数多の人材に囲まれて
──乱世は二つの時代に分けられる。
前半戦は魔力に勝る女達によって行われた術式の打ち合い。
それは旧文明を滅ぼした核兵器と比べればはるかに劣る火力で、銃と比べればはるかに技能習得に時間がかかるとはいえ、たった一人の傑物によって一軍が滅んだリ、一軍が興ったりというバランス調整のミスを疑うレベルに魔境だった。
しかし無効化術式の登場と洗練によって、戦場から女の姿は消える。
後半戦は膂力に勝る男達によって行われた武術の殴り合い。
それはかつての環境と比べれば、遠距離攻撃の全てを禁じた事もあり規模と火力の圧倒的なデフレ。
事実たった一人の傑物がどれだけ強くても、万の人間に囲まれれば負けるのだから、故に
劣化したから滅びなかった。という悲しい事実に──
乱世を生きる軍人の朝は早い。
入念なストレッチやウォーミングアップといった行いは、常在戦場の心構えが無いのか。とニワカやエアプ勢から叩かれるだろう。
だが戦士たる彼らは、鍛錬で怪我する可能性を高めるほうが馬鹿だろう。と鼻で笑う。
事実、いきなり身体をフル稼働させるなど、加重不可に他ならない。
三年先を見据えた努力こそが成功の秘訣だと理解している故に、結果を焦ったり等も二流や後が無い負け犬以外はしない。
そんな余裕を纏った男達の前をひたすら走り込むのは、小さな影達を率いる禿頭の大男。
「へー、今回の指導者はアーノルドさんか。」
「俺、あの人嫌い。アニキも嫌いだよね?俺が嫌いなんだから、な?そうだよな!あの野郎弟をイジメてやがる!」
「いろいろあったからって、メンタルがヘラりすぎだろ。あっ、マー坊面倒な事はするなよ。こっちは夢を託す我が子の成長が楽しみんなんだからな」
戦士達に、俺達にもあんな頃があったな。と初めての戦場を思い出させるは死ぬ気で汗を流す少年兵。
初陣はどんな絶対強者でも、過剰な緊張と恐怖に支配される。
乱世に産まれた男は、余程の障害が無い限り適正の有無に関わらず徴兵される故に、多くが通る道。
週替りで少年兵に指導する教官は将官の中から選ばれる。
理由は、今この場で汗を流す全員が名門の子息であるために、強者に指導をさせる事で保護者の苦情対策。
じゃあお前がやってみろ。の一言で大抵は完封できる事もあり、乱世も未来も実績が一番の盾である事に変わり無き。
そんな責任と共に、真夏の熱を吸収する黒い軍服の前を走るは、特権階級の当主を示す白。
「ムフフ、太陽も天辺まで登ったしお昼にしましょうか。吐いたら、ゲロを口に突っ込むから覚悟しなさい!さてと脱落組のケツを叩きに行かなきゃ♡」
今回の指導者ことアーノルドはノルマ達成組からみれば比較的当たりの部類であった。
未達成組、できない奴にとってハズレしかいないのは古今東西、未来宇宙深海でも変わらない。
そんな中バナナを口に入れたそばから吐き出すのは、この場に不似合いなサングラスとマスクをつけた少年。
従兄弟の隣で口を汚し咳き込むのは、才能のせいか飛び級で二つ年上の中に放り込まれたモードレッド。
やはり幼年期の年齢差はハンディキャップとしては、未来の傑物にとってもあまりに重かった。
だ、大丈夫か?昨日アレに可愛がられたダメージが抜けてないのか?と心配する声に対して
「アーロン。まぁ、流石の僕でもあの可愛がりにはムカついたね。オボボオボボ」
従兄弟の名前をよんだ後に胃液混じりの物体を吐き出す事で、小さな虹をつくりだす。
そんな極限状態に、ハイハイ。とアーロンは一言呟いた後に年上の余裕か、はたまた日常故か従兄弟の口をハンカチでふいてやる。
エヘヘ。と愛嬌いっぱいに笑うモードレッド。
本来なら男らしさの欠片もない馬鹿げた表情に、お前は本当に大物だよ。と強面な従兄弟も嬉しそうに笑う。
親族の仲睦まじい様子をバックに他の少年兵達は、己が食事そっちのけでゲロの処理という汚れ仕事を奪いあう。
「ムフフ。腰抜け共を叩き起こしてから来て見れば、モードレッドをここまで酷使するなんて本当にパイセンには困ったものよね。」
間違いなく目の前で異常事態が起きているにも関わらず、それを日常と思いつつ禿頭を光らせるはアーノルド。
彼の眼前では、伯父上申し訳ありません。ゲロを飲み込まなかった分は別の方法で……と気不味そうな甥っ子。
「アララ、別に構わないわよ。そもそもモードレッドは初陣済ましたら十中八九即退役な訳だし……不敬承知で言うなら初陣すら形式上で済ます可能性があるの。とにかくここにいるどの人間とも立場が違うのだから堂々と特別待遇を受けなさい。ヴァナタ達もそう思うわよね!文句があるなら今言いなさい!」
メチャクチャな差別を肯定する上官の言葉に対して、そんな思いは一欠片すらもありませぬ。と忠節溢れる心清き者達は、目をランランと輝かせながら即答。
いつの時代も、名門の家に産まれる以上の才能は存在しない事等言うに及ばず。
親の七光は神力に最も近いものだから。
甥の未来が明るい事に、心から嬉しそうな反応をするアーノルドの視界に大嫌いな筋肉ダルマが入ってくる。
「おぉ、若手のホープで左官クラスの昇格記録を片っ端から塗り替えているマークさんだ。」
「すげーよな。あそこまで強かったら、名家の娘をレイプしても殺されないですむんだもんな。」
「はい、下品なヒトが来たからお利口なモードレッドは目隠しと耳栓をしようね。」
少年兵が認識する距離なのだから、当然大嫌いなハゲオカマがマークの視界にイン。
流石は武人、一瞬で取捨選択と覚悟を済ませ双方が死線にためらいもなく己が身を突っ込んだ。
二メートルを超えた男二人が組み合うか、組み合わないかの瀬戸際。
「このカマハゲ野郎!やりやがったな。」
年齢差による武術に打ち込んだ時間差が、露骨なまでの練度差となり、重心を無理矢理動かされたマークは当然転がる。
「ムフフ、死になさい。下半身の制御すらできずに女問題を起こした一族の恥。弟アルドレッドに変わって神に祈る時間すらくれてやらないんだから」
アーノルドは相手が特異体質であることを知っている故に、マウントポジションは取らずにフットワークを駆使しながら、隙と頃合いを見計らいつつ、転がった筋肉ダルマにダメージを与える。
あ、アンタは。という短い言葉を残してアーロンは、一瞬で距離を詰められた事プラス技量差故にブン殴られて気絶。
目隠しと耳栓が突如とられ、光と音が感覚器官に再び流れ込んだモードレッドの前には見知った顔の流星系。
「モードレッド君悪いね。見てのとおり、中将殿相手にマー坊が喧嘩をふっかけちまって……止めてくれない?」
スラッとした優男の懇願に対して、勿論いいですよ。と太陽の笑顔で二つ返事をするのはモードレッド。
その様子を見てしまった事もあり、少年兵達は肉壁となるために主の側へ。
伯父上そこまでだ。というモードレッドの発言は禿頭の耳へと綺麗に入っていく。
「ムフフ、モードレッドのおさめる時代に血が繋がっているだけの他人はいらないの?大丈夫コレがいなくなったところでヴァナタの天下は盤石。名付け親のヴァタシが、何よりも国中が心から支える以上揺るぐわけがないわ!!!」
甥のままで説得は無理かと判断したモードレッドは、アーノルド主の命が聞けぬか?と配下に対して灼熱の怒気をとばす。
ガキの怒りごときで本来大人は止まらない……が産まれた場所が高ければ、年も家系図も関係無し。
「ムフ……失礼しました。我が主、この身に思うままの処罰を何なりと。」
私ではなく、公の言動を甥にさせてしまった事に対して、禿頭な大男の精神は揺らいだ故に斜材。
望む対応をしている下に対して、それ以上を迫るのは高みにいる存在としての資質を問われる。
まぁ、そこを外す様な資質ならば、モードレッドの名は歴史書の大部分を占めなかったであろう。
「僕のためを思っての行動であり、武人である以上対立した意見は強き者を優先する。これは当然の事だ。だから伯父上は無罪で決定、裁判の必要すら無し。ささ昼休憩は充分ですし、教官として僕達を磨いてくだされ。」
無論資質に恵まれた者は主として落とし所をつくってのけ。
いつも通りにスッと私に戻せるのは、まごうことなきモードレッドの天倫。
マー坊、ボコボコにされたな。と笑う兄弟子に対して、次は勝つ。と口にする筋肉ダルマ。
その目が、最強の称号に焦がれながらも届かない事を理解した流星系は、そうか。と羨ましそうに呟いた。
──モードレッドを語る上で、こんだけの人材が揃っていれば誰でも勝てる派と、こんな面倒な連中を扱えるのはこの人だけ派に別れ、未来の時代においてたびたび議論となる。
ただ一つ言える事は、彼はどんな時代に生まれ落ちようと……人々の中心で笑顔を振りまいている事は確定であろう。
モードレッドを本気で怒らせた存在との邂逅は、もう少し先の話である。──
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