何かが埋まっている
尾八原ジュージ
何かが埋まっている
小さな一軒家を買い、妻と二人で住み始めた。
ところが妻が言うにはこの家、幽霊が出るらしい。
いわく、誰もいない部屋から足音がする。
いわく、天井の角から女の啜り泣く声が聞こえる。
いわく、風呂に入っていると磨りガラスの向こうを華奢な人影が何度も通り過ぎる。
そのうち妻が、庭にある木の根元を掘り返すようになった。
「占い師に聞いたの。木の根元に赤い宝石のついた指輪が埋まってて、女の幽霊はそれを探しているの」
そう言って、日がな一日中庭を掘る。指輪を傷つけないように、見落とさないように、注意深く素手で掘り返す。
白く柔らかかった妻の手はたちまち傷だらけになり、爪は割れて、洗っても洗っても土の色が取れなくなった。それでも妻は毎日庭を掘る。料理も掃除も洗濯も、趣味の読書や編み物も、ほかのことは何もやらなくなる。へとへとになるまで庭を掘り、力尽きると土の上で寝てしまう。
とうとう庭にあるすべての木の根元を掘り返してしまい、それでも妻は掘るのを止めない。指輪が見つからないからだ。
その夜、庭で眠りについた妻をベッドに運び、枕元でその顔を眺めながら考えた。
家の中は静かで物音ひとつしない。足音も、女の啜り泣く声も、華奢な人影も、私は一度も見たことがない。聞いたり、見たりするのは妻だけだ。
幽霊なんて、妻の気持ちの問題ではないのか。
翌日、私はデパートで赤い宝石のついた指輪を買い求めた。それを庭の楡の木の下に埋め、「夢に出てきた女に、楡の下を掘るよう言われた」などと妻に話してから出勤した。
おそらく妻は指輪を見つけるだろう。そして妻の心に住まう幽霊は成仏する。そういうものではないか。
たびたび時計を見ながら、もう妻は指輪を見つけただろうかとそわそわした。やがて退勤時間を迎えた私は逃げるように退社し、大急ぎで帰宅した。
楡の木の下には掘り返した跡がある。キッチンからはあたたかいスープの匂いが漂ってくる。
「おかえりなさい」
キッチンに立っていた女が振り向く。指に赤い宝石のついた指輪を嵌めている。
妻ではない。
「どちらさま?」
「いやだわ、冗談なんか言って」
女は指輪を見せつけるように片手をあげ、ころころと笑った。
それから妻はいなくなり、妻らしき女が家に居座っている。
女は料理をし、掃除をし、洗濯をし、趣味の読書や編み物をし、たまに意味もなく楡の木の下を掘り返しては、そこに大切なものが埋まっているかのようににこにこと微笑んで、再び埋める。
何かが埋まっている 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます