がさつな幼馴染が清楚系にジョブチェンジしてた
四代斎粗
第1話
「俺は高校で悲願のリア充になってみせる!」
中学時代の俺が誓った言葉が、ふと脳裏をよぎる。ベッドの上で声高に宣言したあの夜はまだ記憶に新しい。
あの頃は本当にひどい日々を送っていた。なんというか、退屈で、味気ない。いわゆる灰色の学校生活を送っていた。
友達が居なかったわけではない。誰かと遊びに行く機会は多くなかったけど、日常会話に困ったことはなかった。
それでも、満足はできなかった。
そう、俺はもっと……こう、なに? 青い春ってやつを謳歌したかったのだ。ベタなラブコメっぽい日々を過ごしたかったのだ。
もっと簡単に言うなら彼女が欲しかった。
しかたないよ、男の子だもんね。
言わずもがな、中学時代に俺の夢が叶うことはなかった。
だから誓ったのだ。
「俺は高校で悲願のリア充になってみせる!」と。
そして、あれから数ヶ月が経って、ようやく俺も高校生の仲間入り。新品のブレザーに袖を通したときの感動は、掛け値なしに俺の人生で一番のものだった。
四月も終わり、暦の上では晩春の季節。校門から昇降口へと続く並木道を歩く。
俺ははやる気持ちに身を任せて、少し早足で昇降口へと向かった。
*
とまぁ、勢いよく宣言したものの、今の俺の生活に女っ気はない。高校生になったら自然と彼女ができるって聞いたんだけど、もしかしてワザップだったりするのだろうか。
まぁ、焦ることはない。高校生活は始まったばかりだ。
そんなことを考えていると、一人の男子生徒が俺に向かって手を振っているのが見えた。
「おー!
やたらと元気のいい声に手を振り返して、自分の席に着く。
俺がカバンを下ろすと、隣に座る
「なあ四季……知ってるか? 噂のアレ」
「何のことだ?」
全く心当たりがない。そもそも交友関係もあんまり広くないし、噂とかそういった類の話を耳にする機会はほとんどない。
「ほら……あれだよ、一組に居るめちゃ可愛い女子のこと!」
「詳しく」
俺が食い気味に聞き返したのに引いたのか、仲谷はちょっと微妙な反応をする。
「お、おう……」
なんで話題を振った方が引いてんだ。
「はやく」
「えっと、
……黒宮?
「…………」
「どした?」
「……いや、何でもない」
一瞬、理解ができなくて思考が固まってしまった。
黒宮彩淑、それは聞き馴染みのある名前だった。……他でもない、俺の幼馴染の名前だ。
黒宮もこの学校に進学していたのか……?
そのことにも驚いたが、それよりも……仲谷の語る黒宮彩淑と、俺の知る黒宮彩淑の印象が、全く違う。俺はそのことに衝撃を受けたのだ。
俺の知る黒宮彩淑は粗雑で、乱暴で、口が悪くて、冗談でも「全男子が理想とする女の子」だなんてもて
確かに容姿は整っていたが……それを以ってしても余りある性格のドギツさだっからな。
同姓同名の別人とか……ないか。苗字も名前も結構珍しいし。
「おーい、四季?」
「……あぁ、悪い」
「……そんなに気になるなら見に行く?」
*
ということで見に行くことにした。
仲谷と二人で渡り廊下を歩いて、一組の教室へと向かう。
我が校では一年生の教室は一から五組が南館の三階に、六から九組が北館の三階に位置する。
化学室や家庭科室、音楽室などの特別教室は全て北館に集中しており、基本的に俺が南館に行くことはない。
……それにしても一ヶ月弱同じ高校に居て気づかないなんてことあるか? 親同士が仲良いんだし、何かの拍子に小耳に挟むくらいのことはありそうなのに。
黒宮本人とは中三のときにクラスが離れて以来疎遠だったから、本人の口から直接聞くことはできなかっただろう。てか、向こうも俺が居るって知らないんじゃないかな。
「黒宮さん、居るかな……」
仲谷の声を聞いて顔を上げる。
気づけば一組の教室は目と鼻の先にあった。
「……なんか人多くないか?」
がやがやと騒がしい廊下には多くの人影があった。教室の前では何人かの生徒がたむろしており、入り口周辺には軽い
「俺らと同じで黒宮さん目的じゃないか?」
仲谷が何の気なしにそんなことを言う。
「……凄いな」
いやはや、まさかあの黒宮がここまで耳目を集める有名人になるとは。……まぁ中学時代も悪い意味で有名だったけど。
「とりあえず俺たちも早く見にいこうぜ。時間もそんなに無いしな」
「あ、おい」
仲谷が駆け足で人集りに入って行った。俺もその後を追って、入り口から教室を覗く。
「黒宮さん綺麗……」
「彼氏とか居るのかな? 居るなら絶対イケメンなんだろーなー」
「まじで付き合いてーわ」
入り口に群がる生徒たちは、皆口を揃えて黒宮を褒め称えていた。
俺は彼らの視線の先で、凛と咲き誇る一輪の黒い花を見た。
「おい、四季。あの人だよあの人! めちゃくちゃ綺麗じゃね? こりゃあ、噂になるのも頷けるわな」
興奮気味の仲谷が俺の肩を叩く。
確かに、とても綺麗な人だった。
中学時代の彼女からは考えられない、淑やかな美少女がそこに居た。
クラスメイトに向ける柔和な微笑みも、艶のある長い黒髪も、全て俺の知らないものだった。
ただそれでも、髪の長さや立ち振る舞いが違えど、そこにいるのは確かに
ぼーっと見蕩れていると、ふと彼女と目が合った。
「……なぁ、四季。黒宮さん、こっち見てね?」
こちらに視線を向けたまま固まる黒宮。
数秒して、お互い視線を逸らす。
「き、気のせいじゃないか……? てか、そろそろ教室戻んないと朝のホームルームに間に合わないぞ」
「あ、ほんとだ! 急ぐぞ四季!」
「お、おうよ……」
黒宮に背を向けて、俺と仲谷は教室へと急いだ。
*
チャイムが鳴るのと同時に教室へ入った俺達は、担任に注意されながら席に着く。ホームルームが始まる前だったので、遅刻扱いにはならなかった。
「危なかったな、四季」
にひひと笑いながら仲谷が言う。
俺もそれに返して、
「仲谷が見蕩れてたせいだな」
と、冗談混じりで笑って見せた。
「いやいや、四季も大概だったろ」
「まぁ、確かにな」
「ありゃ凄いな……他の有象無象とは次元が違う。俺は生まれて初めて本物の高嶺の花ってやつを見たね」
仲谷は大袈裟に黒宮を称揚して見せる。
いや、あながち大袈裟とも言えないのかもしれない。あれだけ大勢の人間が黒宮を見にきてたんだ、高嶺の花と言っても過言ではなかろう。
しかし本当に綺麗になっていたな……。
以前は「洗うの面倒だから」という理由で髪の毛を頑なに伸ばさなかったのに。今じゃ立派な黒髪ロングだ。
それに容姿だけじゃない。人との接し方も全然違う。
なんだあの溢れ出る淑やかなオーラは。昔の黒宮は言っちゃ悪いがもっとこう、品がない感じだったのに。
俺が黒宮について考え込んでいると、ポケットに入れていたスマホからピロンと通知音がなる。
「やべ……」
「……四季、スマホは音が鳴らんようにしておけと言ったはずだが?」
「すいません……」
担任から本日二度目のお叱りの言葉を受け取った。
俺は慌ててマナーモードにしようとスマホを取り出す。
スマホの画面には「
担任に見つからないように、スマホを机の下に隠しながらメッセージを確認する。
久々に開いた黒宮とのトーク画面には、
『放課後校舎裏』
という、カツアゲしようとするヤンキーしか使わないような恐ろしい文言が送られていた。
さっきまでの淑やかな美少女どこいった。
とりあえず『分かった』とだけ返信して、俺はそっとスマホの電源を落とした。
その日の授業が全く頭に入ってこなかったのは、言うまでもないだろう。
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