第3話

 思うに、黒宮彩淑くろみやあすみは昔から美少女であった。


 少したれ目気味の大きな瞳、ふっくらとした唇に、鼻筋の通った美人顔。身長は女子の平均よりやや高いくらいで、全体的に細身である。


 やはり、傍目から見たら文句なしの美少女である。

 

 しかし、そんな美少女が「女として見れない」とまで言われる所以ゆえんは、その性格にある。


 一言で言うならばがさつ。


 言動も荒っぽく、他人の目を気にしないで豪快に笑う様はまさに野蛮人。世間話をしていると流れで拳が飛んでくる、そんな子だった。


 中学時代、彼女は少し浮いていた。


 その容貌からは考えられないほどの粗雑な性格に、皆一様に距離を置いていた。


 かくいう俺は、幼馴染という縁あってか、三年に上がるまでは普通に交流があった。


 休み時間はだらだらと駄弁ったり、家の方向が同じだったから一緒に帰るなんてこともよくあった。


 だが、三年に進級してからはその交流がすぐに途絶えてしまった。


 明確な理由があるわけではない。ただ、なんとなく。初めてクラスが離れて、その流れで。


 俺は元来臆病なたちで、友人を遊びに誘うことは愚か、自分から話しかけに行くことにすら葛藤してしまうほどだった。


 黒宮を嫌いになったわけでもなく、まして距離を置きたいだなんて思ったわけでもない。それだけは断言できた。


 けど、臆病な俺は黒宮との関係を手放してしまった。


 そのまま月日は流れ、互いの進学先も知らぬまま、俺たちは高校生になった。


 高校生になれば何か変わるかもしれない。


 漠然と胸の内にあった淡い希望も、ただの幻想に過ぎないのだと気づいたのはつい最近のこと。


 高校生になってだいたい一ヶ月が経った。そんな折、俺は黒宮彩淑と再び出会った。


 彼女はとても綺麗になっていた。


 あれだけ頑なに伸ばさなかった髪を伸ばしていたことにも驚いたが、何より彼女の淑やかな立ち振る舞いが俺に衝撃を与えた。


 何があったのかは分からない。ただ、一年という時間は人を変えるには充分な長さなのだと思い知った。


 黒宮彩淑は変わったのだ。その名と見た目に恥じない、高嶺こうれいに咲く鮮彩せんさいな花に。


 ……と、思ったのだが。


「あ、四季しき。おはよ。酷い顔してんね」


 朝、玄関のドアを開けて外に出た瞬間、家の前に立つ少女が不躾にもそんなことを宣った。


 前言撤回。その実、こいつは根っこの所は大して変わっていない。


 ……てか、なんで居んの。驚き通り越してむしろ怖いんですが。


「……おはよう黒宮。で、そんなとこで一体何してんだ」


 というか何しに来たんだ。家に来るにしろ事前に連絡をだな……。


「やっぱり見てないんだ。……送ったじゃん」

「何を」

「朝話したいことがあるから家行くねって」

「……すまん、気づかなかった」

「はぁ。次からは見るように」


 一応連絡はしていたらしい。

 

「てか、寝不足? 隈やばいよ」

「ちょっとな」

 

 昨日の夜はついつい色々考え込んで夜更かしをしてしまった。


「ちゃんと寝なよ」

「……おう」


 主にお前のせいだよ!


 放課後急に呼び出されたと思ったら、「明日から監視します。他の人には私とは『入学式の日にたまたまできた友達です』とでも言っておけ」とか、よく分からんことを一方的に言われてそのまま放置だ。


 そもそも、「入学式の日にたまたまできた友達」って何だよ。


 昨日一緒に黒宮を見に行った仲谷なかやにその言い訳は通用しないだろうから、どうすれば良いんだと思い悩んでいたというのに。


「何ぼーっと突っ立ってんの。早く行こうよ」

「……そっすね」


 俺はため息一つ吐いてなんとか溜飲を下げ、駅に向かって歩き始める黒宮の背中を追った。




「で、話したいことって何だ」


 駅に向かう途中、前を歩く黒宮くろみやの背中に問いかける。


四季しきって何組?」

「九組だけど……まさか、それだけのためにわざわざ家来たのか?」


 俺の疑問に黒宮はわざとらしくため息をついて見せた。


「はぁ、違うっての。そもそも、四季がメッセージ見ないから来たんだし。出てくるのも遅いし、待ちくたびれた」

「……すんません。てか、それならインターホン鳴らしてくれれば俺もすぐに気づけたのに」


 言うと、前を歩いていた黒宮の足が止まる。


 かと思えば、またすぐに歩き始めた。


「……その、なに? 朝だし、史華ふみかさんに悪いじゃん。気使わせるだろうし」


 うちの母親はそんなこと気にしないと思うが。なんなら喜びそうだし。


「てか、その話はもういいから! とりあえず、九組ね。今日行くから」


 強引に話を切り上げる黒宮。


 以前の黒宮なら、そんなこと気にせずにうちに上がり込んできただろうに。……こいつもこいつで、根っこのところも少しずつ変わり始めているのかもしれない。


「行くって、どうするつもりなんだ」

「昨日言ったでしょ。監視よ監視」

「その監視ってやつだよ。どうやって俺を監視するんだ?」

「それは……見張る、とか?」


 ……こういう大雑把なところは、中学時代から何一つ変わっていない。


 漠然とやりたいことだけ掲げて、具体的に何をするかは決めていない。


「例えば教室の外から見張るにしても、そんな離れてたら俺が何言ってるかなんて分からんだろ」


 気づけば黒宮は立ち止まり、振り返って俺の話を黙って聞いていた。


「黒宮は九組に俺以外の知り合い居るか?」

「……居ない」

「じゃあ仮に、俺と一緒に居ながら秘密を口にしないよう間近で見張るとする。そんなことしたら噂になるのは明白だ」


 こんなことは考えてみれば誰だって分かる。ドヤ顔で語るようなことではない。


「そうなれば、お互い色々と聞かれるだろ?」

「そうなったら……」

「黒宮が昨日言ってた『入学式の日に友達になった』ってやつか? 言っちゃ悪いが、それじゃ他人は納得させられないと思う」


 そもそも話の筋が通っていない。


 昨日は勢いで納得しかけてたけど、少し考えてみたら分かる。余りにも無理がある話だと。


 黒宮がやろうとしてることを簡単に言えばこうだ。


『そいつとは入学式の日にたまたま友達になった。今まで表立って関わったことはないけれど、今日から週に二、三回、教室まで会いに行きます』


 いや、怪しすぎる。絶対なんかあるだろ!


「そもそも今まで何の関わりもなかったのに、急に教室まで来るなんて不自然だ。それでそいつとの関係を聞かれたら『少し前に友達になった人』だ。なおさら怪しいだろ?」

「……確かに」

「俺なら、『こいつら絶対付き合ってるだろ〜』とか思っちゃうね」


 ……黒宮が、「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの、とてつもなく微妙な顔をしている。いっけね、蛇足だったかな。


「……とにかく、俺と黒宮が表立って関わるのは避けた方がいいと思うんだ」

「でも、それじゃ監視ができない」

「……そんな信用できない?」


 何の迷いもなく、黒宮は首を縦に振った。


 ちょっぴり俺のハートが傷ついたのは放って置くとして、俺は続ける。


「……まあそのなに? 言うなれば人目につかなければ、黒宮も監視し放題だろ」


 監視し放題って、自分で言ってても意味わからんな。


「だからその、俺、週に二、三回は適当な空き教室で一人で昼飯食うから、そん時じゃダメか」

「……」


 言っててだんだん恥ずかしくなってきた。多分、耳とか頬とか赤くなってる。


 黒宮は少し黙考した後、口元でぼそりと何かをつぶやいた。その声は余りにも小さくて、何を言っているかは分からなかった。ただ、そんな黒宮の表情が少しだけ嬉しそうに見えた。


「私は別になんでもいいけど」


 一言そう言って、黒宮はまた歩き始めた。


「じゃあ、それで頼む」


 その後、俺たちの間に会話はなく、黙々と駅まで歩いた。万が一人に見られたらということで、俺たちは別々の車両に乗ることにした。


「じゃ、またお昼に」

 

 軽く手を振って離れていく黒宮を見送り、俺も電車に乗る。席はいつも通り空いておらず、適当な場所に立つ。車窓しゃそうから見る景色は、どういうわけかいつもより色づいて見えた。


 

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