海へ行こうと思った。

藤泉都理

海へ行こうと思った。




 海へ行こうと思った。


 腰を悪くした師匠の代わりに海へ行って、タコを捕獲してくるのだ。


 無理だ行くな。

 布団にうつ伏せになりながらも必死に引き止めようとする師匠に、大丈夫だってばと笑顔を向けて、俺は家から飛び出した。




 夏至。

 一年の中で一番昼が長い日。

 田植えの時期と重なる事から、稲がタコの足のように確りと根を張れるようにとの願いも込めて、タコを食べる所もある。

 俺の師匠もそうだ。

 農業を営む師匠は、一年に一回、海へ行って、タコを捕獲して、丸焼きにして食べるのである。


 今年、あろう事か、この日に腰を痛めてしまった師匠はけれど、這いつくばりながら海へ行こうとした。

 毎年毎年、欠かさず海へ行って素潜りでタコを捕獲して、丸焼きにして食べて、願掛けをしてきたのだ。

 この行事は死ぬまで続けるのだ。

 茹でたタコのように顔を真っ赤にさせて、師匠は吠えた。

 だったら。

 俺は言った。

 だったら今年は、俺が代わりに行くよ。

 おまえはカナヅチだろうが。

 俺は弟子だよ、いつかタコを捕獲しに行く日が来ると思って、アカウミガメにお願いして、泳ぎの練習をしていたんだ。

 おまえ。泳げるようになったのか。

 ううん。でもきっと大丈夫。


「止めろおおお!!!海を甘く見るんじゃない~~~!!!」


 師匠の叫びを背に受けながら、俺は海へと向かった。












「止めとけ。ぼうや。まだ泳げないおまえさんが、いや、どんなに泳ぎが達者なやつでも、人間がこの荒れ狂う海に入ったら、待ち受けているのは、死、だけだ」

「………師匠に。俺が捕獲した、タコを、食べて、ほしかった」

「来年は、来年こそは、泳げるようになって、師匠と一緒にタコを捕獲しろ。今年は、拙者に任せろ」

「アカウミガメ~~~!!!」


 俺は荒れ狂う海の中に果敢に、そしてゆっくりと入って行くアカウミガメの名を叫ぶ事しかできなかった。











「アカウミガメ。助かった。ありがとうな」

「本当にありがとう。アカウミガメ」

「「でも、タコの足が全部ないんだけどどうして?」」

「てへ。ごめん。我慢できなかった」




 足がないタコでも無事に稲は実ったが、来年は師匠と一緒に海へ行こうと思った。












(2024.6.21)



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海へ行こうと思った。 藤泉都理 @fujitori

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