第2話

「……遅い」


 腕を組んで校舎の壁にもたれかかる少女が、不機嫌そうな面持ちでそう吐き捨てた。


「すまん……ちょっと担任に呼び出しくらってて」

 

 俺はため息つきながらこちらに向き直る少女に、謝罪と共に遅れた事情を説明する。


 瞬間、彼女の艶やかな長い黒髪が、風になびいた。


「まぁいいよ……久しぶりだね、四季しき


 顔色ひとつ変えずに、黒宮彩淑くろみやあすみはそう言った。


「おう、久しぶり」


 できるだけ今の黒宮を意識しないように、以前のように軽い調子で返す。


 しかし空気がよろしくないな。なんか黒宮殺気立ってるし。ここは一つ、世間話にウィットに富んだジョークも交えながら、アイスブレイクと洒落込もう。

 

「それにしても……」

「で、何で四季がうちの学校に居んの?」


 遮られた。


 お前と無駄話するつもりはないんだと、黒宮はそう言っているらしい。


「えっと……何でと言われましても、俺もこの学校に進学したからここに居るわけで」

「……入試の時居なかったじゃん」

「推薦なんだよ」

「そう」


 い、息が詰まる……。


 おかしい。知らぬ間に可愛くなってた幼馴染との再会(再会と言っていいかわからんが)って、もう少し甘酸っぱくてドキドキするもんじゃないのか。


 違う意味でドキドキはしているのだが。


 俺が先に口を開くことは許されていない気がしたので、冷や汗を拭いながら黒宮の次の言葉を待つ。


「はぁ……」


 黒宮が大きなため息をつく。


 最早この張り詰めた空気に耐えれそうにないので、俺もちょっと一息つきたい。続きは後日予定が合ったらということで、ここいらで一旦解散しときたいところである。


 ただ、ご機嫌斜めな黒宮がそんなことを許してくれるはずもなく、


「四季は私と同じ学校だって知ってたの?」

 

 俺への追及はまだ続く。


「いや、今日初めて知った」

「じゃあ、朝うちのクラスに来てた理由は?」

「……噂を確認しようと思って」

「噂ってなに」

「えっと……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 一番聞かれたくないこと聞いてくれるじゃないの。というか、こういう噂を本人に言うのはどうなんだろう。


「なに」


 これは誤魔化せそうもないな。正直に吐くとしよう。


「……一組に可愛い子が居るっていう」


 数秒の沈黙の後、黒宮が口を開いた。


「……ふーん、そう」


 黒宮の声のトーンが少し上がる。


 なんか嬉しそうだな。髪の毛いじり始めたし。このまま機嫌を戻してくれると助かるのだが。


「あーその、野次馬みたいなことして悪かったな。あーやってジロジロ見られるの、いい気分じゃなかったよな」

「いや、別にそれはいいけど。……てか怒ってるわけじゃないし、謝んなくていい」


 それで怒ってないのか……。


「今日呼び出したのは、ちょっと確認したくて」

「確認?」

「その……ほら、私、中学の頃と少し変わったじゃん?」


 少し、らしい。どこがだ。


「あぁ、そうだな」

「……四季さ、誰かに私と幼馴染だって話した?」


 ……なんだ、そういうことか。


 どうやら黒宮は俺が黒宮の過去を誰かにばらすのではないかと不安になっていたらしい。


 無理もない、知っている身からすれば今の黒宮と以前の黒宮は真逆の存在と言える。

 

 しかし心外だな。俺は人の弱みを誰かに話して笑うような人間じゃない。そこら辺は弁えてるつもりだ。


「言ってないよ。言うつもりもないし」


 これで黒宮も少しは安心するだろう。


 そう思ったのだが、黒宮は微妙な反応をしている。


「……信用できないんだけど」

「なんでよ」

 

 バッチリ決まったと思ったのに。


「だって四季、口軽いし」

「いや、そんなことないだろ」


 俺は誰かの秘密を平気で他人に話すような人間じゃないぞ。というか、秘密を教えてもらえるほど誰かと親密な間柄になったことがない。


「まじ? 自覚ないの?」

「ないけど……」

「軽く引くわ」


 引かれてしまった。


「ほら、小学生の頃。私が家の花瓶割ったとき」


 ……たしか俺が黒宮の家に遊びに行った時のことだっけ。いつもの調子で家ん中走り回ってた黒宮が机にぶつかって花瓶を落とした……みたいな話だったはず。


「それがどうかしたのか」

「覚えてないの? 言わないでって言ったのに私の親にチクったじゃん」

 

 いや、それは黒宮が悪いんじゃ……。というか、話の流れで口を滑らしたかもしれないが、俺は別にチクった覚えはない。


「他にも私がよく教科書忘れてること親に言ったり、色んな秘密ばらした」


 これは、俺が悪いのだろうか。


「そ、そうか。ごめん」


 まぁ多分俺が悪いのだろう。黒宮に何を言っても最終的に暴論と暴力で言いくるめられるのがオチだ。


「だから心配なの。わかる?」

「……はい、よくわかります」


 しかしなぁ……そんなこと言われても、こっちとしてはどうしたらいいのか分からん。俺ができることと言ったら、できるだけ黒宮関連の話をするのを避けることくらいだろうか。


「てなわけで、私はどうすればいいか今日一日中考えた」


 黒宮がなんか語り始めた。


「口の軽い四季をどうやって黙らせるか、ずっと考えてた」


 えらく物騒なことを考えているな。てか一日中って、怖いんですけど。


「そして私は一つの結論に至った。監視すればいいじゃない、と」


 保護観察みたいなもんだろうか。それだとまるで俺が非行少年みたいではないか。

 

 しかし意外だな。俺はてっきり口を滑らせないようにボコボコに痛めつけるとか、脅して何処か遠い場所に転校させるとか、そんな感じの荒っぽい手法で口封じされるもんだと思ったのに。


 ここ一年で黒宮も随分とおとなしくなったようだ。


 幼馴染の成長に、俺は少し感動していた。


「だから、四季には私の友人として振る舞ってほしい」

「すまん。どういうことだ」

 

 俺の記憶が正しければ、「だから」って順接の接続詞だったよな。一体どこが順当なんだ。


「これから定期的に四季のこと監視しに行くから。休憩時間に毎回行くことはできないから、とりあえず今は週に二、三回昼休憩のときに見に行くから」

「あー、うん……」


 ……なんか話がややこしくなってきたような。てか、それって逆効果じゃね?


「それが理由で私との関係を聞かれたときは、『入学式の日にたまたま知り合って、そのとき友達になった』ってことにしといて」


 ……一応筋は通っているのか?


「あと、みんなの前では私のことは黒宮さんって呼んで。呼び捨てだと不自然だから」


 今まで一切関わりがなかった黒宮が俺の教室に来る時点で大分不自然な気もするが。


「話はおしまい。あたしは帰るから、明日からよろしくね」

「……おう、じゃあな。黒宮さん」

「……今はいいから」


 そう言って、黒宮は歩き始めた。


 一瞬、彼女の頬が赤く染まっていたような気もするが、多分俺の勘違いだろう。

 きっと、燦々さんさんと輝く赤い夕日に照らされて、そう見えただけなのだ。

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