知らぬが仏

 

 美花は、酩酊状態でまともに立つことも出来ず、時々吐き出すように大声も出す。その声に、男の入居者が全員玄関に集まった。

「美花ちゃん、酒癖悪いんだな」

 そう言って、一番身体のがっしりした坂下が美花の身体を支えた。ただ、支えるその手が、どことなく怪しい。

 その点を敏感に嗅ぎ取った桑木は、大家の出番だとばかりに抱き留める役を変わろうとした。その大家を、ブロックするように他の男二人が彼女らを囲む。

 美花は、抱き抱えられたまま寝てしまった。

 


「寝ちゃったよ、ソファじゃ風邪引いちゃうから、二階の美花ちゃんの部屋に運んで上げようぜ」

「そうだな。それが良い」

「じゃあ、俺が背中から抱えて頭を支えるから、あんたらは足持ってくれ」

「分かった。おれら、二人で片足づつ持って支えるから」

  

 美花の背後で彼女を支えていた坂下は、腕を前に回し交差して抱き上げる。まるで、胸の膨らみを滑り止めするかのように、何度も手の位置を動かし安定する位置を探す。

 桑木はその仕草を見ていて、本当にそこまでしなければ抱え辛いのかと疑う、何せ、腕を必要以上に膨らみに擦りまくり、持ち上げる動作を繰り返えしているのだ。

「せーの!」 

 の、かけ声と共に、藍原ともう一人の少し小柄な深山が、美花の太股を片方づつ抱えた。

 深山が少しよろけた。それを見てすかさず、桑木が駆け寄る。

「私も手伝おう」

すると、

「大家さんは手伝わなくて良いから。美花ちゃんの部屋の鍵を取りに行きな!

合鍵が必要なんだから」

「そうだよ。彼女のバックを勝手に開けて、鍵を取り出せないだろ」

 言われるままに、桑木は部屋の鍵を取りに急いで自分の部屋に戻った。 


 桑木が美花の部屋の鍵を持ってシェアハウスに戻ると、何と、美花を抱えた男共は階段を上がり切ってない。

 何度も休んでは、美花の身体や足を持ち替える。その度に、必要以上に彼女の肌に触れているように見える。


 抑も、藍原と深山の足を持つ位置が変だ。もう少し膝近くの方が、足を抱えるのに楽な筈だし運びやすい。なのに、何故か足の付け根一杯まで手を入れ、窮屈そうに抱えている。

 確かに、力の抜けた人の身体は、見掛けよりもかなり重いもの。しかしである。


 桑木は、これは明らかに不味い。これでは、女性を酒で酔わせ性的行為をする、一部の男等と変わらない。

 ただ、美花を支えている男達は、彼女をどうにかしようという下心が有った訳ではない。親切心から、彼女を部屋に運んでやろうとしているのだ。少なくとも建前は。

しかし、考えように依っては、痴漢行為とも見える。


 桑木は、急いで階段を駆け上り、彼等に近づいた。

「持ち憎そうだから、やっぱり私も手伝うよ」

「何言ってんの? 後二三段だよ。それよりも、鍵は持ってきたかよ」

 桑木はむくれるような態度で、鍵を見せた。


 やっと美花が二階の廊下に上げられた。

「大家さんよ。ボサッと突っ立ってないで、ドアの鍵を開けてよ」

 桑木はハッと気付き、美花の部屋の鍵を開けた。実は、めくれ上がった美花のスカートの中に、桑木は見とれてしまっていたのだ。


次回の「後味悪いんだよな」につづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る