渡った。


「おはよーっ! 今日は新しい人が来るってさ、みんな知ってる?」

 その声の主は、神楽坂陽菜。彼女は俺と同じクラスで、どこか異質な存在感を放つ変人。陽菜は自分のことを「ボク」と呼び、いつも活発で、何か面白いことを見つけては周囲を巻き込むタイプの女の子だ。

「新しい人? 転校生でも来るのか?」

 俺が問いかけると、陽菜は、ニヤリと笑って教壇を指差した。

「その通り! さっき聞いたんだけど、すっごい美人で頭のいい子が転校してくるらしいよ!」

 そんな噂を聞いても、俺の反応は至って普通だった。転校生が来ることなんて珍しくもないし、特に興味もなかった。けれど、陽菜の興奮した様子に少しだけ期待が膨らんだのも事実だ。

 その時、教室のドアが再び開き、静かに一人の少女が入ってきた。彼女はショートの黒髪を揺らしながら、教室を見渡してから無言で立っていた。クラスメイト全員の視線が彼女に集中する中、俺もその視線に引き寄せられるように彼女を見た。

「みんな、紹介するよ。今日からこのクラスに転校してきた、西宮美鈴さんです」

 教師がそう言うと、美鈴は一歩前に出て、深々とお辞儀をした。その瞬間、教室の雰囲気が一変した。彼女はまるで別の世界から来たような、そんなオーラを放っていた。

「西宮美鈴です。よろしくお願いします」

 その声は冷静で落ち着いていて、どこか冷たい印象を与えるものだった。西宮は教壇の前で一瞬だけ俺たちを見つめると、そのまま無言で空いている席に向かって歩き出した。

「やっぱり、すごい美人だねぇ」

 陽菜がそう呟いたが、俺はその言葉には同意できなかった。確かに彼女は美しいけれど、どこか鋭い眼差しに隠された何かを感じたのだ。


 そして、西宮は俺の後ろの席に座った。授業が始まり、教師が教科書のページを開くよう指示した時、俺は後ろを振り返って、彼女に声をかけるべきかどうか悩んだ。


「……田中宏です。よろしく」


 結局、簡単な挨拶しかできなかった俺に対して、西宮は少しも感情を表に出さず、ただ冷ややかに頷いただけだった。その表情は、どこか他人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出していた。


 昼休み、陽菜が俺のところにやってきて、楽しそうに言った。

「ねぇ、宏! さっきの子、面白そうじゃない? ボクっ子魂が燃えてきたよ!」

「そうか? あんまり話しかけたら嫌がられるんじゃないか?」

「そんなことないって! ボク、ちょっと話しかけてみるよ!」

 陽菜はそう言うと、さっそく西宮の方へ向かっていった。

 俺はその光景を見ながら、西宮がどう反応するのか興味津々で見守った。

「西宮さんだっけ? ボク、神楽坂陽菜! よろしくね!」

 陽菜の勢いに押され、西宮は少し驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な顔に戻った。

「……よろしく」

 そのやり取りを見て、俺は少し安心した。西宮が完全に他人を拒絶するわけではないことが分かったからだ。

 

 その後、西宮と陽菜の間には、微妙な距離感がありながらも、少しずつ会話が生まれ始めた。陽菜の無邪気な振る舞いが、西宮の冷たさを少しずつ溶かしていくように見えた。

 

 放課後、西宮は一人で校庭を歩いていた。陽菜は彼女の後を追いかけて行き、俺も自然とその後をついて行った。校庭のベンチに座った西宮に、陽菜が、にこやかに声をかける。

「西宮さん、何してるの?」

「ただ、少し考え事をしていただけよ」

「ふーん。ボク、つい気になっちゃってさ」

 陽菜の無邪気な問いかけに、西宮は少し微笑んだ。そんな彼女の表情を見て、俺は心の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。もしかしたら、彼女はただの冷たい人間ではなく、何か深いものを抱えているのかもしれない。

「あ……。田中君。どうしたの?」

 西宮が不思議そうな目で俺を見つめていた。

「西宮さん、君は何を考えているの?」

 不意に口から出た質問に、自分でも驚いたが、西宮は意外にも真剣な顔で答えた。

「……」

 少しの沈黙の後、続けた。

「私は自分の進むべき道を探しているの」

 その言葉に、俺は共感を覚えた。凡人である俺には、彼女のように未来を真剣に考える力がないと思っていたが、同じように自分の道を模索する彼女の姿に、自分の中に眠る何かが目覚めたように感じたのだ。

「……俺も同じだよ。凡人だけど、俺だって自分の進むべき道を探しているんだ」

 その言葉に、西宮は驚いたように俺を見つめた。彼女の冷たい眼差しの中に、わずかに温かさが感じられた瞬間だった。

「田中君、あなたはただの凡人じゃないかもしれないね」

 この出会いが、俺の平凡な日常を大きく変えることになるとは、この時の俺にはまだ知る由もなかった。そして、西宮と陽菜と共に過ごす日々が、俺にとってかけがえのないものとなっていくのだった。

 

 こうして、平凡な俺、天才の西宮、変人の陽菜という異色の三人が織りなすドタバタ青春学園ストーリーが幕を開けた。この日常が、いつしか非日常へと変わっていくことを予感しながら——。

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平凡な日記 TAKAHIRO | Vlogger @takahirovlog

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