7

──未開の時代と異世界を後世に伝えるは、二人のソロモン。という日記。

 その中で最初に目覚めた者は戸惑っていた。

 総勢七十三人もいるとはいえ突如知らない場所にほっぽりだされた恐怖は考えるまでも無い。

 木々を抜ける風が心地良いとは、平時だからこそのセリフである。

 事実、あぁ!!!という叫び声を上げて魔術をぶっぱなすは錯乱者。

 発言した火は燃え移り、次々と木を焦がす事で夜を明るくする。

 何とかしないと他の術式を使おう。と言いながら慌ててるだけあって、再び火の術式を放つ。

 あああ!!!これしか使えないのに!!!と当然の結果たる、燃え広がる大炎に向かって馬鹿でかい咆哮。


「何だ。夜襲か謀反か……って火がついてる?放火は殺人より重い罪な事を知らない奴結構いるよな。えっここどこ?所属はイビルディア帝国。余の名はソロモン。じゃあ記憶障害では無いな。」

 大物なのか、間抜けなのかという判断は歴史的な結果だけ見れば間違いなく前者。

 まだひとであった頃のソロモン・サタンは錯乱している部下の頭に、アミー!と怒鳴りながら拳骨。

 痛い、痛い。と転がる錯乱者を無視して、フォカロル起きろ。と別の配下に往復ビンタ。

「あれ?我が君?何故俺の家に?えっ!パンデモニウムは火攻めにあっているの?マモンの連中が併合の際に最後まで反抗的だったけど……流石にこれはないよー人間がする事じゃない」

 困惑する名前の主に対して、貴様は水の術式が得意だよな?得意じゃなくてもやれ。とソロモンから勅命。

 帝からの支持に応え、森林を灰に変えていく炎を消火したフォカロルの頭をよくやった。とぶってー腕が配下をなでる。

 痛い。といいながらも嬉しそうにする様は主従関係の鑑。


 その時森が燃えていたはずなのに、火が消えるという超常現象が気になった事もあり、見に来たのは鎧を着込んだ衛兵達。

 ひいぃ、化物が人間を食べようとしているっす。と先天的な異形の巨漢を見れば、皆と同じ反応。

 当然背中を向けて逃げようとするが、鎧の重さを抜きにしても、獲物を見つけたソロモンの足は純粋に早かった。

 のわー。という声をあげる被害者が食らったのは、速度差がない限り絶対にできない後ろからのタックル。

 そしてそこから流れるように、背骨の上に膝が置かれ、右手首を稼働限界付近まで押し込まれるは巨重を感じる衛兵。

 それを見た農民はバレる前に王都へダッシュ。

「貴様、何を意味不明な事を言っている。ここはどこだ?所属と名前あと姓があるなら聞いてやる!ちなみに余はソロモン・サタンだ。しまった心が清らかすぎて当たり前の様に自己紹介をしてしまった。」

 加害者の発言は理解できないものが大半、だが哀れな衛兵はある部分で化物の狙いを誤認。

 逃げるためか、忠誠心からかその左手は大地を何度も叩く。

 言葉は通じなくても、降伏の行動は異なる世界線でも共通だった。


「ほえー、ブサイクな面だから心配したけど……ロノウェさんとは言葉が通じるっすね。他の方もいい人だし、女は全員面がいいからオレっちのイチモツでズコバコをしてもいいっすよ。」

 共通言語術式の使い手が、コイツ態度と股間は大物だな。と評価する程に、誤解が解けた衛兵は異世界人と交流を開始。

 すなわち、他のイビルディア人はロノウェに翻訳してもらうか、自己学習をして言語を習得するしか選択肢はない。

 そんな文系の世界で、脳筋とは脳みそが筋肉では無く、筋肉が脳みそなのか。と思いたくなる事象が発生。

 何故なら一番マッチョでガタイのいい帝がヨシ。と自信ありげに立ち上がったからである。

「はいはい、だいたい分かった。余は術式が壊滅的だから共通言語の選択肢はそもそも無いし、この硬い服を着る者と会話が成立すれば完全習得という訳だ……何を震えている。さっさと名前を言え!余は先に名乗ったぞ。」

 短期間で言語を習得するという暴挙に対するは、尚の事バケモノだ。と不敬を口にする不届き者に、やんごとなきお方が肩に手をおいた。

(あっ、これ絶対に生物的に勝てない奴だ!!!)

 シンプルな恐怖に怯えたせいか、オレっちの名前はウリヤっす。言うことを何でも聞くから殴らないで欲しいっす。と言葉が通じたことによって、知的好奇心が満たされたソロモンは満足顔。

「うん、知覚と快楽の螺旋に身を置く瞬間生を実感できる。……皆も聞いたと思うが、この者は言うことを何でも聞くと言ってたよな。」

 質の悪い事に異形なる帝は根っからの探求者気質であった。


 ウリヤの案内が上手いのか、それとも策略か、普通に考えれば後者に決まっているが、ドカドカと従者を引き連れ我が物で、よく分からん国の首都部と思われる場所につくはソロモン。

 ほー、ここはウチよりも建築物が全面的に堅牢だな。詳しい奴に話を聞きたいな。と呟く部下に、嬉しそうに首をふる屈強な帝が感じるは殺気。

 東西南北、建物の上に膨大な数の兵が配置され、間違いなくネズミどころかゴキブリ一匹出れないであろう包囲が完成する。

 不気味なほどに表情が無い様子を、来訪者達が、鍛錬の成果か?と誤認するのは無理もない。

「おい、何だコレは?古文書に載っていた包囲殲滅陣と違って、大多数が少数を囲んでいるぞ。あれ?これでリンチされたら余達は死ぬんじゃ……あ!」

「いやいや、現実的に考えたら多い方が囲むっす、仮に少数が包囲するならどんだけソイツらは強いんっすか?助けてオレっちを人質き!!!……あれ?」

 普通なら現地人を盾に交渉をするのが、ボンクラの思考。

 だがソロモンの直感は、ウリヤにそこまで価値が無いと見抜いていた。

 故にあえて返す事で自分に後ろ暗いところが無い、すなわち一点の曇りなき正義を証明をする。

 

 当然、異形の高潔な態度に包囲する敵も、付き従う部下もざわめく。

 心の隙間を見逃さない事が、上に立つ者の絶対に欠かしてはなら無い資質。

「ここで、もっとも喧嘩が強い者は誰だ。どうした?余の屈強な肉体を見てしまい己との差に、生物としての差に震えているのか!!!ふん男なら闘争をしたいと願うモノなのだがな。」

 不利な盤面で怒らしてどうするんだよ。という声は自信満々な帝の後ろから、絶対に勝ったな。という自信満々な発言は短気で粗暴な王を頂く包囲から。

「いやいや、どう考えてもこの有利状況を捨てるのは本来なら暴挙ですよ。しかし貴方様は別格、ここでも圧倒的な力を見せつけ、史に刻むページを増やしましょうぞ。」

「そうですよ。あんな奇形に王の御手が触れたら汚れてしまいます。だから覇気で、それが無理なら息吹だけで消し飛ばしてくださいね。」

「左用です。集団リンチした後田畑にまいて肥料にすることは間違いなく次点、最良は王自らが屠る事であります。」

 忠誠心だけはある無表情な狂信者達がつばをとばす。

 ソレらの意味不明な論理に背中をおされ、純粋な暴力による闘争を求めていた巨漢、即ち後の全知王ソロモンはゆうゆうと歩をすすめる。

「身体が出来上がってからの朕に喧嘩を売ったものは、間違いなくお前が初めてだ。口だけで無い事を期待する。」

 圧倒的なガタイから放たれた強烈な暴の匂いに、離れてろ。と口にするはソロモン。

 文武両道を地で行く偉大なる帝に対して、ご武運をと配下が告げるのは、主の強さを知っているため。

「その者達を陣形に入れてやれ。」

 頭の悪さと器の大きさを晒す巨漢に、すげーな。と思いつつこの人と外野のモブキャラは絶句。


 一切の憂いが無くなった事もあり、平均身長よりも三十センチ以上高い場所で、二人の視線はぶつかった。

 似た匂いを感じ取ったせいか、双方が浮かべるは笑顔。

 瞬時に、生態系の頂点を争う以上相容れない。という事を理解したため。

 もはや、ヨーイドン等不要。と言わんばかりに双方が間合いに入るや否や、腰の入ったパンチが互いの顔面にぶち込み合う。

 武術の存在しない世界にあるのは、追求された技では無く、闘争本能を感じさせる濃厚な一撃。

 当然、それが生み出すのは馬鹿みたいにデカイ音と、圧倒的な反動。

 ファーストコンタクト、たった一発で互いにとって未開の敵……今まで生きて一番つえー奴が目の前にいると理解したせいか、距離が開く。

「やるな。自分でいうのも何だが、今まで何人もこれで屈服させてきたんだけどな……朕の本気はこんなモノでないぞ。」 

 暴力。という生物の全てが焦がれる本質に、純真無垢たる王は心のままを発し

「ほう、それは楽しみだ。フン半分の力をだしてやるから貴様の全力を持って余を興じさせてみせよ。」

 暴力。という人間の弱さを炙り出す手段に、利用価値を見出した帝はブラフを返した。

 瞬時に二人の顔から笑みが消えた。

 かたや敵の底を誤認した故に本気の表情、かたや自分の全力を信じる静かな表情。

 

(このソロモンの一撃を受けて尚の事半分?そこまで強いならさっさと終わらせた方が……あぁもう考えるの嫌い。)

 敵は、隙を晒している。があえて無視した、後に巨漢の帝が敢行するはタックル。

 それは重心がだの、膝裏だのしょっぱい技術は無い、ただ持って産まれた資質百%故に天然な衝撃……早い話がただの突進や体当たりである。

 だが、当然タックルをきる。等という技術が無い時代、あったところで今回は使い物にならないが、そもそも似たような体格の人間同士なら、余程の勢いでぶつからない限り技術無しで簡単に相手を倒す事などまずできない。

(余のタックルで倒れないだと……)

 事実巨漢二人の距離は縮まっただけであり、腕をふるうのすら億劫な狭さ。

 戦闘択を最初から放棄しているソロモンが繰り出すは頭突き。

 が、と口にし怯んだ異形に対して、本能のままに豪腕が振り切られる。

 真理は強い者に、暴力は純粋な者に従う。と言わんばかりに、腕が振り切られた方へ被害者を持っていき、ホワー!というギャラリーの叫びと共に、近くにいた者が全員飛来物から見を守るために回避した結果……弱き者は城壁に激突。

──雄としての格付けはこの時終了。──


 勝ちを確信した巨漢の王は、フィニッシュブローをぱなした右腕を天に掲げる。

「朕には夢がある。全ての人間が一切の我慢をせずに暮らせる理想郷の建国。」

 ソロモンの理想に対して、それ許したら収集がつかないんじゃ?と主がふっ飛ばされるのすら無視した来訪者からのマジレス。

 このブサイクの言ってる事だけは、何故か分かるな。とロノウェが用いる共通言語述式の素晴らしさを理解するは無表情な現地人。

「何だと!!!……」

 面の悪い来訪者の常識的な発言。

 いつもなら不敬罪と称し、強者である彼は殴り殺していただろう。

「収集がつかない?何故つける必要があるんだ?そもそも暴力の行使、これ以上に生物の喜びがあるのか?朕はこれだけで充分なのだが?」

 だが考える事が苦手な異常者は、そこそこ喧嘩を楽しめた事もあり、とるに足らない小物に対して返答をする程に上機嫌。

 絶句したロノウェが周囲を見回すと、死んだ目で頷く者達。

 圧倒的な暴力による調教に耐えれないのが大多数。

 

 それは間違っている。と否定し立ち上がるは少数派。

 初めてだぞ。と嬉しさを口にした巨漢に対して、血ともに折れた歯を吐き捨てソロモンは疾走。

 再びぶつかる意地と意地は、拳と拳に変換され痛みを生み出す。

 激痛と爆音の中で、頭が冷えた異形は離れ際に膝裏へ蹴りを一発。

 前に崩れたところへ、顎にあわせたアッパーの一撃……からのどこでも急所に変えてやがると言わんばかりに全力で叩き込むはストレート。

 産まれ持った膂力の差か、王を壁際まで吹き飛ばす事は出来なかったが、

「余には夢がある。暴力の行使を前提とする事によって、恐怖で縛り付けた下々民からの搾取を前提とする法治国家の実現。」

 マネをしてやる。と言わんばかりの趣旨返しをソロモンはする事ができた。


「純粋さを失った暴力と人間のどこに真実がある!不純なるお前は間違っている!!」

 立ち上がって早々叫ぶ王の顔は怒り一色。

 嫌われ者に対する視線を哀れむはソロモン。

「子孫に利権も時盤も与えれない……傑物一代限りの理想郷に何がある?事実貴様の部下達はちっとも幸せそうでないぞ。」

 えっ?と単純な王が周囲を見渡す。

 そこには、当たり前に黙って並ぶ能面の様な国民の顔と、自分達の主が逆転し始めた事に喜びソロモンソロモンと大合唱を始める来訪者達。

「いや民草はいつも通りだし、むしろ朕のカリスマはお前の部下すら魅力しているぞ。敵を応援するのは流石に殺した方が良いと思うが?」

「貴様は何を言っている?余の名であるソロモンを叫んでいるだけ……」

 文武両道の異形は何かを察し、モヤモヤし始めた。

「えっ、朕の名前もソロモンだけど!うわー凄い偶然。」

 単純明快な脳みそはその場の感情最優先。

 事実、あっさりと拳を開く命令を出したのは、圧倒的にダメージレースで優位なソロモン王。

──この瞬間男としての格付けも終了──

 その足りない頭脳と、あまりにも清き心に呆れてしまったソロモン帝は、自分より強い奴との喧嘩が馬鹿らしくなっていた事もあり運命を受け入れる。

 生殺の領域付近で殴り合いをした二人のソロモンは、互いの夢を語り合い硬い握手を交わしました。

 これは唯一神ソロモンと七十二人の忠臣が異世界で体験したおとぎ話の触り部分。──



 

 城壁を模したセットの上には二つの人形。

「お前らの像も作ってやると言ったのに、名前を柱に刻むだけで充分と断られたよ。……本当に良かったのか?あ奴らは遠慮とかしてないか、また嫌われてないか不安になってきた。」

「何だ?余の忠臣達がそれでいい。と言うのならありがたいではないか?そもそも余の像が完成したばかりであるし、それを愛でたいのだろう。……貴様は良くも悪くも変わったな。」

「まぁ、それでいいならいいんだけどな。本当にお前が教えてくれた術式と政治によって、朕がおさめる国も豊かになっ……」

 その瞬間、フザケるな。の大合唱が会場中を包み込む。

 そりゃそうだ。と口から出すのは、偽りの歴史を信じるモードレッド。

──七十二の悪魔を屈服させたソロモン王は、全知と思わせるほどの才覚を持って国を富ませ、民草を笑顔にし、世界へ魔術を普及させました。──

 こうして文明の火が灯った。と信じるが故に、未開の時代に全知王が収めた地域を聖地認定。

 すなわち今でいう中央は非戦闘地帯として国際法で定められているのだから。

 戦果の偽造すらタブーしされる時代に、歴史に手をつけ汚そうとする行為は、旧文明でいうゴッドハンド並の暴挙。

 ましてや、いもしない神を事象する愚か者の功績だと、吹聴するイビルディアの人間は詐欺師にしか見えないのも無理は無い。


 鳴り止まない罵声に、せっかく用意したのに。と悲壮な顔で撤収作業をするのは真実を知る者達。

 彼らの、無学文妄なアホでも分かるように人形劇にしよう。という優しさは、たった今木っ端微塵に打ち砕かれたのだ。

 しかし、目に怪しい輝きを携えるはイビルディア人。

 勝利する。という確信の色はそうそう隠せる者では無いのだから。

 止まらないブーイングは暫し続いたが、それ以上の騒音でアホ共を黙らせると、一人の少女が壇上へ、運命の式典はこれより始まる。

──モードレッドが宿敵たる未来の聖帝と邂逅し、一生忘れる事の無い憎しみを背負うまで猶予は残りわずか── 

 

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