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──乱世で最強の国はと聞かれれば、治世いまを生きる人間はイビルディア帝国と答える。

 異なる世界線から来た来訪者達は、南の地を支配していた原住民を完全に滅ぼし後顧の憂いを断つ。

 そこからは己が持つ信仰と意味不明な物語を胸に、約束の地である中央地域に向けて驀進。

 全知王ソロモンによって偶像崇拝が、七十二の柱に囲まれた異形の一つを除いて禁じられた世界。

 すなわち神の存在を完全否定した世界には激震がはしる。

 真実の歴史は友情のすれ違い、そんな事など知らない偽りを信じる者達は、真実の信仰者を迫害。

 それは未開の時代、神のいるいないを巡って起きたくだらない口論の行く末。

 双方が、アイツは正しかった。と歩み寄ろうとした結果、何故かまたすれ違った事実は歴史の流れが持っていった。

 でも紛れもなくそこには友情があったからこそ、混沌とした乱世は未来へと広がっていく。

 狭い大地を生きる人間達にとって、開拓の時代はとっくに終わっている。

 奪いあう時代が始まってから膨大な時が流れた。

 だが、乱世の主人公たるモードレッドの登場によって世界は変わる事を余儀なくされる。──

 



 おっ、すこぶる金がかかっているな。と誰もが思う豪華絢爛なステージ。

 それを囲む様に席がある。

 グレテン王国御一行様。と書かれた札が置いてあるのは、案の定最後尾。

 当然、遠くになればなる程舞台は見えない。

 無論、何の用意も無ければの話だが、当然席には映像端末が用意済み。

 だから文句を言うことすら許されない。

 こりゃマズイな。と口にする母に、ええ裏切り者がいますね。と返すはモードレッド。

 国外に映像技術が流出している。という事実。

 それだけで何の非も無い王族の目は鋭くなり、武官達はホエー帝国の技術も進んでいるな。と間抜け面。

 文官のうち大半の人間がやべーよ。やべーよ。世界の工場ポジションも奪われちまう。と機密が漏れている事に怯え、ごく少数がやべーよ。やべーよ。と自分の首が物理的に飛ぶことを心配する。


 そんな中前の席で暴れだす影。

 思わず目を逸らしたくなる程にブサイクなチビが所属する国は、グレテンと馬鹿でかい因縁のある土地。

「求婚求婚求婚求婚求婚求婚求婚求婚求婚求婚、婚約婚約婚約婚約婚約婚約婚約婚約婚約婚約婚約性交性交性交性交性交性交性交性交性交性交。」

「大変申し訳ございません。今すぐ先程の美しい女性を探させます。」

「大変申し訳ございません。ぼっちゃまの寵愛を受ける未来の奥様をすぐ見つけさせます。」

「大変申し訳ございません。あのお方は暴魔と仲良さそうにしていましたので、周辺を徹底的に調べて敵対させます。」

 気を違えてるとしか思えない存在の側に侍るは三闘臣。

「ボキのジイジもパピーも偉いんだ。だからボキは産まれた瞬間から偉いんだ。ボウマとかいう奴よりも勿論偉いんだ!」

 己より無能で弱き存在に従う。という人間にのみ許された特権。

 グレテン植民地から独立した国家の代表達に用意された席の配置は、無論悪意のもとに元宗主国様より一つ前。

「モードレッド。あの裏切り者達は全員奴隷にしろ。」

「えっ、僕は死刑にしたいんだけど?」

 母と息子が、わざわざ前の連中に聞こえるよう互いの意見をぶつけ合う中、だからモードレッドの方を見るな!必要以上に近づこうとするな!と言っているだろうという叫び。

 公の場で恥ずかしいな。と思った事もあり、おいおい何かあったの?とテオに声をかけるは端正な顔をした乳兄弟。

「丁度良かった。モードレッドが直接言ってやればいい、ライラみたいな下賎な女は王家の血を汚すだけだから、万に一どころか京に一つも伽に呼ばれる事は無い一生死ぬまで皿洗いだと……そもそも姉ちゃんと結婚するのに、側室をとろうなんて思わないよな?」

 ネルソンの一族は本当に拘束がキッツいんだよな。と名前の主は思っていた事もあり

「まぁ、うん。世界の頂点たる僕は世界征服の後に血を撒き散らさないといけないから、君の成長と心構え次第では考えてやってもいいぞ。」

 はぁ?ふざけるな!と驚く乳兄弟と、ハワワ頑張っていい女になります。と口にする名前すら覚えていない下賎の少女に対する興味は、馬鹿でかい騒音と開始を告げるファンファーレでモードレッドの中から消し飛んだ。

(そうだ。この式典を使って僕の顔と名前を売ろう。うんそれがいい、どうせ世界史の表紙はこのモードレッドになるだろうし、よしイビルディアの新しい帝には悪いが噛ませ犬決定。異論は認めない。)

 グレテンの女王モルガナは息子に対して、またコイツは悪巧みをしているな。と思いながらも、茶番が始まったステージを映すタブレットに目線を置く。

 


 それは宗教国家特有の風潮や習慣。

 否それは貴族主義といっても過言では無い見栄と血統の発露。

 人の悪しき部分に一人の少女が呑まれそうになっていた。

 ただ名門に産まれただけで負う責任はあまりにも重く。

 努力したところで、父に愛されるとは限らない。という不安はファザコンの身には辛くのしかかる。

 当然食欲等湧くはずは無く、にもかかわらず酸は上がり、口から吐瀉物を出す程の緊張。

 支度室にいる限り、本番が終わるまでそれらから解放される事は無い。と凡人は考えるだろう。

 その時、ドアにノックする音。

 式典にはまだ早いにも関わらず、鳴らされるという事は……ありえない期待が膨らむ。

「ルチアちゃん緊張しているのかい?大丈夫かい?」

 父の親友が喉から発する音によって、一気に萎みつつも僅かな希望の膨らみは残る。

「すまないな。アイツは即位式典顔を出すなど新たな帝に失礼だと……先帝としての配慮だろう。」

 開けられたドアと優しい嘘で全てを察し、父が見てくれる。という希望は木っ端微塵に砕けた。

 そんな重い空気を察したブライトは、親友の娘に車椅子を己の手で動かし近づく。

 老人の、流れは掴めたかい?という発言に、父が見てくれなくても……ボクは完璧にこなすだけです。とルチアの返答は詰まっていた。


 すこぶる緊張してるし、メンタルは最悪だな。

と確信したブライトにふと気になった事が

「そういえば君の側にいるべき双子の姿が見えないのだが……」

「姉妹揃ってお互いを出し抜くために職務放棄。今頃お互いに自分の事を棚に上げてアーロンさんの前で正妻争いをしていると思います。」

 とんでもない地雷だったこともあり、それなりのカードを切る事にした。

「ルチアちゃん。ワシの車椅子を押してくれんか?どうせここにいても不安は募るだけだろうし」

 その言葉の意味を知る少女は困惑。

「あぁ、気にするな。ワシが愛するオンナは……仕えた主の娘に嫉妬する程度の器ではない。それともそうだと言いたいのかい?」

 女性には死んでも車椅子を押させない。と常日ごろから口にするブライトに、そう言われた以上少女には選択肢が無い。

 支度室から外へ出ると、老人はもっとも明るい場所へとルチアを連れて行く。


 そこは多くの人間が集まっていた。

 ただ名前を呼ばれ、頭を下げるだけの連中は楽しそうに食事をし、あまつさえ飲酒をしているもの

「このクソチビが神の遺言だろうと俺は認めないぞ!グエー」

「親友を侮辱された以上、腕を折らしてもらうぞ。」

「「「今だ!囲んでリンチするぞ。ガハハ死ねぇい!ホベベべべ」」」

 どころか蹂躙をおっぱじめるものすらいた。

 何事であろうと他人の苦労や悩み等、理解はできない。

 事実女に産まれたルチアには、骨が折られてギャァぎゃあ泣きわめく連中の持つちっぽけでくだらない矜持など、爪の垢ほども理解できないのだから。


「あっ、ルチアいい所に来てくれた。リハーサルのヤツは、あんまり盛り上がらない気がしてきたからさ〜。やっぱり前の案で行こうよ。」

 そんな中喧騒の中心にして、死ぬまで少女の人生設計をぶっ壊し続ける異形が、綺麗な音を喉から出し始めた。

「うん、普通は計画を変える方が自分から来るもんだよね……何が丁度いいだ。こっちは完璧にやろうとしているのに、ボクの邪魔だけはしないでね。変なアドリブは駄目だよ。」

 一生懸命な少女の怒り等、鍛錬する教官の怒号と比べればそよ風以下だな。と思い和むモノは後の聖帝。


「まぁ、プレッシャーを感じるというのは、それだけ真剣って事だからね。君の才覚と圧倒的な努力量を考えれば半分程度で合格ラインだ。いつも以上を期待しなければ絶対にうまく行くよ。」

 即位式典の主役は、緊張等無縁と言わんばかりの軽口で綺麗な音をつむぎだす。

「そもそもこんなチョイ役ごときにプレッシャーを感じるような娘を先帝はどう思うかな?そんなの考えなくても分かるだろ?だから会場をガッチリと暖めておいてね。」

 ついでに言えば、ルチアの好意など知らないし興味もない父親が、勝手に決めた婚約者の発言にデリカシーも驕りも無い。

「あぁ、最悪失敗してくれてもいいよ。どうせ最終的には皆が世界の中心たる僕しか見ないだろうし、舞台で一番目立つのは主人公!すなわち僕、これは確定事項だ。」

 こんな良くて傑物、悪けりゃ異常者の妻になったら絶対に大変だろうし、と思考の後。

 何よりも父上以外の男とか絶対に無理だから破断以外の選択肢は無いから。とルチアは告げる。


「あっ、そう別に縁談の話は他も来てるから別にいいけど。ところで、僕の執事たるアーロンはどこにいるんだろう?……ったく影としての自覚をしっかりと持って欲しいものだな。」

 だが好きな顔でも、好みの性格でも無い異形なる新帝の口からは、あまりにも予想外な抜けた音が飛び出す。

「知ってるけどボクが困ってる時に、何の参考にもなら無い事ばっかり言ったから……仕返しで教えてあげない。」

「えっ、何?別に失敗しても良いって安心させたのに、足りなかった?じゃあ司会台を見た瞬間に婚約者の顔を思い出すといいよ。あぁ僕のためを思っての行動だとは本能レベルで分かるけど……そこからが分からないから従兄弟の身が心配になってきた。」

 とんでもなく隙だらけなのに、妙な勘が働く殿方の隣に立つ女性は大変だろうな。とルチアを呆れさせ、そんな未来を想像した故に笑わせる。

 異形が晒す醜態は、未来の妻を緊張から解放するには充分だった。


 だが隙を見せた方が悪い。とばかりにルチアの世界デビューは、乱世の主人公たるモードレッドによってメチャクチャに荒らされる。

 それを知るのは無論式典が始まってからであった。

 

 

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