世界の頂点
──乱世四強の一角にして西の雄グレテン王国。
その強国たる所以は、掘り起こしたロストテクノロジーをそのまま使うだけに飽き足らず、解析し量産する事に成功。
産業革命といっても過言では無い実績がもたらすは莫大な富と、それを下地にした人口増。
かつての旧人類が苦しめられた少子化という事実を、古文書の知識として持っていたが故に……今を駆け抜けねばと言わんばかりに驀進。
ただ質の悪い事に、人工子宮と遺伝子調整技術まで採用してしまった事は後世で叩かれる事となる。
だが、その禁忌によって作られた存在の代表は征服王モードレッド。
そのせいもあって奴隷という言葉を取り繕っただけの労働者達は、名門との開いた差をうめるために遠い未来でさえも裏では禁忌に手を伸ばしていた。──
乱世のグレテン王国には恥部があった。
それは遺伝子調整に失敗した存在が、徒党を組んで占拠したスラム街。
そんな腐臭漂う汚き場所に、いかにも身なりがいいボンボンです。と隠すべき事をむしろ晒す勢いで歩く影が一つ。
もはや身代金の擬人化といっても過言では無い存在。
そして、そんなアホに嫌そうな顔で付き従う影が一つ。
後の征服王と彼の右腕。
すなわちまだ幼きモードレッドとテオは、社会見学と言わんばかりに、それはもう護衛すら連れずドカドカと道のど真ん中を歩く。
「何かコイツら殺気だっているんだけど、とてもじゃないけど国家権力による根回しがされてるとは思えないんだけど……」
怯える乳兄弟に対して、えっ世界の頂点たる僕が何でそんな面倒な事をしなきゃいけないの?と真っ直ぐな瞳で返すは、未来の布石をうつためにきた美少年。
自分より二つ年下な王子様に対して、人工子宮産だからか、コイツの度胸とエゴはイカれてるんだろうな。と差別意識丸出しの冷静な判断を下すのはテオ。
「おっ、そこの君。ここは電気も水道管も通っているようだが、どうやったんだ?腕のいい技師がいるのか?」
そんな乳兄弟の評価なんて、想像もしていないモードレッドは近くにいた、目の焦点があっていない男に疑問を呈す。
アヘへアヘへ。という解答に、薬物中毒なんだろうな。誰がまいているんだろう?まくなら他国にして欲しいな。とマトモじゃない人間に対する興味を失った美少年は思考。
立ち止まったボンボン二人を見逃してくれる程、スラムの流儀は優しくない事もあり当然囲まれる。
「お前らこの方をどなたと心得る。恐れ多くもこの国の王子って」
啖呵をきった従者の言葉をためらいも躊躇も無く右手で遮るはモードレッド。
君達の要望を聞かせてくれないか?という一言に下賎の者達は笑う。
「はぁ、うなモンこっから出ることにきまってるだろう。」
「恵まれた環境のもとに産まれたテメーらに対して何も期待してないよ。王族を語る偽物は死んでどうぞ」
「とりあえず殺さない?それでハンバーグにでもしてさー、皆で食おうよ。腹一杯食いたいよな!」
好き勝手な物言いをするのは、権利を持つ人間として扱われた事が無い存在。
それは想定通りにいかなかったから。という身勝手な理由で創造主から捨てられた被害者の叫び。
──理不尽な悪意を浴び続けた存在が、この世でもっとも尊い感情を世界の頂点に発露するは当然の権利。
事実に悪意の連鎖は未来ですら抑える事ができないのだから──
差別意識の塊であるテオは、税すら収めず不法占拠しているヒトモドキの分際でよくもまぁぬけぬけと。心の中で思っていた。
「ここから出してあげようか?」
そんな状況にも関わらずぬけぬけと口にするのはモードレッド。
当然、馬鹿が隙を見せたな。と言わんばかりに悪意と我欲が、王子様の想像通りこの場を支配する。
「おお流石はモードレッド様だ。さて我らの安住の場はいずこに?吐いたつばは飲めないぜ。」
「ギャハハ、ガキが言質をとったぞ。よし王都ドンロンに出向いてデモ活動と略奪だ。」
「そんなモノより飯なんだけど、衣食住において人命に直結するのは分かるよね?さぁ、腹の中にお入り。」
やんやヤンヤと好き勝手に盛り上がる試作品達とコイツ馬鹿だろ。と言わんばかりに己を見る乳兄弟の表情が、モードレッドには理解できない。
「君達、今すぐ出られると思うのは流石に早計だろ?そもそも空いている土地が無いし」
無責任な王子様の発言にたいして怒号が飛び交う当然。
希望を見せた後に引っ込められれば、怒りや憎しみが増幅されるは必然。
実験品から向けられた悪意に対して、それでも完成品は毅然とした態度を崩さない。
それは王族に産まれたからでは無く、気質すらも調整されたが故の賜物。
「僕が大きくなったら無理難題を吹っかけて、断ったら戦争して他国から奪う。無論君達には僕の手足となってもらうが……欲しいもののために血を流す覚悟は当然あるよな。」
(コイツ本当に実利をチラつかせて人を動かすのだけは上手いな。シレッと散々罵倒した後だから文句も言えない様にしているし……でも将来年下の義兄になるのか何か嫌だな。)
足りないから、満足できないから……だから人の物に手を出し奪う。そんな無法が許された時代。
乱世に産まれたモードレッドの才覚に対してスラム街はざわつき、後に執事を務めるテオは評価を改める。
戸籍が無いうえ、裏切る可能性も高いという数え役満からヒトモドキ達には兵役が無い。
だからこそ、武勲をあげるチャンスの提示に沸き立つのも当然であった。
「そもそも他の人間は、人工子宮産まれの君達をヒトとして扱わないだろうが、だがこのモードレッドも人工子宮産故に信用できるだろ。だから世界の頂点たる僕が成長するまで待て」
好機。と判断した美少年のダメ押しは負の信頼感を纏っていた事もあり、王族を偽りと断じる存在以外に対して、圧倒的な効き目を見せてこの場をおさめた。
ヒトモドキと人が住む場所の境界と言わんばかりに存在する門。
そこから意気揚々と我が家たる城を目指そうとするモードレッドの前には巨影。
テオの前には良くて殴り倒されて気絶、悪ければ痛みにうずくまる門番達。
理不尽の発生源たるは、全盛期等とうに過ぎても尚恐ろしきは元帥の暴力。
超人の二つ名を冠す彼に言わせて貰えれば、職務放棄に対する罰を無能に与えたという建前。
「で?何か言いたい事が、弁明の言葉あるなら聞くが?うん、せめて顔を隠すくらいの努力はしたらどうだ?おい何か言え!おお無傷、もしもテオに何かあったら王族に対してクーデターを決行していた。」
本音はワガママな王子様が、かわいい孫を連れてスラムに行ったという事実に対する八つ当たりでしか無い。
モードレッドは、コレもうどっちが上か分からないよね。イライラするな。と王族の力が弱まっている事に危機感を覚える。
「他国には見えない隠し札が欲し……」
「黙れ!言い訳は聞きたくない。まったく孫娘の伴侶に相応しい漢になってもらうためにも、今から徹底的な可愛がりを行ってやる。ケツの穴を引き締めながら覚悟しろ!」
理不尽に弁明を途中で遮られた上に、突如降って湧いた地獄の時間に美少年の顔は真っ青。
だが天はモードレッドを見捨てていなかった。
「ネルソン元帥、ダイジナ砦から急報です!」
それは南の悪魔達を封じ込めるグレテンの要所からもたらされる。
即ち、最強たるイビルディア帝国に動きがあったという事実。
あれマズクない?と思うモードレッドにも自国を思う心はあった。
己の危機がさったと思えば、国家の危機笑えない冗談である。
「いもしない神を語る不届き者が死んだ以上、十中八九奴は出てきているだろ?で、暴魔の姿は見えるか?」
「暴魔は、暴魔はいるんですか?顔を見た事も無いとはいえ父の敵なんです。死体を辱めてやりたいんです。」
身内の敵を求めるは祖父と孫。
復讐心というブレない感情にたいし、首を横にふるのは伝者。
「此度は侵略にあらず、首都パンデモニウムにて各国の要人を集め、先の世を語りたい。と意味不明なモノでありまして」
そっか。じゃあ女王様や文官達の仕事だな。とガッカリした様な顔で、ハイドは王子様の方を見る。
あれ、これから地獄の鍛錬って事?と逃避しかけた後、逃れられない運命に対して美少年は笑った。
──世界の頂点という馬鹿げた自己評価が、パンデモニウムにおいてズタズタに崩される事をモードレッドはまだ知らない。
事実、後の宿敵は帝位を継ぐかも分からぬ身の上なのだから……比べるのもおこがましい程の待遇差等、幼きモードレッドに知る由もない。──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます