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──乱世の箔付けは簡単だ。

 ただ戦場で勲功を上げ続ければいい、すなわち万人全てが納得する強さ。を証明するだけの、猿でも分かるレベルの単純さ。

 しかし、殴り合いの場は男にしか許されない。

 権利は平等なんだから女も兵役の義務を負え。などという出産を行えない性別の無茶苦茶な理屈を許せば、人口減の渦と少子化の波が国家を揺らすのは想像にかたくない。

 無論出産と育児をしていない下々の女は、去勢された弱い男達と労働に励む。

 イビルディア帝国では、幼いうちから名家の娘に難題をかす風潮があった。

 ただ名門に産まれだけでは、生家に誰もが羨む様な縁談の話は持って来れないのだから。──

 

「年は同じくらいに見えるけど、凄いなーイビルディア帝国は、箔付けのためだけにこんな大役を女の子にさせるんだ。」

 モードレッドの青い目が見据える先では、自分がヒロインだ。と言わんばかりに堂々と目的地を目指す少女。

 その脳内ではファザコン特有の美化された存在が、異形の婚約者を思いっきりぶん殴っていた。

(ありがとう、もういいよ。さっさと脳内から消えてね。)

 緊張をとる。という役割を終えた脳内サンドバッグは静かに消えていく。のを確認し一息。

「大変お待たせしました。ここからはルチア・ルシファーが進行役を勤めさせていただきます。では白服組とある一人を除いた、帝国が誇りし頭脳たる文官の紹介を……」


 司会や進行を誰がつとめるか、何なら式典自体興味のある人間はそうそういないだろう。

 実際に客席の熱は一か所をのぞいて変わらない。

「モードレッド、あの小娘だけは絶対に殺すぞ。いや四肢を切断した後便所に沈めて、王が聖水をかけてやるのも悪くないな。いや他にも……」

 モルガナが燃やす憎悪に、ハイハイ。とそれが妄執で終わる事を察していたのか、適当にあわせるは端正な顔の息子。

 そんな中でも退屈な時間が過ぎる。

 無理もない、乱世を生きた文官の名前など余程の歴史好きでもなければ興味等持たないのだから。

 

「……武官の紹介も終わりまして、続いて神の血に絶対なる忠誠を誓う、ソロモン七十二柱の現当主を発表させていただきます。」

 やっべー寝てた。と口にし目をこするモードレッドの周りで、大いびきをかくは文官達。

 それを給料泥棒が。と口にするのは隙を見せることが許されない武官達。

 貴様も隙を減らしていかねばならんぞ。と憎しみ一つで退屈な時間をこなす女王に、ハイハイ。と欠伸で返すは王子様。

 そんな中でも、バエルの姓を持つ白服から順番にステージへ上がっていく。

「アモン家当主アーノルド。七柱としての務めを願います。」

 己より家格が高いルチアに促され、ムフフ。という笑いともに名前の主は世界を睨みにいく。

(ふーん、不正くじのハゲ頭はアモン家の当主なんだ。へー線二つの金プレだから中将で星は二つか……後で誰が因縁無いから聞いてみよう。殺したい程にムカついたし、いたら焚きつけよう。)

(ムフフ、寝てる人間もいるわネ。まぁ、どうせ全員跳ね起きちゃうでしょうけド)

 他国の王族に物騒な事を思われてる。とは露も知らず、七番目に呼ばれた大男は、甥っ子の前座を務める事もあり、身内の圧倒的な才覚の発露が楽しみ故に、公の場にも関わらず気持ち悪い笑みを隠せていない。


 いくつか名前を呼ばれただけの家名がある中。

「バティン家当主アイザック。十八柱としての務めを願います。」

 かの家と関わり深いルチアの声に会場はざわめく。

「あれ?雷閃の名字変わってない?えっ幼馴染と結婚して子供が三人もいる!ヨシ殺す。惨たらしく殺す。」

「メサクソ足が早くて先輩が何人も殺されたんだよな。それよりもいいなー、幼馴染と結ばれるの。俺は羨まくて仕方ないな〜」

「フットワークもクソうまいし攻撃を当てれる気がしないんだよな。あれ?お前に俺以外の幼馴染っていたけ……あっ、察したよ。菊門をひくつかせて今夜を楽しみにしていろよ。」

ステージに上がった二つ名持ちの流星型に対して、まだ若い身でその圧倒的な才能を使いこなすが故に、同業者である武人達からかなり多くの反応があった。


 七十二柱であるアンドロマリウスの姓が呼ばれ、ステージ上の全員が形式状とはいえ頭を下げる。

 それに対して、会場もまた形式状の拍手で返す。

 暴力が跋扈する乱世とはいえ、建前は治世同様大切にされる。

 多少は興味ひかれる名前があったな。と敵に対して、傲慢に振る舞うは王の資質。

 続きましてとルチアの言葉は想定通りきられ、壇上には暗幕がおちる。


 あからさまの準備時間に対する見返りは、大した驚きすらもたらさなかった。

 はっきり言えば能力があっても常人にはこの程度である。

 それ程までに、他人の興味をひくとは難しいのだ。

 事実、暗幕の半分が上がり、車椅子にのった老人が取引先に微笑む。

「我らが神から遺言をいただいております。宰相としての優れた功績に報いる方法は一つしかないと……相国ブライト・ベルフェゴール。」

 昇格?というのも違うが、車椅子の老人が帝国にもたらした恩恵を考えれば、当然の人事という事もあり、反応は普通。

(あらら、まぁ、ワシは前座だし別にええわ。)

 年を重ねたおかげか才というモノには、使い時があると知るブライトは世界に対して頭を素直に下げる。


「では同じく遺言によって、史上初の護衛者から軍への転属を命じられた」

 リハーサル通りに、ルチアはあえて言葉をきった。

 瞬間、暗幕の一部分が綺麗に吹き飛ばされる。

 ヒラヒラとしたモノに拳をあてて、この結果をもたらす事が難しいのは想像に難くない。

 出来る本人からすれば技量がもたらすただの結果。

「生家の姓を再び名乗り元帥を務めていただきます。ビュート・ベルゼブブ。」

 数多の犠牲者を出した小男によって、会場がざわめき始めた。

 集団戦なら暴魔より強い男は両の手以上にいるが、サシとなるとどんな強者も嫌がる。


 小男と老人がステージから降りたとき、おっ会場も暖まてきたな。と口にしたモードレッドはいそいそと準備を始めた。

 目的は無論式典のジャック。

 自分の名を売るいい機会だと言わんばかりに、とんでもないワガママをしようとする息子に対してモルガナは、グレテンを潰す気か!と怒鳴っていた。

「僕は世界の頂点だ。」

 母を黙らすほどに、モードレッドの言葉と表情は真剣であった。

 我、主人公なり。と言わんばかりに未来の征服王は舞台を目指す。

 ここから始まるは運命への反逆とは知らず。



──終焉と開闢のモードレッド。

 描かれた光景は才を見せつける幼き聖帝の前に、端正な顔をしたモードレッドが啖呵をきった瞬間。

 それは、もう互いの日記にアレの名前を忘れられない自分が許せない。と殴り書く程に憎みあったのは歴史が知らしめる。

 しかし、同じ題材の絵画はもう一つあった。

 描かれた光景は勝ち誇る幼き征服王に、異形のモードレッドが怒りを飲み込む瞬間。

 絵描きとしては全く有名になれる訳が……なってたまるかと言いたくなる立場の女性が書いたにも関わらず、そもそも明らかに視点が反転しているにも関わらずタイトルは同じ。

 その訳は──


「すまなかった。こんな大事な時に離れて」

 異形の従兄弟に、アーロンは頭を深々と下げる。

「僕のためを思っての行動だろ。いいよいいよ間に合った訳だし、眼鏡似合ってるよ。」

 そういいながらインパクトとギャップをつけるために仮面をつけるのはモードレッド。

 マモンの姓を持つ存在に、絶対の忠誠を誓う者達が深々と頭を下げつつ、目を妖しく爛々と輝かせる。

 聖帝の幼体を見たイビルディア帝国の武官と文官達は、本当に諸国は哀れだよな。と嬉しそうに語る。

「皆ごくろう。会場を暖めに行ってくるよ。」

 世界の中心にして乱世の主役。

 宿命に選ばれしモードレッドは舞台へと歩を進める。

 

──同名の聖帝と征服王が狭き大地を取り合う歴史

 黒い太陽と影の月がタイマンで決着をつけ、世界の行く末を賭けたという馬鹿げた事実。

 二人のモードレッドが乱世を終わらせ治世を開く。

 今を生きる人間が享受するは過去の積み重ね。──

 

 

 

 

 

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