扱いに困る

 

 美花の酒乱騒動で、桑木はある推測をする。

 美花は、シェアハウスくわきに来る前は、親戚である叔父の歯科医院に住み込んでいた。それは、美花との会話の中で既に知っている。


 歯科医院は、同じ敷地内に住まいも併設されていた。その叔父家族の家で彼女は同居を始めた。

 美花の両親が「よろしく頼む」と歯科医の叔父に頼み込んだと言う。

 叔父にしてみれば、若くて可愛い女性がスタッフに加われば、あわよくばリピート客が増えるのではとでも考えたのか、歯科技工士見習いとして雇った。


 店舗などに際立つ娘が入れば、男客が増える。飲み屋などはその典型だ。歯科医師の叔父がそれを期待したのか?


 所が、美花にまさかの酒癖の悪さがある事を知り、近所の評判を気にして自宅から追い出した。

 歯科医院も評判をきにしなければならない商売である。


 その様な事情で、叔父夫婦は恐らく、美花が住むに適する住まいを探していたに違いない。そこに、不動産会社を回り、シェアハウスくわきに辿り着いた。

 ここなら、住んでいるのは年配者達。また、女性も入居しているので男女間の性的な心配は少ない筈。しかも、入居者たちが互いに監視の役目も果たしてくれそうな環境。

 更に、大家が隣に住んでいるので、何かあれば飛んで来てくれる。

 場所も、歯科医院から二駅程離れているから、美花が醜態を晒しても近隣の目に止まり難い。

 五十嵐美花を押しつけるには都合の良い物件。


 桑木は、恐らく叔父夫婦にそんな算段が働いてのではないかと推測した。それにしても、実花の酒乱は半端ではない。

 何れにしても、実花の為にも再びこんな騒動が起きないように願う桑木だった。


 或る日、シェアハウスくわきでまたまた大事件が起こった。なんと、不審人物が侵入したのである。

 桑木が隣の実室で寛(くつろ)いでいた時だった。彼の携帯に影田昌子から電話が掛かって来た。ヒソヒソ声である。

「今、怪しい男が、一階に居るのよ。怖いから、大家さん直ぐ来てよ。警察にも電話しといた方が、良い?」

「そうだね。そうして。私も直ぐに行ってみるから」

 桑木もヒソヒソ声になって言葉を返した。


 さて、昌子には直ぐに行くと行ったが、木刀などの手頃な棒が手元に無い。桑木は、リフォーム工事の時に忘れていった鉄パイプを想い出した。

(裏に置いたままだったな)

 桑木は、そっと部屋を出て裏に回り鉄パイプを手にして戻ると、そのままシェアハウス内に向かった。


 心の中で、不審者が逃げてもう居ないことを祈りながら、ゆっくりとドアを開けた。その途端、ドアの開く音に気が付いた不審者と、バッタリ目が合った。

「泥簿!」

 あらん限りの声で、桑木は叫んだ。

「ちょっと待って下さい。僕は泥棒ではありません」

 不審者の男は両手を翳し、否定する。

「じゃあ、空き巣か?」

 桑木のテンションはマックス。自分でも何を言ってるのか分からない。


「ですから、僕は物盗りではありません。お願いですから落ち着いて下さい」

「このー、こそドロが!」

 桑木は興奮しすぎて相手の言葉がストレートに耳に入っていない。

 なんやかんやと、殆ど通じない言い合いをしている所に、近くの派出所から自転車部隊のお巡りさんが二人駆け込んで来た。

 

 不審な男は観念したのか大人しくなる。警察官に一生懸命言い訳をするが、二人の警官は有無を言わさず腕を掴んで連行して行く。


 桑木が、大きく溜息を漏らしているところに、昌子が現われた。

「私、怖かった!」

「全くもう。あんな若い時から泥棒稼業かよ。彼奴の先が思いやられるよ」

「ねえねえ。入居者のみんなに、外に出るときには必ず鍵を掛けるよう徹底して」

 桑木も、昌子の要求に頷いた。


 九時過ぎて、シェアハウスに五十嵐美花が帰って来た。

「お帰り。美花ちゃん。今日は大変だったんだよ。此処に泥棒が入ってね」

「知ってます」

 驚きもせずに美花が答える。

「えっ、何故知ってるんだ? 何か盗られていたのか?」

 坂下が不思議そうに訊ねる。

「警察から私の所に電話が掛かってきたの。不審者って、ウチの患者さんだったんです」

「えー? あの若者が?」

 桑木は、まさかという表情をする。


「そうなんです。偶に、ウチの看護師メンバーと飲みにも付き合ってくれるんですよ」

「そうなんだ。でも、何でこの家に泥棒みたいに不法侵入したの?」

 桑木が、被せるように問う。  

「私がね、此処のシェアハウスに部屋を借りているって、話したからだと思う」

「もう、焦れったいな。だからそいつは、何でこの家に忍び込んだのかって聞いてるの」

 坂下はシェアハウス内で一番ガタイが大きく頼りになるのだが、結構短気だ。


「彼が言うにはね、私が住んでいる所がどんなとこだか見たかったんですって。ノックしても返事が無かったので、ドアノブ回したら開いたのでそのまま入っちゃたと言う事らしいんです」

「そうだったのか。美花ちゃんがその男の身元を知ってるなら、別に良いんだけど」

 シェアハウスの男達は、美花の説明を聞いて、一応納得した。


「で、その男は、今夜はブタ箱に泊まるんか?」

 坂下の質問に

「叔父さんや叔母さんが警察に詳しく説明したので、もう釈放されてます」

 少し驚きの表情を浮かべ、桑木が、

「歯医者のご夫婦も、彼を知ってたのか?」

「うん。時々お土産持って通ってくれてるし。歯の治療はとっくに済んでいるけど、歯垢の除去とかに偶に来るの」


「美花ちゃんよ。その男って、本当は美花ちゃんのストーカーじゃないのか?」

 坂下が指摘する。

「えっ、そうなの?」

 美花は、どうしてという表情をする。

「何言ってんの。そういう雰囲気全く感じなかったのかい?」

 桑木は、天然的な部分がある美花ならさもあらんと思いつつも、遂、口から出てしまう。


「歯をとても大切にする人なのかなーって思っていた」

 男達は、美花の呑気な様(さま)に呆れる。


 此処まで、無言で三人の話を聞いていた藍原が口を挟んだ。

「その男の素性ってどんなんだい?」

「素性って、どう言う意味で聞いてんだ?」

 藍原の猜疑心を含んだ問いに、坂下が絡んだ。

「いやね、女垂らしとか結婚詐欺師とか・・・」

 藍原の例えに、

「大丈夫です。彼は地方都市の出身で、実家は金持ちだそうです。東京の大学で勉強するのに、両親は彼にマンションを買って上げたそうです。だから、お金を盗もうなんて彼はしません」

 美花は男を信用しているようだ。

「いいね。お坊ちゃまは」

 納得したのか、そう捨て台詞を残して坂下は自分の部屋へと去って行った。


次回の「入居者が交代する」につづく

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