シャアハウスの雰囲気変わる


 五十嵐美花の入居は、『シェアくわき』の雰囲気を一変させた。以前は、入居者の男連中は影田昌子に気軽に近寄り、会話を交わした。六〇歳過ぎても、男の中に入れば華となる。最も、男性の年代は限定となるが。


 五十嵐美花が入居してからは、それなりにチヤホヤされていた影田昌子が、美花の登場で男達は昌子には目もくれなくなる。

 当然の成り行きなのかも知れない。


 美花が姿を見せれば、みんな美花の方に向くのだ。そして、あれやこれやと話し掛けたり世話を焼いたりする。

 美花の年齢が、丁度孫の年齢に近いからか? 否、此処の男共は美花を、完全にアイドル視していた。


 当然、影田昌子にしてみれば面白くない。年齢を超越するジェラシーが否応なく湧き上がる。

「いい歳しやがって、小娘に群がるスケベ爺め」

 顔を顰(しか)めながら彼女は呟く。


 そう思いたくなるのも無理も無いだろう。だが、女性が美しい花を側に飾りたいと思うように、男性もまた、「生きた動く美しい華」を、何時も眺めていたいのだ。

 年齢に関係無く。


 影田昌子が庭にポツンと立っている。その後ろ姿はどことなく寂しげだ。

「どうしました? パートは今日はお休みですか?」

 彼女は最近、気晴らしにパートに出ていた。

「あら、大家さんこんにちは。今日は気分が優れないから休んじゃった」

 桑木は、さもあらんと思う。

 一時的だったが、彼女なりにチヤホヤされた時期があった。所が今は、殆ど振り向いてくれない寂しさが漂う。

しかし、理由が分かっていようとも、彼女の心にずかずか入り込める程、桑木は心臓が強くない。

「どうですか、土いじりなどしてみては? 何処でもご自由に使って良いですよ」


 桑木家の敷地には多少庭が残っている。一時、その庭も潰してコインパーキングにしてしまおうかとも考えた。しかし、折角の緑を潰してしまったら余りに味気ないし、美味しい実を付けてくれる柿の木が無くなるのは惜しい。なので、パーキングへの切り替えは止めていた。 


「それにしても、子供って案外薄情なもんね」

 それ来たぞと、桑木は身構える。昌子は機嫌が良いと良く喋ってくれる。

 今日はどうか。


「家(うち)も同じだね。結婚した娘なんか女房が亡くなったら来やしない。四国からだと交通費が掛かるからなんて言い訳してさ。申し訳程度に、偶にメールで孫の写真を送ってくるぐらいだ。男親なんて用無しだよ」


「男親に限らないわよ。家(うち)なんか、いきなり彼氏を連れてきて『結婚するから』よ。親の意見なんて聞きもしなければ受け付けもしないという感じだった。それにね、住まいが近いのを良いことに、しょっちゅう家に来ては部屋中を物色し、色々持って帰っちゃう。新しい物を買ったら当然のように『良いの有るじゃ無い。貰っとくね』だもん。父親は娘に甘くて」


「我が娘は、結婚と同時に遠くに行っちゃたので、それは無かったけど。ただ、出産祝いだ、お年玉だと何かにかこつけてお祝い金を要求してくる。銀行振り込みの方法を書いて寄越すんだよ。思ったね。これからイベントがある度に振り込んでくれとの催促だと。実際にその通りになっちゃってる」

「そうよね。最近の娘はそんなモンよね。私達の頃は、親孝行しなければとか、親に甘えては駄目とか、そんな風に考えた物だけどね」

「ですね。時代が違うって事ですか」

 成る程、愚痴を吐き出すと気分がスッキリする。桑木は、女性の喋りたい気持ちが少し分かった気になった。


 異色の取り合わせとなった五十嵐美花の入居だったが、それとなく落ち着くところに収まり、シェアハウスくわきは揉め事も無く日々が過ぎて行った。


 最初こそ、アイドルのような若い可愛い子に接しられて話し掛けられるという初めての体験に、入居している男達が色めきだったが、やはり年配者。

 時間が経てば落ち着いた気持ちになれる。


そして、平穏な日々が数ヶ月過ぎる。

 そんな或る夜、平穏無事だったシェアハウスに大事件が起きた。


 それは、既に十一時を回っていた。遠くから聞こえて来る女性の喚き声。段々シェアハウスに近づいて来た。

「おい、爺ィーども! 此処を開けろ!」

 引き戸の玄関戸を叩き出した。

 桑木は何事かと目覚める。声の主は、五十嵐美花の声に似ている。


「美花ちゃん、怒鳴るのは止めなさいよ」

「そうよ。もう、みんな寝ているだろうから。近所にも迷惑でしょ」

 美花の他に二人の女性の声もする。二人は、美花を諭しているようだ。


 シェアハウスの入居人達も当然気付いたのだろう、急いで玄関戸を開ける音が聞こえた。

「どうしたんだ、美花ちゃん?」

「どうしたもこうしたもねえ。何で玄関を閉めるんだよ。アタイを追い出してえのか!」

「あーあ、こんなに酔っ払っちゃって」

 入居者の呆れた声が聞こえて来る。


「ご免なさい。彼女、飲み過ぎたみたいで」

「あのー、美花をお願い出来ますか?」

 桑木がシェアハウスの入り口に来ると、二人の女性は頭を下げ、美花を宜しくと言うと、足早に暗闇に消えて行った。


次回の「知らぬが仏」につづく

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